第516話 F級の僕は、ドローンの映像を確認する


6月20日 土曜日10



ティーナさんを見送った後、僕達はJMマリオネットホテルをチェックアウトした。

そして一旦、関谷さんのマンションに向かう事にした。

ティーナさんは部屋を去る前に、ドローンの空撮映像をコピーしたUSBを関谷さんに渡していた。

とりあえず、その映像を僕達だけで確認してみる事にしたのだ。



「おじゃまします」

「ごめんね。ちょっと散らかっているけど」


言葉とは裏腹に、きちんと片づけられた彼女の部屋を訪れるのは、“記憶第318話”――と言っても、ティーナさんのって修飾子が頭に着くけれど――の上では一週間ぶりだ。

“記憶”通り、淡いパステル調のインテリアでまとめられたその部屋のソファに腰掛けた僕達に、関谷さんが冷たいお茶を出してくれた。


「準備するから、ちょっと待っていてね」


そう声を掛けて来た関谷さんは、井上さんと一緒にパソコンを立ち上げた。

ちなみにここに来るまでウエストポーチに“収納”されていたオベロンは、今はエアコンの吹き出し口付近でふわふわ浮きながら、涼を楽しんでいる。


僕は準備を進める二人に声を掛けた。


「ごめん、ちょっと電話したいから、外に出てもいいかな?」

「どうぞ~」


扉を開け、マンションの廊下に出た僕は、右耳に装着した『ティーナの無線機』を介して、ティーナさんに囁きを送ってみた。


「ティーナ、今、大丈夫?」


すぐに囁きが戻って来た。


『Takashi? もうcheck outしたの?』

「うん。それで映像確認しようと思って、関谷さんちに来ているんだ。そっちは? 緊急ミーティング入るかもって言っていたけど」

『予想通り、間も無く始まる予定よ。今、人が集まるのを待っているところ』

「と言う事は、北極海の海棲モンスターレヴィアタンが斃されたの、もうERENは把握しているって事だよね?」

『ええ。私達USAだけじゃ無くて、Russiaも把握しているはず。多分だけど、このあと緊急で国連の安全保障理事会が開催される事になると思うわ』


僕にとっては、たかだかモンスターを1体斃しただけの話。

しかしそれがさざ波となって、全世界に影響を及ぼしていく不思議な感覚。


そんな事を考えていると、ティーナさんからの囁きが届いた。


『hehehe、もしかして戸惑っているでしょ?』

「そんな事は……」


言いかけて、諦めた僕は言葉を続けた。


「あるかな」

『あなたには力がある。人類でただ一人、異世界イスディフイに渡る事も出来る。前にも話した第170話けれど、力を持つ者はその力を正しく使う権利と義務がある。だからこんな事位で戸惑っていたら、これから大変よ?』



ティーナさんとの念話を終え、部屋に戻ると、関谷さんと井上さん、それにオベロンが熱心にパソコンのモニター画面を覗き込んでいた。

僕は三人に声を掛けた。


「お待たせ。どう? 映像」

「凄いわよ?」


井上さんがそう口にしながら、僕に手招きをした。

僕が覗き込むタイミングで、巻き戻され、一時停止になっていた動画が再開した。


それは暗色あんしょくにうねる海面を、上空、やや斜め方向から俯瞰ふかんしている映像だった。

右上に、恐らく時刻と思われる数字が表示され、それがゆっくりと進んで行く。

突如、前触れ無く、海面の一ヵ所がきらきら輝いたかと思うと、天空に向けて巨大な白い光の柱が立ち上がった。

それはほんの2~3秒続いただけで、唐突に消え去った。

その間、無音。

白い光の柱が消え去った後の海面は、それまで通り、暗色のうねりを繰り返すだけ。


ティーナさんが、北極、ラプテス海でスタンピードを起こしていた海棲モンスターレヴィアタン撃破の瞬間を映像に記録するために投入したドローンは全部で3機だった。

USBには、それぞれのドローンからの映像、つまり3本の動画が記録されていた。

それからたっぷり30分以上かけて3本とも確認してみたけれど、アングルの違いは有れ、皆、似たり寄ったりの映像だった。

つまり映像の大部分を占める暗色にうねる海面と、ほんの2~3秒だけ唐突に立ち上がる巨大な白い光の柱。

シンプルが故に、かえって畏敬の念を起こさせる情景。


僕はオベロンに一応確認した。


「この白い光の柱が、レヴィアタンを斃したって事だよな?」

「そうじゃぞ」


関谷さんが開けてくれたポテトチップスをパリパリかじりつつ、オベロンがうなずいた。


「凄いな……」


思わずつぶやいた僕に、井上さんが悪戯っぽい笑みを向けてきた。


「確かに凄いけど、コレって、中村君がやった事でしょ?」


まあ正確には、僕が経験値を消費してオベロンの力を使ったって事になるんだろうけれど。


苦笑しながら井上さんにうなずきを返した僕は、今更ながらの疑問を口にしてみた。


「そう言えば、北極海でスタンピード起こしていた海棲モンスターレヴィアタンには、お供はいなかったのかな?」

「お供って?」

「ほら、チベットでもミッドウェイでも、スタンピードを起こしているのって、複数のモンスター達でしょ? だけど僕が斃したのは、レヴィアタン1体だけだったみたいだからさ」


オベロンが口を開いた。


「心配致すな。北極海で暴れておったのは、アレ1体だけであった」

「分かるのか?」


オベロンが自慢げな顔になった。


わらわは精霊王じゃぞ? それ位、分からいでか」


まあ、こいつがそう言うのならそうなんだろう。

しかしもしそうだとすると……


「結局、なんで北極海ではレヴィアタン1体しか出現しなかったんだ?」

「さあな……」


左手で掴んだポテトチップス(の破片)をかじりながら、オベロンが右手でぺしぺし僕の肩を叩いてきた。


「ま、良いではないか。これで一ヵ所片付いた。もしなんだったら、残り二ヵ所も手を貸してやらんでもないぞ?」


二ヵ所……チベットとミッドウェイの事を言っているのだろう。

こいつの力を使う際、経験値を失うのは気になるけれど、もし今回のように、失った以上の経験値が獲得出来るのなら、言葉通り、一石が二鳥にも三鳥にもなるわけで、検討の余地は十分ありそうだ。



映像の確認が一通り終わった所で、井上さんが大きく伸びをした。


「さ・て・と、これからどうする?」

「そうだね……」


僕はテーブルの上に置かれた可愛らしい雰囲気の時計に、チラッと視線を向けた。

時刻は午後4時45分。

夏至を明日に控えたこの時間帯、太陽はまだ沈む気配を見せていない。


オベロンが声を上げた。


「レヴィアタンも斃したし、映像も確認出来たし、特に予定も無いのであれば、そろそろわらわをどこか面白い場所に連れて行ってもてなすのじゃ!」

「いやお前、昨日今日と、十分楽しんでいただろ?」


高級ホテルに寝泊まりして、小さな身体と明らかに釣り合わない量の料理を平らげて、プールで遊んで……


「何を申す。ずうっと部屋の中ばかりだったではないか!」

「じゃあ逆に聞くけど、どんな場所に連れて行って欲しいんだ?」

「じゃから、もっと面白い場所じゃ!」


僕達の会話を聞いていた井上さんが口を挟んできた。


「じゃあさ、O府の繁華街に連れて行ってあげようか?」


オベロンの目が輝いた。


「繁華街とは、あの“てれび”でやっておった、ケーキ屋やら“きゃらくたーぐっず”の店やらが集まっておるにぎやかな場所の事じゃな?」

「そうそう」

「ちょっと待った!」


僕は慌てて二人の会話を止めた。


「O府の繁華街にこいつを連れて行くのは、問題が有り過ぎるよ」

「問題?」


僕はうなずいた。


「まず、ここからO府までは井上さんの車で連れて行って貰うとしても、帰りは電車を使うだろうし、繁華街でこいつを解き放つわけにはいかないし……」


そう。

人目につき過ぎる。

こいつには悪いけれど、そういう所に連れて行くのは、ティーナさんが、“当てがある”と話していたオベロン用の“光学迷彩”が施された装備品が手に入った後の話だ。


「じゃあさ、日本橋かどこかで人形用の着ぐるみ買ってかぶせておけば?」

「そんな適当な……」

「意外といけるかもよ? どうせ皆、そんなに周囲の人に注意を払っている訳じゃないし、モコモコしたぬいぐるみっぽい着ぐるみかぶせて胸ポケットにでも入れとけば、少々オベロンが動いても、誰も気にも留めないって」



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