第511話 F級の僕は、ティーナさんから新しい誰かを紹介したいと伝えられる


6月20日 土曜日5



「ですから、“均衡調整課とS級の方々との共通認識”として、謎の存在Xとは、魔法を使用可能かつ、ほぼ単独でゲートキーパーを斃せる存在、という事になっています」


四方木さんのその言葉に引っ掛かりを覚えた僕は、問い直してみた。


「その……どうして謎の存在Xが“単独で”ゲートキーパーを斃して回っている、という判断になったのでしょうか? 例えばですけど、謎の存在Xが、複数で、その中には魔法を使用出来る仲間もいて、役割分担しながら戦っている、という判断にはならなかったのでしょうか?」

「そうなんですか?」

「えっ?」

「いえ、実際は、仲間達と一緒にゲートキーパー達を斃して回ってらっしゃるのかな、と」


恐らく主語がわざと抜かれた四方木さんの言葉に、思わず表情が硬くなってしまった。

そんな僕に、四方木さんがこれ以上無い位の笑顔を向けて来た。


「そんな顔しないで下さい。一応、我々はともかく、S級の皆さんは、中村さんが特殊な条件下で発動出来るという転移能力については、一切ご存じありません。また実際、我々の知る限り、他に、自在に好きな場所に転移テレポーテーション出来る能力者についても報告された例は有りません。ですから当然ながら、謎の存在Xは、特殊なスキルか何かで我々の監視をくぐり、富士第一の一層目から侵入、ゲートキーパーの間に至った、と認識されています。集団で我々の監視を、しかも複数回掻い潜れば、必ず何かの痕跡が残るはずです。今の所そうした痕跡の発見に至っていないので、つまるところ、謎の存在Xは単独でゲートキーパー達を斃して回っているはず、と結論付けられている訳です」


……つまり、均衡調整課が強引にそう結論付けて、S級達はそれを否定する材料を用意出来なかった、と言う事なのだろう。


「そうそう、我々が富士第一特別専従チームの為に用意出来る……」


四方木さんの話の途中で、僕の右耳に装着してある『ティーナの無線機』を介して、ティーナさんからのささやきが届けられた。


『Takashi、今、もし少し話をする時間が取れるようだったら、他に人がいない場所に移動して。無理だったら、後で一人になった時、改めて連絡して』


僕はさりげなく、傍に座る井上さんと関谷さんの様子をうかがってみた。

二人の雰囲気に変化は見られない。

今の囁き、明らかにエマモードでは無かったし、状況から考えて、僕だけに届けられた個人的メッセージって事だろう。

そんな事を考えている内に、四方木さんの話が終わっていた。


「……と考えております」


詳細を聞き逃したけれど、どうやら富士第一特別専従チームに割り当てられる予定になっている、人、モノ、資金の規模についての概略を説明してくれたようだ。

まあ、井上さんと関谷さんはちゃんと聞いていたみたいだし、内容は、後で二人から教えてもらえば良いだろう。

ともあれ、話はこれでおしまいのはず。



僕は仲間達に声を掛けて立ち上がりながら、ふと、オベロンの姿が見えない事に気が付いた。

周囲に視線を向けると、オベロンは、少し離れた壁際に展示されている装備品の傍でふわふわ浮きながら、熱心に見入っているようであった。

僕は声を掛けようとして、思い直して彼女の傍に近付いた。

そして彼女の真横に立ってそっと囁いた。


「帰るぞ」

「はぅあ!?」


オベロンが空中に浮いたまま、大きくった。

どうやら、わざわざ真横に立った僕の事が視界に入らない位、展示物に集中していたらしい。


「おぬし! ま……」

「召喚獣は喋らない!」

「ぐぅぅ……」

「帰るから、ほら、」


僕は腰のウエストポーチのファスナーを開けた。

オベロンはチラッとウエストポーチに視線を向けた後、囁いてきた。


「帰る前に、一つ、あのヨモギとやらに質問してくれぬか?」

「質問?」

「地球では、イスディフイの事をどこまで把握しているのか、聞き出して欲しいのじゃ」


以前、ティーナさんから教えてもらった第376話が思い起こされた。

チラッと背後を確認してみたけれど、幸い、四方木さん達は、井上さんや関谷さんと別れの挨拶を交わし中で、こちらに関心は向いていなさそうだ。

僕はオベロンに顔を近付け、小声で言葉を返した。


「それなら聞くまでも無いよ。均衡調整課はイスディフイの事は知らない。ただ、異世界が存在して、そこに起源を持つ何者かによって、僕達の世界がこんな風に変えられたって判断はしているみたいだけどね」

「では、その異世界イスディフイへの扉は、まだこちらからは開かれてはおらぬのじゃな?」

「? もしイスディフイと自由に行き来する方法について言っているんだったら、そんな方法が確立された、なんて話は聞いた事無いよ」


確立されていれば、ティーナさんあたりは、とっくにイスディフイを訪れているはず。

オベロンが何かぶつぶつつぶやき出した。


「となると、ここの装備品の性能から判断して……」

「中村さん」


背後からの声掛けに振り向くと、いつの間に近付いて来ていたのだろう?

四方木さんがニコニコしながら立っていた。


「何か気になる装備品でも有りましたか?」

「あ、いえ、そういうわけでは……」

「先程もお話しましたが、富士第一特別専従チームは、ここに展示しているクラスの武器や装備は基本的に全て自由に使用可能となりますよ」

「ご配慮、有り難うございます」

「それで……」


四方木さんが、僕の傍でふわふわ浮いているオベロンに視線を向けた。


「またそちらの召喚獣と“コミュニケーション”を取ってらっしゃったようですが」


どうやら、ヒソヒソ話していたのが聞こえたのかもしれない。

どこから聞かれていたのだろうか?


「まあ、ちょっと……」


適当に答えつつ、その場を離れようとする僕に、四方木さんが声を掛けてきた。


「そうそう、ついでで良いので、今度機会が有れば、そちらの召喚獣に聞いておいてもらえないですか?」

「……何のお話でしょうか?」

「あなたがたは、どこから来たのか、と」



皆と一緒に、ホテルの送迎の車でJMマリオネットホテルに戻って来た時、時刻は午後1時を回っていた。

部屋の中、僕が開いたウエストポーチの中から飛び出して来たオベロンが、大きく息を吐いた。


「“うえすとぽーち”の居住性、もう少しどうにかならんのか?」


いや、そもそも、ウエストポーチって、居住性とか考えて設計されていないから。

それはともかく、均衡調整課というより、桂木長官から、思いもしなかった提案をされてしまった。

僕は改めて皆とその事について相談しようとして……


先程のティーナさんからの囁きを思い出した。


どうしよう?

先に連絡しておいた方が良いかな?


僕は皆に声を掛けた。


「ちょっとお手洗い行って来るからさ」


井上さんがおどけた感じで言葉を返してきた。


「はいは~い。お昼、ここで食べるでしょ?」

「そうだね。さっきの均衡調整課での話も相談したいし、適当にルームサービス、頼んでおいて」


皆にそう言い置いてから、僕はトイレに入り、ティーナさんに向けてささやいた。


「今、一人だけど、ティーナの方は大丈夫?」


数秒後、僕の右耳に装着された『ティーナの無線機』を介して、囁きが戻って来た。


『大丈夫よ。今、もしかしてJM Marionette?』

「うん。均衡調整課で話を聞いて戻ってきた所。まあ、その件についても相談したい事が有るんだけど、さっき僕だけに囁きを送って来ていたでしょ?」

『ええ。ほら、朝話していたOBERON用の光学迷彩装備の話』

「もしかして、用意出来そう?」

『結論から言えば、用意出来そうよ。ただしその前に、TakashiとOBERONに一度USAまで来て欲しいの』

「アメリカに?」

『こっちで、そういうのに協力してくれる人がいてね。ちょっとというか、大分変わり者なんだけど、良い機会だから、Takashiにも紹介しておこうと思って』

「え~と、もしかして、オベロンをその人にも見せる?」

『安心して。OBERONを見せるかどうかも含めて、まずはTakashiがその人に会ってから判断してくれたらいいから』


なんだろう?

もしかしてまた、この前のインドの少女第398話のような、“わけあり”な人だろうか?


「分かったよ。それじゃあ、一度切るね。あと、今から皆でお昼食べるから、その時、改めて均衡調整課での話、説明するよ」


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