第510話 F級の僕は、桂木長官から意外な提案を聞かされる


6月20日 土曜日4



オベロンを目にした四方木さんが、僕に問い掛けてきた。


「この小さな妖精のようなのが、中村さんの召喚獣? ですか?」

「まあ、そんなところです」

「今、意味のある言葉を発しましたよね?」


どうやら、会話が可能な召喚獣は、現在の所確認されていないらしい。

僕は努めて平静さを装いつつ、言葉を返した。


「召喚獣なので、もちろん、召喚者である僕とはコミュニケーションが可能です。ですが、少々特殊なので、たまに周囲の人にも、この召喚獣の意思が言葉として伝わってしまう事があるようです」


言い訳としては苦しいかもしれないけれど、もう、これで突っぱねるしかない。

隣でオベロンが僕に同意するように、ぶんぶん首を縦に振っているのは、完全に無視して僕は話題の転換を試みた。


「ところで、何か僕にお話が有ったのでは?」


四方木さんは束の間、探るような視線を僕とオベロンに向けた後、ふっと表情を和らげた。


「そうでした。ではさっそく始めさせて下さい」


そして、傍らに立つ更科さんに指示を出した。


「それじゃあ、更科君、長官とお繋ぎして」


長官?

まさか……

戸惑っていると、更科さんが手元のパソコンを操作し始めた。

部屋の照明が少し暗くなり、僕達の前方の壁に、上から白いスクリーンが下りてきた。

そしてそこに見覚えのある人物の姿が映し出された。


立派な机を前に腰掛け、画面のこちら側、僕達に向けて眼光鋭い眼差まなざしを向けてきているのは、全国の均衡調整課を束ねる桂木長官だった。

どうやらT京の執務室とこことをオンラインで繋いでいるらしい。


画面の向こうで桂木長官が笑顔になった。


『中村君、久し振りだね』


桂木長官と直接言葉を交わすのは、20日程前の、富士第一での報告会第206話以来になる。

僕は画面に向かってぺこりと頭を下げた。


「ご無沙汰しております」


彼は、僕の隣に腰掛け、同じく画面に向かって頭を下げて挨拶の言葉を口にした井上さんと関谷さんをチラッと見た後、再び僕に話し掛けてきた。


『中村君、昨日のニュースは見てもらえたかな?』


僕は昨夜第500話、彼が出演しているテレビ画面の向こう側からこちら僕?に向けて、微笑みを向けて来た事を思い出した。


「……謎の存在Xが、富士第一のゲートキーパー達を斃して回っている、というニュースなら拝見しました」

『そうそう、そのことについてなんだけどね』


ズバリ、君が謎の存在Xだろ? という言葉が続くと思いきや……


『実は均衡調整課としても、“正体不明”の相手が、勝手に富士第一で活動を続けるのを黙って見ている訳にはいかなくてね。ほら、S級の方々率いるクランの手前もあるし』


正体不明?

とぼけているのだろうか?


「その謎の存在Xが何者かについて、見当がついている訳では無いのですか?」

『残念ながら今の所、“正体不明”としか表現できない状態なんだよ』


桂木長官は、いかにも困惑していると言った表情をしているけれど、僕にはどうにも、それが、芝居がかっているようにしか感じられない。

まあ、読心術系のスキルを持っているわけでは無いし、あくまでもそういう“印象を抱いた”としか表現できないけれど。


そんな僕の心の動きを知る由も無いであろう、桂木長官が言葉を続けた。


『話を戻すと、今回の事態を受けて、均衡調整課では、新たな部門を立ち上げる事にしたのだよ』

「新たな部門? ですか?」

『そう。富士第一の探査、そしてゲートキーパー達を斃して回っている謎の存在Xに関する調査を主たる任務とした、富士第一特別専従チームを結成する事が、今朝、閣議決定された。ついては、そのチームのリーダーに、君を指名したいのだが、どうかな?』

「えっ?」


桂木長官の想定外のその申し出に、一瞬、僕は固まった。

僕は大きく深呼吸してから、画面の向こうにいる桂木長官に言葉を返した。


「ですが、僕はまだ大学生ですし……」


桂木長官がニヤリと笑った。


『そんな事を言うのなら、我が国のS級の皆さんだって、皆若い。一番若い伝田圭太第167話は君と同じ20歳だが、クラン『白き邦アルビオン』という組織を立派にまとめ上げている』

「僕にはとてもそんな大役は……」

『中村君』


桂木長官が、僕の言葉をさえぎってきた。


『これは君と、そこにいらっしゃるお嬢様方にとっても、とても良い話だと思うんだけどね』

「どういった点が、でしょうか?」

『まず均衡調整課は、モノ、人、それから資金面で、この専従チームを全面的にバックアップする事になっている。それから君にチームを任せる以上、人事権、裁量権についても、君の希望が最優先される事になっている。もちろん、チームのメンバーは、均衡調整課の“見なし職員”とさせてもらうから、望まないクランからの勧誘、毎週のノルマからも完全に解放され、毎月の給与も支払われる。付け加えれば、もしチームの戦力がそれを許すのなら、今後は、101層以深のゲートキーパー討伐も、積極的に取り組んで貰って構わない。希望するのなら、富士山頂に、チームの専用棟も提供する用意がある。どうだろう?』


僕は今、桂木長官が告げてきた言葉の数々を、頭の中でもう一度反芻はんすうしてみた。

これはつまり、僕に“地球防衛軍X”を組織しないか、というお誘いと受け止めていいだろう。

ただし、均衡調整課による“支援統制”の下で。


しかしこれは考えようによっては、妙な事になってしまった。

元々僕達は、今日ここで、僕が均衡調整課の“嘱託職員”を続ける代わりに、僕と仲間達が富士第一を攻略するのを黙認するよう、交渉するつもりだった。

だからその機先きせんを制されてしまった格好だ。


「……分かりました。そのお話、一度持ち帰らせて頂いて、仲間達と検討してからお返事させて貰っても構いませんか?」


桂木長官が笑顔で即答した。


『もちろん構わない。ただし予算編成の都合もあるから、なるべく早くに返事を貰えると有り難い』

「それでは、来週中にはお返事する、と言う事でどうでしょう?」

『それじゃあ、それで宜しく頼むよ』


こちらに向かって手を振る桂木長官の姿が消え、オンラインでの会話は終了した。

部屋の照明が明るくなり、四方木さんが声を掛けてきた、


「お疲れ様です。お話は以上です。ちなみに、何か他に聞いておきたい事がありましたら、私から後で桂木長官にお伝えしておきますが?」


僕は一応、聞いてみた。


「四方木さん、この前の、僕の行動確認第362話の話と、97層のゲートキーパー消滅の件、当然、桂木長官には報告を上げられたんですよね?」


四方木さんはニコニコしながら言葉を返してきた。


「もちろんです」

「つまり、謎の存在X云々って話が急に出てきているのって、あの行動確認と関係、有りますよね?」


四方木さんがすっとぼけた感じの顔になった。


「どういう意味でしょうか?」

「その……」


僕が口ごもっていると、四方木さんが先に口を開いた。


「何か勘違いしてらっしゃるのかもですが、謎の存在Xについて、私ども均衡調整課が注目するようになったきっかけは、純粋にゲートキーパーの間を詳しく調査した結果ですよ」

「詳しく調査?」

「はい。到達できた99層までのゲートキーパーの間で、魔力の残滓が検出されました。言い換えれば、少なくともその階層のゲートキーパーを斃す際、何者かが、何らかの魔法的攻撃を使用した痕跡を発見した、という事です」


思い返せば、98層のゲートキーパー、シトリー第392話との戦い等で、僕達は関谷さんの魔法攻撃による支援を受けた。

当然その痕跡は、魔力にけた者なら検知出来るって事なのだろう。


「中村さん、魔法は確か使えなかったですよね?」


僕はうなずいた。

レベル104になり、ステータス値だけ見ればS級レベルの僕だけど、いまだ使用可能な魔法の欄には、“無し”の二文字が燦然さんぜんと輝いている。


「ですから、“均衡調整課とS級の方々との共通認識”として、謎の存在Xとは、魔法を使用可能かつ、ほぼ単独でゲートキーパーを斃せる存在、という事になっています」


そう口にした四方木さんの顔には、何とも言えない表情が宿って見えた。


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