第504話 F級の僕は、何故か背中に脂汗


6月19日 金曜日19



「あ、もしかしてあの、ワームホールみたいなのを作り出しちゃうあれ?」


田町第十第186話で『七宗罪QZZ』の構成員達と対峙したあの時、井上さんは僕が使った秘密道具――『ティーナの重力波発生装置』――のお陰で、僕の部屋へと逃れる事が出来た、と認識している。

だからこその発言だろう。


ティーナさんがうなずいた。


「デスから、行き来するダケなら、一瞬デスよ」

「そうね……」


井上さんは束の間、考える素振りを見せた後、関谷さんの方を振り返った。


「しおりんはどうする?」

「私は皆に合わせるわ」

「それじゃあ、良い機会だし、行ってみようかな」

「分かりました」


ティーナさんが僕に視線を向けた。


「それデハ、宜しくお願いシマす」


僕はインベントリから『ティーナの重力波発生装置』を取り出した。

関谷さんも井上さんも、この形も大きさもルービックキューブみたいな黒い装置が、ワームホールを作り出す“僕の秘密道具”だと認識している。

僕は装置を握り締め、MP10を込めてみた。

装置が微かに発光し、それに合わせて、部屋の中にワームホールが……


「おぬし、それはなんじゃ!?」

「おわっ!?」


急に背後から声を掛けられた僕は、思いっきりってしまった。

視線の先、いつの間にかこっちに戻って来ていたらしいオベロンが、ふくれっ面をしてふわふわ浮いていた。


「むぅぅ……おぬし、こんないたいけな美少女に声を掛けられて、その反応はおかしいぞ?」

「いやだから、急に声掛けられたらびっくりするだろ?」


なんだか少し前にも似たような会話を交わしたような……

しかしオベロンは、それ以上は気にする風もなく、僕の手の中の装置を指差しながら再び問い掛けてきた。


「それは、ここ地球の装置か?」


僕はチラっとティーナさんに視線を向けた。

彼女は澄まし顔のまま、特に何のアイコンタクトも寄越してこない。

という事は、別段、隠すような話でも無い、と言う事だろう。


そう解釈した僕は、オベロンに言葉を返した。


「これは……」


僕はすぐ傍に“出現”しているワームホール――もちろん、実際に生成したのはティーナさんだけど――を指差しながら説明した。


「ある特定条件下で、ワームホールを作り出す装置だよ」

「ワームホールじゃと?」


オベロンはワームホールを一瞥した後、今度はティーナさんに向き直った。


「しかし、そこのワームホールを実際に生成したのは、タカシではなく、おぬ……ウワァヤメ!?」


喋っている途中のオベロンを、ティーナさんがいきなり掴み取った。


「どうして分かったの?」


ティーナさん、顔は笑顔だけど、目が笑っていない。


「どうしても何も、見れば一目瞭然ではないか。それより、離すのじゃ!」

「ふ~ん……」


ティーナさんが、オベロンに顔を寄せた。


「つまりあなた、graviton重力子が視えるのね?」


ん?

ティーナさん、に戻ってないか?


僕は彼女に声を掛けた。


「“エマ”さん?」


彼女が悪戯っぽい表情を向けて来た。


「大丈夫よ。ほら……」


彼女が動かした視線の先、関谷さんと井上さんが、ストップモーションのように固まっていた。

もしかして……?


「二人の時間を停めたから、今の私達の会話を聞かれる心配は無いわ」


そして改めて、彼女の手の中でもがいているオベロンに話しかけた。


「二人の時間は停める事が出来たけれど、あなたの時間を停める事は出来なかった。あなた、一体、何者?」

「だから何度も申しておるではないか。わらわは始原の……」

「そういう、作った設定が聞きたいんじゃ無くて、あなたの正体が知りたいんだけど」

「正体も何も、わらわはタカシと契約を交わした精霊王、オベロンじゃ! それ以上でもそれ以下でも無い!」


ティーナさんは束の間、オベロンに探るような視線を向けた後、手の中の彼女を解放した。

素早くティーナさんから距離を取ったオベロンが、逆にティーナさんに探るような視線を向けてきた。


「おぬしこそ、一体、何者じゃ?」

「私は留学生のエマデ~ス」

「それは作った設定であろう?」

「そうデ~ス。あナタと同じデ~ス」

「ふん! まあ良いわ。どうせその設定とやらの中で、その重力波を発生させるだけの装置を、ワームホールを生成する装置と言い張っておるのじゃろ?」

「そうよ。で、話を戻すけれど、あなた、graviton重力子が視えるのよね? だから、Takashiの手の中の装置は単なる重力波を発生させるだけで、実際のwormhallは、私がgraviton重力子を操って生成した、と見抜いた。違う?」

「……だったらどうしたというのじゃ? わらわは精霊達を統べる凄い存在なのじゃ。重力子程度、視えなくてどうする」


そう言えばオベロン、電子の流れもどうとか話していたっけ?


「重力子が視えるという事は、当然感知も出来るのよね?」


オベロンがそっぽを向いた。


「ふん!」

「あらら? 私とは仲良くしておいた方がいいわよ?」

「何をぬかすか。お前のような失礼な奴と馴れ合うつもりはない!」

「そんな事言っていいのかしら? 私は……」


ティーナさんが、すっと僕に近付き、自分の左腕を僕の右腕に絡みつけて来た。


「ちょ、ちょっと、ティーナさん?」


しかしティーナさんは、これみよがしに、僕に柔らかい身体を押し付けて来た。


「いいじゃない。私達の特別な関係性、この自称精霊王にもちゃんと理解しておいてもらった方が、話が早くなるから」


何の話が早くなるのかは分からないけれど……

心拍数が上がり、自然、顔が赤くなるのが自覚された。


そんな僕に構う事無く、ティーナさんがオベロンに声を掛けた。


「見ての通り、私はTakashiにとってspecialな存在なの。だから私の機嫌をそこねたら、Takashiとの関係性も壊れるわよ? あなたも契約者Takashiとは、良好な関係性を保ちたいでしょ?」

「ぬぅぅ……」


オベロンが忌々しそうな雰囲気で眉をしかめながら、僕に声を掛けてきた。


「おぬし、そやつを本命に選ぶくらいなら、まだあっちでユーリ……モガフガ」


咄嗟とっさに危険を感じ取った僕はティーナさんを振りほどき、文字通り、電光石火の早業でオベロンを掴み取って口元を塞いだ。

そして、彼女の耳元で囁いた。


「お前……これ以上余計な事を話したら、むしり取るの、羽根だけじゃ済まなくなるぞ?」

「モガモガ~~!」


オベロンが涙目で抗議してくる中、背後からティーナさんの妙な猫なで声が聞こえてきた。


「Takashi、Yulyaって、確かNergalのお姫様、よね?」

「まあ、そうだね」

「もしかして、あっちで良い感じなのかな~?」


僕は全力の笑顔作り笑いで振り返った。


「そんな事無いから安心して!」


そして再度オベロンに顔を寄せ、念押しした。


「明日は昼間、こっちで色々連れて行ってやるから、これ以上余計な事を言うな。あと、ティーナとは仲良くしろ、いいな?」


うん。

脅すだけじゃ無くて、アメもちゃんと用意した。

僕は、手の中のオベロンがうなずくのを確認してから解放してやった。

そして、改めてティーナさんに声を掛けた。


「そうそう、富士第一100層のゲートキーパーの間に行くんだったよね?」


しかしティーナさんは、僕の言葉に答える代わりに、オベロンに声を掛けた。


「OBERONさん、さっきあなたが口にしていたYulya-sanの話、もう少し詳しく教えてくれるかしら?」


オベロンは、チラチラ僕の様子をうかがいながら、言葉を返した。


「心配致すな。ユーリヤは、確かにタカシに懸想けそうしておるが……」


お~い! オベロンさん!?


僕は再びオベロンを掴み取ろうとした。

しかしさすがに回数を重ねる事で、警戒していたのであろう。

オベロンは僕の手をすり抜け、逆にティーナさんの向こう側に飛んで行った。


「本当の事じゃろ!? おまけに別段、おぬしはユーリヤに言質げんち(※はっきりとした証拠になる言葉)を与えてはおらなんだ。つまり、このティーナという女が特段怒る場面では無いはずじゃ!」

「お前! もう明日絶対どこにも連れて行ってやらないからな!」

「なんでじゃ!? おぬしがティーナともっと仲良くせいと言ったのであろうが!」

「ふ~ん、Takashiって、あっちでもどうやらモテモテみたいね。うらやましいわ」

「だから違うって、それはこいつが、大袈裟に話を広げて……」

「なんという言い草じゃ! わらわは精霊王の名に懸けて、嘘はついておらぬ!」

…………

………



結局、本筋とは絶対に関係無いはずのすったもんだが、ようやく落ち着いたのは、それから10分以上経ってからであった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る