第578話 F級の僕は、曹悠然が何を“視た”のかを知る


6月21日 日曜日E18



曹悠然ツァオヨウランの言葉通りとすれば、黒い結晶体定理晶の模造品が輝きを放つたびに、彼女は“何かを視た”って事になるけれど。


そんな事を考えていると、曹悠然が先程と同じ質問を繰り返してきた。


「それで中村さんは今、何かを見たのでしょうか?」


僕はうなずいた。


「“視え”ました。具体的には、黒く輝く大きなピラミッドが……」


しかし僕が話すのと連動するかのように、彼女の顔が焦燥の色に染まっていく。


「……どうかしましたか?」

「……その……他には何か……見えましたか?」

「他ですか?」


僕は先程“視えた”モノを思い起こしながら言葉を続けた。


「黒く輝く大きなピラミッドの傍で、誰かが話を……」


僕はつい今しがた“視えた”内容について、曹悠然に説明してみた。

僕の話を聞き終えた彼女は、じっと何かを考え込む様子になった。


そのまま十数秒。


僕はおずおずと声を掛けてみた。


そうさん?」


曹悠然がハッとした雰囲気で顔を上げた。

その時になって僕は、彼女の顔に浮かぶ焦燥の色が、先程“視えた”中で僕が感じた焦燥感と同質のモノである事に気が付いた。


もしかして……?


そうさん、あの黒く輝くピラミッドの傍で誰かと話していたのは、あなただったのでは?」


今思い返してみると、あの時の感覚、ティーナさんの記憶を見せてもらった時と酷似していた。

だから僕が先程“視た”情景は、実際は、曹悠然が体験したモノだったのでは? と考えたのだけど。


曹悠然は束の間、悩む素振りを見せた後、大きく息をいた。


「恐らくそうだと思います」

「もしかしてそうさんも先程、同じ情景を“視た”のでしょうか?」


彼女が小さくうなずいた。


「正確には、あの時の情景がふいに倒叙フラッシュバックしました」

「先程もお伝えしました通り、“視えた”情景の中で、僕は何者かと会話を交わした後、凄まじい焦燥感に襲われました。アレはつまり、そうさんがそう感じていたって事でいいんですよね?」


彼女は、今度ははっきりとうなずいた。


「そうです」

「黒く輝くピラミッドが何なのか、そうさんが誰とどんな話をして、どうして凄まじい焦燥感に襲われていたのか、聞いてもいいですか?」

「分かりました。説明します。その代り……」


彼女が僕の右手に視線を向けてきた。

今、僕の右手の中には、『追想の琥珀』が握り込まれている・


「その手の中にお持ちの品についても、後で具体的に説明してもらってもいいですか?」


そう言えば僕と彼女は今、“情報の取引”の真っ最中だ。

僕がうなずくのを待ってから、彼女が口を開いた。


「あの黒く輝く四角垂ピラミッドは、私の能力を特殊な手段を併用する事で創り出された、黒い結晶体の模造品コピーです」

「え?」


僕は彼女が右手に持つ“円柱形の小さな物体”――黒い結晶体定理晶の模造品の欠片―――に視線を向けた。

僕の視線に気付いたらしい彼女が、小さく苦笑した。


「コレは、後から私が個人的に創造しました」


そう前置きしてから、彼女が説明してくれた。


白虎バイフ――ベヒモスに対する中国側の代号コードネームだそうだ――を中心とする複数の怪物モンスターによる狂奔スタンピードに対して中国が行った最初の制圧作戦は、核兵器まで使用したにも関わらず、無惨な失敗第210話に終わってしまった。

その後中国政府は、狂奔スタンピード発生地域に生じている黒い結晶体が、怪物モンスター達に強力な増益バフ、そして人類側に強力な減益デバフの魔法効果を与えている事に気が付いた。

そのため、直ちに黒い結晶体に対する分析が開始された。

激光レーザー照射その他の手法により、黒い結晶体の量子的概念に関する情報が得られたが、そこで驚くべき事実が判明した。

黒い結晶体を構成する要素の中に、地球上では存在し得ない素粒子の存在が確認されたのだ。


「ご承知の通り、私達の住む世界の外側に、brane-1649cなる異界が存在する事を、私達は既に知っていました。そしてそこに存在する何者かが、昨年2月頃より、数度に渡り、私達の世界へと干渉を試みてきた事も判明していました。ですから私達は、あの黒い結晶体の起源が、Brane-1649cなる異界である事に、すぐ気付く事が出来たのです」


そして、満を持して行われた狂奔スタンピードに対する2回目の制圧作戦も失敗第334話に終わった後、曹悠然は命じられて、黒い結晶体の模造コピーを試みる事になった。


「ですがそこで少々、問題が発生しました」


曹悠然が創造出来るのは、あくまでもこの世界に存在する元素他、簡単な構造物のみ。

彼女の能力を以てしても、概念としてしか得られていない、通常では存在し得ない素粒子を構成要素に含む黒い結晶体を、完全に模造コピーする事は至難のわざであった。


「そこで超大型の衝突型円形加速器を併用する事になりました。この装置を使用すれば、様々な素粒子を創り出す事が出来るからです」


もちろん通常の稼働方法では、地球上に存在し得る素粒子しか創り出せない。

そこで曹悠然の能力を使用する事で、brane-1649cの素粒子の創出が試みられた。


「試みは半ば成功しました。こうして私が模造もぞうしたのが、あの黒く輝く四角垂ピラミッドです」


僕は彼女の言葉使いに軽い違和感を覚えた。


「半ば成功……とは?」

「言葉通りです。衝突型円形加速器を併用してもなお、いくつかの素粒子を完全に再現する事は出来ませんでした。ですからあの黒く輝く四角垂ピラミッドは、正確に表現するならば、西蔵チベット中途島ミッドウェイ、それに北極海に生じている黒い結晶体の“模造品イミテーション”ということになります」


こうして人類史上初めて、異界に由来する素粒子を構成要素に持つ“黒く輝く四角垂ピラミッド”が、閃光と共に創り出された。

閃光の中、曹悠然は不可思議な情景を目にする事になった。


明らかにこの世界ではないどこか。

天を衝く巨木。

その周囲に広がる異界の街並み。

通りを歩く異界の住人達。


そして……


かつての栄光を踏みにじられ、おとしめられた一族の想いを受け継ぐ一人の少女。

彼女の想いが凝結し、異界の超越者が彼女に恩恵を与え、彼女の手によってこちら側とあちら側の境界に設置された三つの黒い結晶体。


曹悠然の話を聞き終えた僕は息を飲んだ。

彼女もまた、あのインドの少女、カマラ同様、イスディフイを垣間見たようだ。

しかも彼女は恐らく、メルアルラトゥの姿も目にした可能性が高い。


僕は心の動揺を抑え込みながら、曹悠然に問い掛けた。


「その場にいたのは、そうさんだけ……ではなかったんですよね?


大掛かりな装置を稼働させ、恐らく国家プロジェクトとして行われたであろう“黒い結晶体の模造”。

その場に居合わせたであろうその他大勢の人々もまた、曹悠然と同じ情景イスディフイとメルを“視た”のであろうか?


「あの場には私以外にも、我が国の研究者、国家安全部MSS第二十一局の職員達他、十数人が同席していました。ですが後から確認してみた所、そのような情景を見たのは私ただ一人のようでした」

「そうだったんですね……」


と言う事は、僕が先程“視た”中で曹悠然が会話を交わしていた相手もまた、同席者の一人だったのかもしれない。


「それでは話を戻しますが、あの黒く輝くピラミッドの傍で、そうさんが誰とどんな話をして、どうして凄まじい焦燥感に襲われていたのか、改めて聞いてもいいですか?」


彼女は少しだけ逡巡する素振りを見せた後、言葉を返してきた。


「……理由は不明ですが、先程お話した情景以外に、隠されていたはずの真実が、知識として私自身の中に流れ込んできました。その真偽を確かめるため、その……同じ国家安全部MSS第二十一局の職員と話をしたのですが……その……」


俯き加減で口ごもっていた彼女が、顔を上げた。


国家安全部MSS第二十一局の内部で、祖国と人類に対する裏切り行為が行われていた事が分かったからです」



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