第507話 F級の僕は、井上さんの謎な遊びに付き合わされる


6月20日 土曜日1



……リロリン、ピロリロリン……



……リズミカルなスマホの着信音で、急速に意識が覚醒していく。

しかし、僕が枕もとのスマホに手を伸ばした時、残念ながら既にその音は鳴り止んでいた。


「おはよう」


掛けられる声の方に視線を向けると、ラフな私服姿でベッドの脇に立つ、関谷さんの姿があった。

ベッドの上で上半身を起こした僕に、関谷さんが微笑みかけて来た。


「よく寝ていたから、先に朝食済ませちゃった」

「ごめんね。今、何時かな?」


言葉を返しつつ、昨夜の記憶を辿たどってみた。


確か、夜の11時過ぎにティーナさんが、徒歩でこの部屋から出て行って……

その後、ハイテンションな井上さんに勧められるがままに、カクテルやら飲んで、ひとしきり皆で騒いで……


うん。

その後の記憶がない所を見ると、僕は再び潰れてしまったのだろう。

今更ながら、少しばかり頭が痛いのにも気が付いた。


「今は朝の9時半よ」

「そっか」


ベッドから立ち上がろうとした僕は、少しふらついてしまった。

慌てた感じで、関谷さんが手を貸してくれた。


「大丈夫? もしかして、頭痛いとか?」

「ははは、まあそんな感じかな」

「お水飲む?」

「うん。ありがとう」

「じゃあ、ちょっと待っていてね」


そう言い置いてから、関谷さんが部屋から出て行った。

彼女を待つ間、僕は改めてスマホに手を伸ばした。

そして手に取ったスマホを立ち上げてから、先程の着信履歴を確認してみた。


均衡調整課からだ……


一瞬、昨夜のニュースで取り上げられていた“謎の存在X”についての話題が脳裏をかすめた。

折り返し掛け直そうか悩んでいると、関谷さんが戻って来た。

彼女が持って来てくれたコップに入った冷たい水を飲むと、少し気分が良くなった気がした。

関谷さんが、僕の手の中のスマホに視線を向けながら問い掛けてきた。


「さっきの電話?」

「うん。均衡調整課からだったよ」

「もしかして、昨日の?」

「多分ね」


と、関谷さんが何かに気付いた雰囲気になった。


「あ、着替えるよね?」


言われて自分が、部屋に備え付けられていたらしい寝間着姿である事に気が付いた。

潰れる前に、自分で着替えたのか、或いは、誰かに手伝ってもらったのか定かでは無いけれど。


「美亜ちゃんとオベロンさん、バルコニーのプールで遊んでいるから、私もバルコニーに出て待っているね。着替え終わったら声掛けて」


言われてみれば、外からなにやらはしゃぐ声が聞こえて来る。

井上さん、昨夜は結構飲んでいたっぽいけれど、こんな朝っぱらからもう活動再開出来ているなんて、ちょっぴり羨ましい。

それより、オベロン……

外で無邪気に遊んでいるみたいだけど、誰かに見られたりしてはいないだろうな?


関谷さんが部屋から出て行った後、手早く着替えを済ませて顔を洗った僕は、バルコニーに向かってみた。

外では、水着姿の井上さんが、持ち込んでいたらしい水鉄砲でオベロンを狙い、オベロンがそれを易々と交わして得意げな顔になるという謎な遊びが行われていた。

僕に気付いたらしい三人が、一斉に声を掛けて来た。


「中村君、頭痛どう? 朝食、食べられそう?」


心配そうに聞いてくれるのは関谷さん。



―――シュッ!



「ちょ、ちょっと!?」

「中村君! 覚悟しなさい!」


服を着ている僕にお構いなしで、ノリノリな感じで水鉄砲を撃って来るのは井上さん。


「おぬし、足元がふらついておるぞ! さては昨夜のアルコールがまだ残っておるな? ほれ、イノウエ! そこじゃ!」

「任せなさい!」


なぜか意味不明に腰に手を当て、無い胸を張りながら井上さんをあおっているのはオベロン


こうして少しの間、二日酔いの頭痛を抱えたまま、僕も二人の謎な遊びに巻き込まれる事になった。



二人が満足するまで付き合わされた後、一緒に部屋に戻った僕は改めて切り出した。


「実は均衡調整課から着信が有ってね」


井上さんの目が細くなった。


「それって、きっと昨日ニュースでやっていた、謎の存在X絡みの話じゃない?」

「まあ、僕もそう思う。で、まだ折り返し電話していないんだけど、ちょっと皆と相談しておこうかと」


関谷さんが、自分の右耳に装着している『ティーナの無線機』を指差した。


「それじゃあ、一応、エマさんにも連絡、取ってみる?」

「そうだね……」


僕は右耳に『ティーナの無線機』を装着してから呼びかけてみた。


「エマさん……」


少しのがあってから、囁きが戻って来た。


『中村サン、皆サン、おはヨウございマス』


エマモードって事は、この囁きは関谷さんと井上さんにも届いているようだ。

果たして二人もティーナさんと挨拶を交わしていく。

一通り、皆の挨拶が終わった所で、僕はティーナさんに均衡調整課から着信が有った事を説明した。


「それで多分、昨日話していた、あの謎の存在Xに関する事だと思うんだ。もしかすると、エマさんが話していた第503話通り、これからも均衡調整課の嘱託職員を続ける限り、富士第一を“自由に攻略”していいよ、みたいな話になるかもしれないと思ってさ」

『恐ラクそうデショウね』

「それで、どう対応するか、なんだけど」

『そうデスね……』


しばらく何かを考える雰囲気が伝わってきた後、ティーナさんが言葉を続けた。


『いっそ、こちラカら話を切り出しテハ?』

「話って?」

『つマリ、これカラも表向き、均衡調整課の嘱託職員は続ケル。だけドソの代わリニ、今後の富士第一の攻略は、自分が信頼スル仲間達とチームを組んで行いタイって申し出るのはどうデショウ?』

「え? でもそれって、聞きようによっては、均衡調整課内で勝手にクラン的組織を僕が立ち上げたがっているって受け止められないかな?」

『むシロ、そう受け止めてもラッタ方が、後がやりヤスクなりマスよ』


そして彼女は、僕以外の二人に呼びかけた。


『井上サン、関谷サン』

「なに?」

「なんでしょう?」

『お二人にお願いが有りマス。私はチョット忙しいノデ、ご一緒出来ないのデスが、お二人には今日、中村サンが均衡調整課に出向く事にナッタ際、一緒に行ってもラエないデスか?』


井上さんが言葉を返した。


「私は別に構わないけど……あ、もしかして、私たち二人が、中村君を手助けするって話をしに行って欲しいって事?」

『そうデス。お二人には、中村サンと自分達が特別な関係下にアッテ、今までも様々な面で協力シテきたって話にしてオイテもらえレバ』

「特別な関係下って……」


井上さんが、少しおどけた雰囲気で、関谷さんに顔を向けた。

一方、関谷さんの方は、顔を真っ赤にしてうつむいている。


……うん。

このままだと渋滞するから、さっさと話を進めよう。


僕は二人の会話に口を挟んだ。


「まあとりあえず、均衡調整課に電話してみるよ。で、実際、行くことになったら連絡するからさ」

『分かりマシタ。それデハ連絡、待っていマスね』


ティーナさんを交えた相談を終えると、傍で話を聞いていたらしいオベロンが声を掛けてきた。


「おぬし、昨日も話しておったが、その“きんこうちょうせいか”とはなんじゃ?」

「均衡調整課は、ダンジョンを管轄する日本の公的機関で……」


僕はオベロンに、簡単に均衡調整課について説明してやった。

そう言えば、均衡調整課にいざ行くってなった時、こいつオベロンはどうしよう?

ウエストポーチに収納して連れ出すとしても、均衡調整課での話が長くなったら、途中で暴れ出して気付かれるかもしれない。

それなら、こいつはこの部屋で留守番させといた方が、まだ安全かな……


僕は一応、関谷さんに聞いてみた。


「そう言えばこの部屋、今日は何時にチェックアウトの予定?」

「部屋の手配をしてくれたエマさんの話では、午後4時頃までにチェックアウトすればいいって」


それなら……


僕はオベロンに向き直った。


「オベロン、今日の午前中、もしかしたら僕達は均衡調整課に行って来なきゃいけないかもなんだ。だから、その間はこの部屋で大人しくテレビでも視て待っているんだ」


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