第515話 F級の僕は、海王の牙を回収する


6月20日 土曜日9



「いっそ、皆デ見に行ってみマスか?」


先程、地球に戻って来た瞬間に立ち上がったウインドウは、レヴィアタン打倒と共に、“海王の牙”がドロップした事も告げていた。

“海王の牙”といえば、500年前のあの世界で、魔王エレシュキガルが拠点を構えていた魔王宮闇の空中庭園に至る為のキーアイテム第159話の一つだった。

もっとも僕達の世界には今の所、魔王宮のような場所は出現していないし、“海王の牙”も、名称がかぶっているだけで単なる魔石かもしれないけれど、一応、回収しておいた方が良いだろう。


そんなわけで、僕はティーナさんの提案に即座にうなずいた。

井上さんと関谷さんにも異論は無く、結局、皆でワームホールをくぐり抜け、直接、状況確認におもむく事になった。

ちなみに今、部屋の中にワームホールは見当たらない。

皆の話では、僕が【異世界転移】した瞬間に消え去ったって事だった。

恐らく、僕がワームホール生成に関わっているって話を補強するためと、後は上空からの衛星第216話による覗き見監視を嫌ったティーナさんが、一旦消去したって事だろう。



『ティーナの重力波発生装置』を握り締め、ティーナさんがワームホールを作り出した段階で、僕は一応、隣でふわふわ浮いているオベロンに聞いてみた。


「なあ、さっきレヴィアタンが海王の牙をドロップしたって出ていたけれど、アレって、やっぱり、海底に沈んでいるんだよな?」


魔石の比重は海水よりも大きい、つまり水中に沈む事が知られている。


「まあそうであろうな」

「回収したいんだけど、お前、出来るか?」

「何を言い出すのじゃ? 下手に海にもぐって、わらわが溺れたらどうしてくれる?」


精霊王って溺れるんだ、という新たな発見?は置いておいて。


「お前が直接もぐるんじゃ無くて、海底のアイテムを引き寄せたりとか、手元に転移させたりとか出来ないのかって聞いているんだよ」

「なんじゃ、そんな事か」

「と言う事は、出来るんだな?」

「勿論じゃ。わらわを誰だと思っておる? わらわは始原の精霊にして……」


僕は皆に声を掛けた。


「向こう側は極寒だと思うけど、僕の障壁シールドなら完全に寒気を遮断出来るから、皆、僕の周りから離れないで」

「こりゃ! 人の話は最後まで聞くのじゃ!」

「オベロンも僕の傍にいろよ? 海で溺れるって事は、寒さで凍死も有り得るんじゃないのか?」

「う、うむ。そうじゃな……」


……どうやら、本当に凍死する可能性もあるらしい。

それはともかく、障壁シールドを展開した僕は、そのまま皆を包みこんで、一緒にワームホールに足を踏み入れた。


ワームホールを抜けた先は、剥き出しの岩肌に波が打ち付ける海岸線だった。

荒涼とした風景が広がる中、少し離れた場所には、あの黒い結晶体定理晶そびえ立っているのも見えた。

空は鈍色にびいろの雲でおおわわれていたけれど、幸いそんなに視界は悪くない。


ワームホールが一旦消滅した後、ティーナさんは持ち込んだジュラルミン製のキャリーバッグを開き、ノートパソコンを取り出した。

彼女が立ち上げたノートパソコンを操作すると、この地の海棲モンスターレヴィアタン撃破の瞬間を撮影してくれていたはずの3機のドローンが、どこからともなく、僕達の周囲へと戻って来た。

ドローンの状態をチェックしていた彼女が僕達に笑顔を向けてきた。


「どうヤラ映像の記録には成功しテイるようデス」


井上さんが目を輝かせた。


「え? 見たい見たい! 見せて!」

「あトデゆっくり確認しまショウ」


そう井上さんに言葉を返してから、ティーナさんが僕に声を掛けて来た。


「そろソロ午後4時になりマス。海王の牙を回収スルのでシタら、早目にどウゾ」


うなずいた僕は、オベロンに顔を向けた。


「それじゃあ、頼んだぞ」


しかしオベロンが不思議そうな顔になった。


「ん? 何を言っておるのじゃ?」

「いやだから、海底に沈んでいる海王の牙を回収してくれ」

「じゃからそれはおぬしの仕事じゃ。さ、海王の牙をここへ転移させて欲しい、と願うのじゃ!」


……どうやら、先程の“出来る”発言は、僕が経験値を消費する事でこいつの力を使用すればって条件がついていたらしい。

だけど、たかがドロップアイテム1個回収するのに、わざわざ経験値を消費するのもなんだか勿体ないし……


悩んでいると、ティーナさんが声を掛けてきた。


「中村サン、ここと海王の牙がアル場所とをワームホールで繋イデはどうでショウか?」


ティーナさんがそう口にするという事は、彼女なら可能という事だろう。


「じゃあそうしようかな。それじゃあ、よろ……」


言いかけて苦笑した。

関谷さんと井上さん、それにエマモードのティーナさんがいるこの場所で、“ワームホールを生成”するのは僕の仕事だ。

僕は何食わぬ顔で、手の中の『ティーナの重力波発生装置』にMP10を込めてみた。

装置が発光するのに合わせて、僕達のすぐ傍の何もない場所に、揺らめきながらワームホールが出現した。

ワームホールの向こう側は、真っ暗であった。


「え~と、この先が、海王の牙が落ちている海底って事かな?」


僕の問い掛けに、ティーナさんが澄まし顔で言葉を返してきた。。


「そレハ中村サンの方が詳しいはずデスよ」


今の所、ワームホールの向こう側に存在するはずの膨大な量の海水が逆流してくる気配は感じられないけれど、まさか僕自身がこのワームホールをくぐり抜けるわけにはいかないだろうし……


僕はおずおずと、ワームホールに右手を突っ込んでみた。

肌を刺すような冷水の感触と共に、指先に何か硬い物が触った。

僕はその硬い物を掴んでから、右手をワームホールから引き抜いた。

硬い物は、あの500年前の世界で海王レヴィアタンがドロップしたのと全く同じに見える、『海王の牙』であった。

手の平に収まる位の大きさの、その牙型のアイテムに皆の注目が集まった。


「それも一応、魔石って事だよね?」


井上さんの問い掛けに僕はうなずいた。


「一応、そのはずだよ」


関谷さんも感心した雰囲気で会話に加わってきた。


「でも凄いよね。海底にまでワームホール繋げちゃうなんて。もしかして中村君、ワームホールを作り出す能力も徐々に上昇しているって事かな?」


ワームホール、実際に作り出しているのはティーナさんなわけで。

僕は苦笑しながら言葉を返した。


「どうなんだろうね。まあ、たまたまかな。それより……」


そろそろ午後4時、つまりJMマリオネットのチェックアウト時間が近付いているはず。


「とりあえず部屋に戻ろうか」



部屋に戻った僕達は、すぐにホテルのフロントにチェックアウトの連絡を入れた。

そのまま皆と一緒に、急いで部屋を出る準備を始めた僕の右耳に、ティーナさんからの囁きが届いた。


『Takashi、そのまま聞いて』


そっと見回してみたけれど、見える範囲内に彼女の姿は無い。

しかしエマモードでは無い所を見ると、トイレかどこか、とにかく彼女が一人になれる場所から、僕にだけ囁きを送ってきているようだ・

そのまま準備を続けながら耳を澄ませていると、囁きの続きが聞こえてきた。


『多分この後、私は呼び出される事になると思うのよね。だからちょっと急いで向こうHawaiiに帰るわ』


幸い、井上さんと関谷さんは隣の部屋だ。

ここで囁いても、二人に聞こえる心配は無さそうだ。


そう判断した僕は、ティーナさんに囁きを返した。


「もしかして、レヴィアタンの件?」

『Yes. Leviathanが斃された事は、すぐに偵察衛星で確認が取れるはず。で、そうなるとまた、緊急meetingが入るはず。あ、Droneの映像DataはUSBにcopyして関谷さんに渡しておいたから、Takashiも後で確認しておいて。それじゃあ、一回切るね』



数秒後、バタバタと慌ただしい音と共に、ティーナさんが僕の所にやって来た。


「中村サン、ワームホール、私の部屋に繋いデモらってもいいデスか?」

「了解」



いつもの手順で生成したワームホールをくぐり抜け、ティーナさんが一足先に部屋を去って行くのを、僕達は手を振りながら見送った。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る