第508話 F級の僕は、オベロンを召喚獣扱いしては、と提案される


6月20日 土曜日2



「オベロン、今日の午前中、もしかしたら僕達は均衡調整課に行って来なきゃいけないかもなんだ。だから、その間はこの部屋で大人しくテレビでも視て待っているんだ」


僕の言葉を聞いたオベロンが口を尖らせた。


「なんでじゃ!? わらわも連れて行けばよいではないか?」

「いや、お前連れて行っても、どうせ人前に出すわけにいかないし……そうだ、均衡調整課で僕達が話している間、姿を消しておいてくれるなら、一緒に連れ出してやってもいいぞ?」


確かこいつ、姿を消せるはず。

周囲の状況把握に支障をきたすから、あんまりやりたくない、とは話して第486話いたけれど、どうせ均衡調整課での話し合いに関心なんか持ってないだろうし、ちょうど良いはず。


「なんでわらわがコソコソ隠れねばならんのだ? 大体、均衡調整課とやらは、この世界でダンジョンやらモンスターやらを管轄しておるのじゃろ? ならば逆にここは正々堂々、わらわの事を、おぬしと契約しておる精霊王オベロン、と紹介すれば良いだけの話では無いか?」

「あのなぁ、前にもちょっと話したけれど、少なくとも僕の知る限り、この世界には精霊なんて存在しないんだ。だからお前の事を追及されたら、色々ややこしい事になるんだよ!」

「そんなの、シラを切れば良いだけの話じゃろうが。事実おぬし、富士第一でゲートキーパー斃しまくっても、シラを切り通しておるのじゃろ?」

「それとこれとは……」


言いかけて、僕はふと違和感を覚えた。


「なあ、お前もしかして勘違いしていないか?」

「勘違いとは何の話じゃ?」

「均衡調整課はここみたいに楽しい場所じゃないぞ? テレビもプールも無いし、御馳走だって出やしない。例えるなら、トゥマの政庁みたいな感じの場所だ。で、僕達がそこでするのは単なる話し合い。つまり、お前が楽しめそうな要素は全く無いって事、ちゃんと理解しているか?」

「さてはおぬし、わらわの事を、娯楽やら御馳走やらにしか興味の無い単細胞扱いしておるな?」


そりゃするでしょ?

事実、地球に来るたびに、面白い所に連れて行けだの、御馳走食わせろだの、騒いでいる訳だし。


「じゃあ、なんでわざわざ均衡調整課に付いて来たいんだ?」

「それはその……今後に備えて、もう少しこの世界の情報収……では無くて、社会勉強を……ゴニョ」


なぜか尻すぼみになった後、逆ギレ気味に騒ぎ出した。


「とにかく、わらわも連れて行くのじゃ! もし連れて行かぬというのなら、この世界でスタンピードを起こしておる超強力なモンスターどもをイスディフイ側から攻撃するという、おぬしらの計画、今後一切手伝わんぞ?」


なんだそれ。

まるで子供の言い分だな。


「手伝わないなら手伝わなくていいよ。元々可能かどうか分からない話だし。それにお前の力を使うって事は、また、僕の経験値を消費するって事だろ? なら、他の案を試すだけさ」


例えばだけど、中国の曹悠然ツァオヨウランに連絡を取って、再度のスタンピード制圧作戦第320話実施を働きかけるのも一つの手だ。

前回のチベットでの制圧作戦を失敗に追い込んだ“儀式”を主導したメルはもういない。

それにもし、他の何者かが妨害を企んだとしても、事前に僕と仲間達で嘆きの砂漠に張り込んでおけば、そいつらを排除できるだろうし。


ところが、オベロンが何故か少し慌てた雰囲気になった。


「て、手伝わぬというのは、少し言い過ぎじゃ」


そして若干媚びる様な表情で、上目遣うわめづかいになった。


「その……なんだ、ちゃんと手伝うから、わらわも……」


話の途中で、それまで黙って聞いていた井上さんが口を挟んできた。


「ねえ、こんなに付いて来たがっているんだから、連れて行ってあげたら?」

「いやだから、こいつはこの世界には存在しないはずの精霊……」

「じゃあさ、もうオベロンは“召喚獣”扱いにすれば?」

「召喚獣?」

「そう、ちょっと特殊な召喚獣で……」

「こりゃ!」


オベロンが抗議の声を上げた。

そして井上さんに、右の人差し指をびしっと突きつけた。


「おぬし、わらわを召喚獣扱いとは、なんという言い草じゃ!?」

「あれ? 知らないんだ。この国では凄く身分の高い人は、その身分を隠す事こそカッコいいのよ?」

「どういう意味じゃ?」

「オベロンって、精霊王なんでしょ?」

「そうじゃぞ」

「精霊王って、凄く偉いんでしょ?」

「そうじゃぞ」


オベロンの機嫌が、傍目はためにも分かり易く上昇していく。


「偉ければ偉い程、最初は身分を隠しておいて、いざという時に身分を明かして大活躍する。そういう存在こそ、この国では尊敬されるのよ?」

「そ、そうなのか?」


井上さんが、ね~と言った感じで関谷さんに話を振り、それに応じる形で、関谷さんが慌てて首を縦に振っている。


「普段は遊び人だけど、実は名奉行とか、普段はただの老人だけど、実は天下の副将軍とか」

「ぬう……そうであったか。なるほど、勉強になるのう」


うん。

オベロンの正体が何であれ、こいつに関する説明文から“単純”の二文字が消える事は無いだろう。


「だからオベロンも普段は召喚獣のフリをしておいて、いざとなったら大活躍! ってすればきっと物凄く尊敬されると思うんだけどな~」

「そういう事ならばわらわにもいなは無い。今回は召喚獣のフリをしておいてやろう」

「え~と……」


僕はとりあえず、ツッコんでみた。


「召喚獣って、普通は魔法陣使って呼び出す第130話んだよね?」

「ま、その辺は適当でいいんじゃない? 中村君、魔法陣も何も無しで、黒い【影】を呼び出したり出来るじゃない。それの延長線上で、小さな妖精さんを召喚しちゃいました~みたいな」


まあよく考えてみれば、オベロンを目撃するのが均衡調整課の職員達だけに限られるなら、守秘義務やら何やらで、世間一般に広く知れ渡る可能性は低いかな。

実際、均衡調整課が把握しているはずの“異世界の存在第376話”、世間ではほとんど噂にもなっていない。

それにどうせ僕は、“転移能力”使って富士第一のゲートキーパー、斃して回っている、“謎の存在X”扱いされている訳だし。


僕はオベロンに向き直った。


「じゃあとりあえず、均衡調整課には連れて行ってやるよ」

「本当か!?」

「ああ。その代り、いつもの口上は無しだ」

「なんじゃ? いつもの口上とは?」

「始原の精霊がなんたらってやつだよ」

「……仕方あるまい。召喚獣のフリをするのじゃから、確かに名乗るわけにはゆかぬな」

「それと、絶対に喋らない」

「なんでじゃ!?」


お前がいつもの調子で考え無しに喋ったら、尻拭いさせられるのは僕だろ?

という言葉は飲み込んで……


「召喚獣なんだから、喋ったらおかしいだろ?」

「ぬぅ……仕方あるまい。善処しよう」

「善処じゃなくて絶対だ! でないと今後、地球ではずっと金庫の中に閉じ込める事にするからな」

「おぬし、なんと恐ろしい事を……」


話しながら、僕は少し考えてみた。

僕がここ地球でも生活していく以上、今後も常に、オベロンを誰かに見とがめられるかもしれないという危険性は付いて回る。

本当なら、こいつには、地球に滞在中はずっと姿を消しておいて欲しい所だけど、どうもそうはいかないようだし……


と、ここで僕の心の中に、解決策に繋がるかもしれないある考えが浮かんだ。

僕は、井上さんと関谷さんに声を掛けた。


「もう一度、エマさんと二人で話をさせてもらってもいいかな?」


二人がうなずくのを確認してから、僕はティーナさんにささやきを送った。


「エマさん……」


幸い、すぐに返事が有った。


『中村サン。どうしマシた?』

「実は、ちょっと確認と相談したい事が有ってね……」


僕は先程心の中に浮かんだ自分の考えについて、手短に説明した。


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