第509話 F級の僕は、皆で均衡調整課に出向く


6月20日 土曜日3



僕はティーナさんにささやきを送った。


「ちょっと相談と確認したい事が有ってね」

『ナンでしョウ?』

「エマさんが使っている光学迷彩第374話の戦闘服。あれって、オベロンが着用可能なサイズって、用意出来無いかな?」


そう。

地球にオベロンを連れてくるたびに発生する、“どこかに連れて行け”問題を解決するため、僕が思いついた考えと言うのが、つまりそういう事だ。


『そうデスね……チョっと確認取ってみマスので、後で連絡しテモいいデスか?』

「ごめんね。無理だったら気にしなくてもいいからさ」


彼女との会話を終えると、井上さんが声を掛けてきた。


「ねえねえ、光学迷彩の戦闘服って? もしかして透明スーツみたいなの、エマさん持っているって事?」


そうか。

関谷さんは、ティーナエマさんと一緒に戦った事有るけれど、井上さんはそういう経験は無いはず。


「まあそんなところだよ」


彼女は関谷さんに顔を向けた。


「もしかして、しおりんはもうプレゼントされちゃった?」

「え? プレゼントって?」

「だってしおりん、地球防衛軍Xの創設メンバーだし、中村君ともイイ感じだし、そういう光学なんちゃらを貰っているんじゃないのかな~って」


地球防衛軍X第506話はともかく、関谷さんが僕とイイ感じ云々の話は、全力でスルーして……

僕はなんでもない風を装って、井上さんに声を掛けた。


「光学迷彩の戦闘服、エマさんの特注品みたいなんだ」


ま実際は、ティーナエマさん個人ではなく、EREN(国家緊急事態調整委員会)と米軍が共同開発したって第186話だけど。


「だから僕も関谷さんも持ってはいないよ。もし井上さんが興味あるんだったら、エマさんと直接話してみると良いかも」



話が一段落した所で、僕は改めて皆に声を掛けた。


「それじゃあ、均衡調整課に掛けてみるよ」


スマホを手にして、N市均衡調整課の電話番号をタップした。

数回の呼び出し音の後、僕も良く知っている人物が電話口に出た。


『お待たせしました。N市均衡調整課です』


更科さんの声だ。


「おはようございます。中村です。今朝、そちらからお電話頂いていたみたいなので、折り返し掛けさせて頂いたのですが……」

『中村さんですね? 今、四方木に繋ぎますので、このまましばらくお待ち下さい』


十数秒間、保留音が流れた後、今度は電話口に四方木さんが出た。


『中村さん、お疲れ様です。わざわざ掛け直して頂きまして、ありがとうございます』

「いえいえ、こちらこそご連絡、遅くなりまして。それで、どういったご用件でしょうか?」

『実はですね、少々ご相談したい事が有りまして……』


おおよその見当はついているけれど。


「昨日ニュースでやっていた“謎の存在X”について、ですか?」


電話口の向こうで、四方木さんの口調がわざとらしく明るくなった。


『さすがは中村さん。話が早い』

「それで、一度均衡調整課まで来てもらえないか、とかそういうお話でしょうか?」

『そうです。それで、どうでしょう? こちらは中村さんの都合に合わせますよ?』


今日は、夕方には一度、あっちトゥマに行かないといけない。


「なんでしたら、今からお伺い出来ますけど」

『分かりました。それでは30分後、午前11時過ぎでどうでしょう?』

「僕の方は構いませんよ」

『いやあ、良かった良かった。実は中村さんにとって、とっても良い話をご用意させて貰っているんですよ』

「どんな話でしょう?」

『それはお会いした時、じっくりご説明しますから。楽しみにしておいて下さい』



電話を終えた僕は、その内容を皆に説明した。

話を聞き終えた井上さんが、少し首を傾げた。


「中村君にとって、良い話って何かしら?」


僕は苦笑しながら言葉を返した。


「まあ経験上、九分九厘、均衡調整課にとって良い話、なんだと思うよ」



ホテルの車で送ってもらった僕、関谷さん、そして井上さんとオベロン――今は僕のウエストポーチの中で、大人しくしているけれど――の四人?は、約束の時間より少し早めに、N市均衡調整課が入る総合庁舎に到着した。

自動扉を抜け、冷房の良く効いた一階受付ロビーに入ると、いち早く僕達に気付いたらしい更科さんが声を掛けて来た。


「中村さん、おはようございます」


笑顔だった彼女は、しかしすぐに僕の傍に立つ井上さんと関谷さんに気付き、少し怪訝そうな顔になった。


「そちらのお二人は?」


僕は出来るだけ笑顔で言葉を返した。


「あ、この二人は僕にとって特別親しくさせてもらっている友人達でして、今日の話、一緒に聞いて貰おうと付いてきてもらったんです」


僕の言葉を受けて、井上さんと関谷さんが、“当初の打ち合わせ通り”、相次いで自己紹介代わりの挨拶を行った。

更科さんの表情が、心なしか曇ったように感じられた。


「中村さんお一人で来られると思っていたのですが……」

「すみません。この二人を同席させて頂けないのでしたら、今日のところはこのまま引き上げさせて下さい」


これも当初の打ち合わせ通りの対応だ。

更科さんは少しの間何かを考える素振りを見せた後、再び口を開いた。


「分かりました。四方木に確認を取りますので、とりあえずこちらへ……」


僕達はそのまま受付カウンターの中、接客スペースのようなブースに案内された。

僕も顔を見知っている女性職員が出してくれた冷たいお茶を飲みながら待つ事10分後、四方木さんと真田さんが連れ立ってやって来た。


「やあやあ、中村さん。お忙しい所、わざわざお越し頂いて申し訳ない」

「いえ、そんな事無いのでお気遣いは無用です」


四方木さんは、真田さんと並んで僕達の向かい側に腰を下ろしてから、改めて井上さんと関谷さんに視線を向けてきた。


「その節はどうも」


その節……多分、田町第十第207話の件だろう。


四方木さんは、井上さんと関谷さんの二人と軽く会話を交わした後、やおら切り出した。


「少し確認しておきたいのですが、井上さんは、確か田中様のクラン『百人隊ケントゥリア』に誘われて第130話らっしゃいましたよね?」

「確かにそうですけど、私は今の所、どこのクランにも所属するつもりはありません」

「なるほど」


四方木さんがニヤリと笑った。


「それでしたら、私どもが中村さんの為にご用意しているお話、井上さんにも喜んでもらえるかもしれませんね」


どういう意味だろう?

僕が四方木さんの言葉の意味を考えようとする間も無く、四方木さんが真田さんをうながして立ち上がった。


「それでは、私ども少々準備が有りますので、お先に失礼しますね」

「? 準備? ですか?」

「はい。もうしばらくこちらでお待ち下さい。準備が出来ましたら、更科の方で、皆様をご案内しますので」



それからさらに10分程待たされてから、更科さんの案内で、僕達は均衡調整課併設の装備品販売店の奥、A級以上が対象の特別室第113話へと案内された。

室内はふかふかした絨毯が敷かれ、落ち着いた雰囲気のBGMが流れている。

そのまま、ソファ席に皆で並んで腰を下ろした所で、今日何度目かになる、ウエストポーチ越しのオベロンからのアピール――と言っても、僕の腰をどんどん叩くっていう極めて原始的な合図だけど――があった。


そろそろいい限界かな?


室内には、僕達以外は、四方木さん、真田さん、そして更科さんしかいない。


僕は四方木さんに声を掛けた。


「すみません。ちょっと召喚獣を解放してもいいですか?」


四方木さん達が怪訝そうな顔になった。


「召喚獣? ですか?」

「はい。ちょっと特殊な召喚獣なので、出来ればあまり詮索しないでもらいたいのですが」

「大丈夫ですよ。均衡調整課の“嘱託職員”である中村さんの個人情報、私ども、しっかりと守らせてもらいますから」


僕はウエストポーチのファスナーを開いた。

それを待ち受けていたかのように、オベロンが中から飛び出して来た。


「おぬし、時間をかけ……!」


言いかけて、僕の言葉――決っして喋るな――を思い出したのだろう。

オベロンは今更ながら、慌てて自分の口元を両手でふさいだ。


……うん、まあ、そうなるとは思っていたけれど。


ともあれ、オベロンを目にした四方木さん達の目が、一気に鋭くなった。


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