第518話 F級の僕は、エキセントリックな人物と対面する


6月20日 土曜日12



「精霊王さん。富士第一100層でBuerを斃したのって、やっぱりあなたでしょ?」


ティーナさんに問い掛けられたオベロンが、いかにも関心無さそうな雰囲気で言葉を返してきた。


「何の話じゃ?」

「北極海のLeviathanを斃したのも、富士第一100層の、“本物”のGatekeeperを斃したのもどちらも白い光の柱だった。で、Leviathanを斃したのって、本来はあなたの力って事でしょ?」


オベロンの目が細くなった。


「おぬしの話、自然現象の雷、実は雷撃系の魔術師共の仕業だ、と難癖付けているのと大差ないぞ? 似たような現象なんぞ、世の中ゴマンとあるわい」


ティーナさんはしばらくオベロンをじっと見つめた後、ふっと表情を和らげた。


「ソレもそうデ~スね」

「……おぬし、なんで急になまっておる?」

「気にしナ~イで下サ~イ。時々こうヤッテ練習しておかナイと、本番エマモードでバレちゃうと大変デ~スから」

「フン。大方、わらわへの当てこすりのつもりじゃろうが、見当違いもはなはだしいわ!」



話に一区切りついた所で、ティーナさんが話題を変えてきた。


「そうそう、Takashiはまだ2時間位はこっちにいられるのよね?」


僕はうなずいた。

こっちに来る直前、日本は午後8時過ぎだった。

つまり、トゥマの時間に換算すれば午後4時過ぎって事で、夕食の時間、午後7時までに向こうに戻るとすれば、彼女の言葉通りになる計算だ。


「じゃあ、今から会いに行ってみない?」

「会いに行くって、もしかして?」


彼女にオベロン用の光学迷彩装備について相談した際、ついでに紹介したい人がいるって話が出ていた。


「あっちは早朝だけど、どうせ一日中寝ている感じの人だし、今から行っても全然問題発生しないと思うから」


どんな人だろう?

首をかしげていると、部屋の隅の空間がねじ曲がり、ワームホールが出現した。


「さ、行きましょ」


軽い感じでうながしてくるティーナさんに続いて、僕とオベロンもそのワームホールに足を踏み入れた。



ワームホールをくぐり抜けた先は、真っ暗闇であった。

一瞬警戒したけれど、すぐにあかりがけられた。

そこは小さな会議室程の広さの部屋の中であった。

窓の無いその部屋の中には、ほこりかぶった何かの機材がいくつか乱雑に積まれていた。


「ここは?」


僕の問い掛けに、ティーナさんが短く言葉を返してきた。


「大学」

「大学?」

「そ。さ、行くわよ。今の時間帯、誰も歩いていないと思うけど、一応、OBERONの姿は見られないように気を付けて」


着ぐるみかぶせたオベロンを胸ポケットに収納して、ティーナさんと一緒に部屋の扉を開けると、ひんやりとした空気が部屋に流れ込んできた。

部屋の外は、左右に伸びる廊下に続いていた。

非常灯に照らされた廊下の、部屋に面していない反対側は窓になっていた。

しかし早朝だというこの時間帯、まだ外が明るくなる気配は感じられない。


僕は小声で聞いてみた。


「ここってアメリカ、だよね?」

「Yes. 正確には、Caltechカルテック……日本語だと、California工科大学の構内ね。ちなみに私の母校よ」


カリフォルニア……

そう言えば、ティーナさんが本来住んでいる場所第217話もカリフォルニアだったはず。


「今ってここ、何時ごろなんだろう?」

「今は……」


ティーナさんが右手首に嵌めている腕時計をチラッと確認した。


「朝の4時25分ってトコね」

「え~と、今からティーナが会わせたい人って、この大学の人なの?」

「Sure! あ、さっきも話したけれど、一日中寝て過ごしているみたいな人だから、その辺は気にしなくても大丈夫よ」


その人物の素性を含めてますます謎が深まった感じだ。


ティーナさんはそのまま廊下を進み、途中で階段を下り始めた。

静まり返った構内に、ただ僕達の歩くひたひたという音だけが響いている。


階段を下りた先は、窓の無い廊下に繋がっていた。

どうやら地下に下りて来たらしい。

ティーナさんが、その廊下を先導しながら、前方を指差した。


「Takashiに紹介したいって話した人は、あそこに住んでいるの」

「住んでいる?」


彼女の指さす先、廊下の突き当りに扉が見えた。


やがて扉の前に到着したティーナさんは、おもむろにポケットからカギを取り出し、ドアノブに差した。

カチャリという小さな音がした後、ティーナさんがドアノブを引いた。

瞬間、すえたような臭いが、生暖かい風と共に、むわっと僕達の方に流れ出して来た。

反射的に顔を顰めてしまった僕と違って、ティーナさんは気にする風も無く、そのまま部屋の中へと入って行く。

僕も慌てて彼女に続いた。


部屋の中は、本やら雑誌やら、衣類やら、食器やら、あとどう見ても生ゴミ包んだビニール袋やら、とにかくありとあらゆる生活用品が散乱していた。

そしてその部屋の隅で、何者かがゴミの山に埋もれるようにして、うつ伏せに倒れていた。

……いや、盛大なイビキの音が響き渡っている所を見ると、倒れているのではなく、単に寝ているのかも。


戸惑う僕を尻目に、ティーナさんがその人物に声を掛けた。


「Hey Theo! Wake up!」



―――ZZZZ……



ティーナさんがつかつかとその人物に近付くと、耳元で大きな声を上げた。


「If you don't wake up, I'll put white sugar in your coffee, okay?」


途端に、その人物が跳ね起きた。


「No!」


叫び声を上げながら立ち上がったのは、意外に背が高く、ひょろっとした感じの、浅黒い肌の男だった。

ただ、顔の半分以上が伸び放題の髪とひげで覆われているため、年齢を推し量る事が出来ない。

上は煮しめたように黄ばんだワイシャツ、下は派手な柄のトランクス一丁という、どう見ても浮浪者にしか見えないその男は、ティーナさん、そして僕と順番に視線を向けてから、改めてティーナさんに向き直った。

そして彼女に向かって、早口で何かをまくしたて始めた。

ティーナさんがポケットから何かを取り出し、床に投げた。

それはすぐにゴミの山に埋もれてしまったけれど、同時に、男の声が日本語に変換されて、僕にも理解出来るようになった。

どうやらティーナさんが床に投げたのは、あの“双方向音声通訳装置第397話”のようだ。


『……このクソアマ! 何回言ったら分かるんだ!? 俺の城に勝手に入って来るんじゃねぇ! 男連れ込むのなら、他所よそ行ってヤれ!』


……う~ん、聞いている限り、ティーナさんとこの男、あんまり良好な人間関係を築けていないように感じるんだけど、大丈夫か?


『テオ、そんな事言ってもいいの? 今日は飛び切り面白いモノ、持ってきてあげたのに』


しかしティーナさんのその一言で、明らかに男の勢いが弱まった。


『お、面白いモノだと?』

『そうよぉ~』


ティーナさんが僕に視線を向けながら、言葉を続けた。


『ま、あそこにいる彼が提供者なんだけどね』


男――どうやらテオって名前らしいけれど――がガバっと僕の方に顔を向けた。


『鱗か!? それとも……ああ、分かったぞ! 牙だ! どうだ? 当たりだろ!?』

「え~と……」


はっきり言って無茶苦茶からづらいんですが……


助けを求めるつもりで、ティーナさんに視線を向けてみると、彼女がにっこり微笑んだ。


「とりあえず、自己紹介をしてみたら?」


初対面同士、まずはコミュニケーションの基本に立ち戻って……


僕は出来るだけにこやかな笑顔で挨拶してみた。


「初めまして。僕の名前は中村隆です。日本人です。あなたの……」


しかし僕の自己紹介は、ずかずか近付いて来て、いきなりガバっと僕の両肩を掴んできたテオによって中断させられた。


『おい、そんなどうでも良い話は後だ! 早く出せ!』

「な、何をでしょうか?」


テオはそのまま首だけティーナさんの方に振り返った。


『こいつ出さねぇぞ。どうする? 殴るか? あ、いや……俺はF級だから、殴っても効果期待出来ねぇな。ならば!』


テオは僕から離れると、床に積まれた日用品ゴミの山に手を突っ込んで、束の間ガサゴソ何かを探る様子を見せた後、黒い棒状の物体を取り出した。

棒の持ち手付近には、刀のつばの如く、棒を垂直に取り囲むように配置された大きなリング状の部品が見て取れた。

彼はそのままそれを、僕の方にピタリと向けてきた。


『出さねぇと、DNAがズタズタに……グハゥ!?』


テオが突然悲鳴を上げて黒い棒状の物体を取り落とした。


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