第517話 F級の僕は、オベロンを連れて街をうろうろする


6月20日 土曜日11



「意外といけるかもよ? どうせ皆、そんなに周囲の人に注意を払っている訳じゃないし、モコモコしたぬいぐるみっぽい着ぐるみかぶせて胸ポケットにでも入れとけば、少々オベロンが動いても、誰も気にも留めないって」


井上さんのその言葉に、オベロンが大きくうなずいた。


「さすがはイノウエ。それは妙案じゃ! では善は急げじゃ。着ぐるみとやらを手に入れにレッツラゴーじゃ!」


……ま、いっか。

こいつ、性格はアレだけど、能力だけはなかなか優秀だからな。

今後も協力させるには、少しくらいニンジン食べさせとくのも悪くはない。


「分かったよ。それじゃあ出掛けようか?」


腰を浮かせようとしたところで、井上さんが声を掛けてきた。


「そうそう、このUSBの映像、コピーして私が預かってもいいかな?」

「どうするの?」

「コレ、動画サイトか何かに投稿しようって話、出ていたじゃない? 私が適当に編集しておいてあげる」


そういやティーナさんがそんな事、口にしていたな。


「井上さん、そういうの得意なの?」

「任せなさい!」


そんな彼女に関谷さんが声を掛けた。


「私も手伝おうか?」

「ありがとう。そうだ! どうせ明日休みだし、今からO府に行くんだし、ウチに泊って行けば?」

「じゃあ、そうしようかな」



一時間後、僕達はO府で一番大きなターミナル駅の地下街にいた。

ちなみにオベロンは、今流行はやっているという、ゆるキャラの着ぐるみを頭からすっぽりかぶり、顔だけ少し出した状態で、僕がTシャツの上から羽織っているベストの胸ポケットに収まっている。

地下街は土曜の夕方という時間帯もあってか、大勢の人々が行き交っていた。

しかし井上さんの言葉通り、今の所誰もオベロンに関心を向けては来ていないようだ。

ただ、それをいいことに、オベロンがちょくちょく小声で話しかけて来る。


「おい、あそこに大勢の人間が並んでおるが、大道芸でも始まるのか?」

「違うよ。あれは豚まん買おうと並んでいるだけだ」

「豚まん……確かに旨そうな匂いじゃ。おぬし、一つ買って参れ」

「……いいからお前は少し黙っていろ。バレたらどうするんだ?」


話していると、隣を歩く関谷さんが、にこにこ笑顔を向けてきているのに気が付いた。


「どうしたの?」

「ううん。中村君とオベロンさんって、仲良いんだなって」


関谷さん、それは盛大な勘違いってやつだよ。


「ふふん。まあこやつはやはり、わらわがついていてやらぬと、何ともならんからのう」


オベロンはオベロンで、相変わらず根拠不明な事を口にしているし。



小一時間程地下街のお店を見て回った僕達は、駅ビル最上階の個室があるレストランで夕食を食べる事にした。

個室に通され、料理の注文を終えた後、井上さんが僕達に提案してきた。


「ねえ、エマさんに連絡取ってみない?」

「構わないと思うけど、どうしたの、急に?」

「ほら、映像編集しようって話になっているけど、どこの動画サイトに、いつ、どんな風に投稿するのか、今の内に相談しておこうと思って」

「いいんじゃないかな」


井上さんは、そのまま自身の右耳に装着した『ティーナの無線機』を使って、ティーナさんに呼びかけた。


「エマさん」


しばらくして僕達の右耳にも、装着している『ティーナの無線機』を介してティーナさんの囁きが届けられた。


『ドウかしマシたか?』


エマモードのティーナさんに、井上さんが問いかけた。


「今、時間大丈夫?」

『はい。少しデシたら』

「ごめんね。実は例の映像の件なんだけど……」


井上さんの説明を聞いたティーナさんが、言葉を返してきた。


『ありガトうございマス。映像の編集はお二人にお任せしマスよ。あと、いつドウやって、どコニ投稿するか、でスガ……明日編集シタのって頂けそうデスか?』

「多分、明日の午前中には渡せると思う」

『それデハ、編集が終わっタラ連絡して下サイ。それカラ先は任せてモラえれば』

「分かった。じゃあね」



O府のターミナル駅で、井上さん、そして関谷さんと別れた時、時刻は既に午後8時を回っていた。


さて、これからどうしようか……


雑踏を避け、壁際に移動した僕は、改めて『ティーナの無線機』を介してティーナさんに囁きを送ってみた。


「ティーナ……」

『Takashi!』


すぐに囁きが戻って来たところを見ると、今は一人なのかもしれない。


「緊急ミーティングどうなったの?」

『とりあえず終わったわ。お昼も食べて、今は部屋で一人よ。Takashiは?』

「さっき、二人と別れた所だよ。今夜は関谷さん、井上さんちに泊って、二人で一緒に映像の編集するらしい」

『そうなんだ。じゃあさ、今からこっちに来ない?』


今が午後8時過ぎだから、トゥマは午後4時過ぎって計算だ。

夕食までに戻るって伝えてあるから、まだ2時間位はこっち地球に居られる計算だ。


「それじゃあ行こうかな。あ、今駅だからさ。どっか建物の影とかに移動したら、連絡するよ」

『OK! 待っているわ』


会話を終えた僕が歩き出そうとするタイミングで、胸ポケットに収まっているオベロンが小声で話しかけて来た。


「おぬし、今からティーナのもとに向かうのか?」

「そうだよ。まあ、正確には彼女にワームホールで迎えに来てもらうんだけど」

「そんなまどろっこしい事をせずとも、わらわの力を使えば、転移出来るぞ?」

「……でもそれって、僕の経験値消費するんだろ?」

「それは仕方なかろう。必要経費というやつじゃ」


まあ、他に選択肢がないならともかく、今わざわざ経験値を消費しなくても、ティーナさんに迎えには来てもらえるわけで。


「ま、今回は止めておくよ」



駅を出た僕は、街灯の当たらない裏路地に足を踏み入れた。

そっと周囲に視線を向けてみたけれど、見える範囲内に監視カメラ、或いは他の人の気配は感じられない。

僕は『ティーナの無線機』を介して、ティーナさんに囁きを送った。


「迎え宜しく」



1分後、僕はオベロンと共にワームホールを潜り抜け、ハワイにあるティーナさんの部屋へと降り立っていた。


「Welcome to Hawaii!」


おどけた感じで声を掛けて来るティーナさんに、僕は苦笑しながら聞いてみた。


「それで、緊急ミーティングではどんな話が出たの?」

「その前に……」


ティーナさんが、チラッとオベロンに視線を向けてから言葉を続けた。


「あの白い光の柱は見た?」


僕は関谷さんの部屋で見たドローンからの映像を思い出しながら言葉を返した。


「もちろん見たよ」

「あの白い光の柱、どれ位の高さまで立ち上がったと思う?」


ドローンからの映像では、光の柱の“高さ”までは分からなかった。


「どうなんだろう。100m位?」


ティーナさんが首を横に振った。


「高度約50km。光の柱の上端は、成層圏界面に到達した事が確認されたわ」

「50km!?」


思わず僕は目を見開いた。


「もしかして、監視していた人工衛星に命中した、とか?」


ティーナさんが吹き出した。


「そんなわけ無いじゃない。偵察衛星は大体、高度500km位を周回しているのよ?」


そんな事言われても、偵察衛星の高度なんて、日常生活送る上で気にした事なんて無かったし。


「ねえ、アレって、あっちでTakashiがOBERONの力を使った結果って事よね?」

「まあ、そうなるのかな」


今ひとつ実感はわかないけれど、オベロンの力を使って、経験値を失って、地球に【異世界転移】で戻って来たら、僕がレヴィアタンを斃した事を告げるウインドウがポップアップした。


「アレって、見覚えない?」


光の柱に?

見覚え?

言われてみれば、何回か白い光の柱を目にした事があるような……


「ほら、富士第一100層のGatekeeper、Buerを斃したのも白い光の柱だったでしょ?」


……そうだ。

あの時、ブエルに止めを刺したのは、唐突にブエルを包み込むようにして立ち上がった白い光の柱第414話だった。


ティーナさんが、部屋の中でつまらなさそうな雰囲気でふわふわ浮いているオベロンに向き直った。


「精霊王さん。富士第一100層でBuerを斃したのって、やっぱりあなたでしょ?」


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