第505話 F級の僕は、富士第一101層に異常が生じている事を知る


6月19日 金曜日20



「そういう事だから、お互い詮索しあうのは無しって事で」

「良かろう。わらわも精霊王。恭順の意を示す者には度量を示さねばならんからのう」


……ちょっと何言っているのか分からないけれど、とりあえず、二人は手打ちをしたようだった。


「じゃあ、Sekiya-sanとInoue-sanの時間の流れ、戻すわよ」


ティーナさんのその言葉が終わるのを待っていたかのように、ストップモーションの如く固まっていた関谷さんと井上さんが動き出した。


「あれ? なんか違和感あるんだけど……」

「私も、今一瞬だけ眩暈めまいが……」


自分達の時間が停止していた事を知らないはずの二人からすれば、僕やティーナさん、そしてオベロンの居る位置が一瞬に変化したように見えるはず。

お互い首を傾げ合う二人に、ティーナさんが、しれっとした感じで声を掛けた。


「お二人とも、カクテルをたくサン飲んでいマシタから、もシカして酔っタノかも?」

「そうかもしれませんね」


神妙にうなずく関谷さんは、普段通りに見えるけれど……


「そうかなぁ? 私はいつもと変わらないと思うんだけど?」


そう口にする井上さん。

いつも以上にハイテンションなあなたは、多分本当に少し酔っていると思いますよ。


そんな二人に、ティーナさんが改めて声を掛けた。


「そレデどうしマス? 富士第一100層、ゲートキーパーの間。もし体調悪いようデシタら、私達ダケで行ってきマスケど?」

「私なら大丈夫だから連れて行って。それに富士第一のゲートキーパーの間なんて、選ばれた少数の人間しか目にした事無い場所でしょ? なんだかちょっとワクワクするわ」

「私も大丈夫です。皆さんとご一緒させて下さい」



ワームホールの向こう側は、直接、富士第一100層ゲートキーパーの間内部に繋がっていた。

燐光に照らし出された天井の高いドーム状の広大な空間に、当然ながらゲートキーパーの姿は無い。

そして奥の少し床がせり上がった場所に、101層に繋がっているのであろう、不思議な揺らめきに縁取られた銀色に輝くゲートが見えた。

そのゲートに向かって、何故かオベロンが一直線に飛んで行くのが見えた。


まさか、勝手に101層に向かったりはしないだろうな?


少し不安になった僕の傍で、興味津々といった雰囲気できょろきょろ辺りを見回している井上さんが口を開いた。


「へえ~、ここがゲートキーパーの間なのね……中村君がゲートキーパー斃したのって、いつだっけ?」

二日前第414話かな」

「そっか……あ、でも次の101層のゲートキーパーを斃す時は、私も呼んでくれるんだよね?」

「そりゃあ、井上さんが希望してくれるなら、僕としては大歓迎だよ」


ゲートキーパー戦は何が起こるか分からない。

手伝ってくれる仲間が多いに越した事は無い。


話していると、ティーナさんが声を掛けて来た。


「せっかくデスカら、あっちのゲートも見に行ってミマセんか?」



関谷さんと井上さんが談笑しながら先行し、少し後ろから僕とティーナさんがついていく形でゲートに向かう途中、ティーナさんがそっとささやいてきた。


「101層にwormholeを繋げなくなっているわ」

「ワームホールを繋げない?」


ティーナさんは、僕達の世界に属する場所なら、ゲートキーパーの目の前にすら、ワームホールを繋ぐ事が出来る、と話していた第239話


「多分……」


ティーナさんが、こそっとゲートの方角を指差した。


「OBERONが何かしたんだと思う」


ゲートの傍には、僕達より一足先にそこに到着したオベロンが、何をするでもなく、ふわふわ滞空しているのが見えた。


「具体的には何を?」


ティーナさんが肩をすくめた。


「分からないわ」

「じゃあ、どうしてオベロンが何かしたって思ったの?」

「OBERONは明らかに富士第一100層のGatekeeperの間が今、どうなっているのか気にしていた第503話。で、彼女をここへ連れてきた途端、急に101層の座標が読み取れなくなってしまった。つまり状況証拠からの類推ってやつね」



ゲートのすぐ傍まで到着すると、井上さんが、興味深げにゲートを観察し始めた。


「この向こう側もダンジョンって事よね?」


一般的に、ゲートは僕達の世界とダンジョンとを隔てる、文字通り“ゲート”として認識されている。

そして、通常のダンジョンは全て、単一の階層のみで構成されている。

ここ富士第一のみが、複数の階層に別れ、しかも各々の階層を行き来するには、“通常は”ゲートを使用する以外の手段は知られていない。


「行ってミマしょウカ?」


ティーナさんが、先程の僕との会話なんてなかったかのような雰囲気でそう皆に声を掛けた。


「行ってみよう!」


井上さんの一言で、僕達は連れ立って、ゲートの通過を試みた。

しかし……


「あれ?」

「押し戻される!?」


そう。

なぜか目の前のゲートが通過出来なくなっている。

僕はチラっとオベロンに視線を向けた。

しかし彼女はどこ吹く風といった雰囲気のまま、ふわふわ宙に浮いている。


「おかしいデスネ~」


ティーナさんが、芝居がかった声を上げた。


「もしカシテ、誰かサンが、今は101層に誰も入れタクナいのかもシレマせんね~」


オベロンがその言葉にピクっと反応した。


「おぬし、それはどういう意味じゃ?」

「そのまンマノ意味デスよ~。って、どうしてオベロンさんがそんなにムキにナッテいるんデスか?」


オベロンが分かり易く狼狽うろたえた。


「ム、ムキになどなっておらぬぞ? わらわはただ、おぬしの言葉の意味を問い直しただけじゃ」

「デスから言葉通り、そのマンマの意味デスよ~」


ともあれ、井上さんに富士第一100層、ゲートキーパーの間を見せてあげるという目的は達成出来た。

ついでに、101層への進入が何故か不可能――オベロンが本当に関与しているかどうかは別として――になっている事も確認出来た。

ならば、ここに長居する必要はもう無さそうなわけで。


僕は皆に声を掛けた。


「それじゃあ帰ろうか?」



再びワームホールを通過して部屋に戻って来ると、オベロンが僕達に声を掛けて来た。


「ところでおぬしら、先程、地球で発生しておる“すたんぴーど”をおぬし達のみで制圧する、とか申しておったな」


ん?

そう言えばこいつ、今日の午前中第488話、テレビで取り上げられていたスタンピードの話題を視ながら、なにやらぶつくさ話していたな……


「何か手は思いついておるのか?」


ティーナさんが、やや意外そうな雰囲気になった。


「オベロンさん、もしカシて手伝ってクレルのデスか?」

「ま、まあ、おぬしらはわらわの契約者たるタカシの仲間達であろう? そんなおぬしらが、もしわらわに是非力を貸して欲しいとこいねがうのなら、力を貸してやらんでもないぞ?」


いちいち態度が尊大なのはいつもの事だから、置いといて……


「何か良い考えでもあるのか?」


こいつが今まで口にしてきた“案”は、大体、邪魔者は殺してしまえ、なんて物騒なモノばかりだったけれど。


僕の問い掛けに、オベロンが得意げな顔になった。


「よくぞ聞いてくれた。ずばり、あの“すたんぴーど”を起こしておるモンスターどもを一瞬にして殲滅出来る方法をわらわならば教えてやれる」


まあ、相手はモンスターだ。

殲滅出来るなら、それに越した事は無い。


「どうするんだ?」

「簡単な話じゃ」


オベロンが僕の反応を確かめるような素振りを見せながら言葉を続けた。


「おぬしがわらわの力を使えば良い」

「オベロンさんの力って?」


ティーナさんが僕達の会話に口を挟んできた。

オベロンがティーナさんに向き直り、腰に手を当て、無い胸を張った。


「精霊王たるわらわと契約しておるのじゃ。こやつはおぬし達が思っている以上に、凄い力が使えるのじゃ!」


僕はオベロンに問い掛けた。


「具体的にどうするんだ? もしかして、黒い結晶体を無効化して欲しいって願えばそうなるのか?」


メルは、黒い結晶体に込められているのはことわりの力だと話していた。

ことわりの力は代償を必要とする代わりに、創世神すらあらがう事は難しいはず。


オベロンが首を振った。


「いかにわらわいえども、ことわりの力をくつがえす事は出来ぬ」


そう前置きしてから。キメポーズのつもりか、左手を腰に当てたまま、右の人差し指を僕に突き付けて来た。


「ズバリ、イスディフイ側から地球側に向けて、わらわの力を使用すればよいのじゃ!」


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