第497話 F級の僕は、ユーリヤさんがモノマフ卿と会談する場に立ち会う


6月19日 金曜日12



視界が切り替わった瞬間、周囲から狼狽する複数の人々の声が浴びせかけられた。


「な、何者だ!?」

「総督閣下をお守りしろ!」


周囲に視線を向けると、規格化された銀色の鎧を身に着けた兵士数十人以上が、僕等に向けて一斉に武器を身構えるのが見えた。

どうやら“予定通り”兵士達が密集している場所への転移に成功したようだ。

僕は打ち合わせ通り、仲間達を包み込むように障壁シールド――僕の右腕には、『エレンの腕輪第481話』が装着されている――を展開した。

そして、【影】5体を召喚した。

兵士達からすれば、いきなり虚空から複数の人間が出現し、なおかつ“異様な”黒い【影】が湧いて出たように見えたはず。


「敵襲だ!」

解放者リベルタティスの奇襲だ!」


案の定、パニックに陥ったらしい何人かの兵士達が、僕達の方に斬りかかって来た。

同時に魔法によるものと思われる氷の刃等も、僕等目掛けて降り注いできた。



―――ガキキン!



しかし当然ながら、レベル20~40程度の兵士達の物理や魔法攻撃では、レベル104の僕が展開する障壁シールドを破る事は出来ない。

僕は【影】達に、周囲の兵士達の武器のみを破壊するように指示を出した。

【影】5体が兵士達の間を滑るように動き回り、彼等の武器を次々に破壊していく。

同時に、魔法を放っていたと思われる兵士達も、バタバタと昏倒していく。

こちらは恐らく【隠密】状態――だから今、【看破】を発動していない僕からも見えないけれど――になっているクリスさんが、遺憾なくその能力を発揮してくれているって事だろう。


こうして数分も経たないうちに、数十名近い兵士達が無力化された。

ここで精霊の力によって拡声されたユーリヤさんの大音声だいおんじょうが響き渡った。


「静まりなさい! 私は皇太女ユーリヤ=ザハーリンです!」


無力化され、地面にうずくまる数十人の兵士達を、さらに遠巻きにするように武器を構える兵士達が、一斉にたじろいだ。

再びユーリヤさんの大音声が響き渡った。


「モノマフ卿に会いに来ただけです。きょうをこちらにお呼びするか、でなければ私を卿のもとへ案内しなさい!」


ざわめきが広がり、やがて兵士達の向こうから、でっぷりと肥えた、脂ギッシュな感じの中年男性が姿を現した。

壮麗な衣装を身に着け、数名の兵士達が付き従っているところを見ると、彼がモノマフ卿かもしれない。

果たしてユーリヤさんが、その男性に呼びかけた。


「モノマフ卿、ご無沙汰しております」


モノマフ卿はやや憮然としているように見えた。


「殿下! これは一体、何の騒ぎですかな?」


ユーリヤさんが澄ました雰囲気で言葉を返した。


「皇族にやいばを向けたという不敬に関しては、今は目をつむりましょう」

「それは、そちらが……」

「兵を率いて自らトゥマの救援に駆けつけようとする、モノマフ卿のその心意気、私は感銘を受けました!」

「え? あ、いや……」


モノマフ卿がやや戸惑った雰囲気になった。

ユーリヤさんがなおも畳みかけた。


「ですがご安心を」


ユーリヤさんが右腕を振り、僕達を紹介するかの素振りを見せながら言葉を続けた。


「私の“優秀な”幕僚達と、トゥマの勇敢なる臣民達の働きにより、兇徒は首魁しゅかい諸共もろとも討ち滅ぼされました。ところで……」


ユーリヤさんが、モノマフ卿に試すような視線を向けた。


「私の親書はお読み頂けましたか?」


モノマフ卿は少しの間、何かを考える素振りを見せた後、息を吐いた。


「……読ませて頂きました」

「こうして卿自らトゥマに向かわれようとしていた、という事は、お返事、頂けるとの解釈で宜しいですね?」

「それは……」

「モノマフ卿」


ユーリヤさんがたおやかな笑みを浮かべたまま、言葉を継いだ。


ご子息キリルの件も同時に相談したいので、ここではなんですし……続きは、卿の幕舎で話しませんか?」



数分後、僕達はモノマフ卿の幕舎へと案内されていた。

僕達、そしてモノマフ卿の幕僚達が見守る中、ユーリヤさんとモノマフ卿との会談が始まった。

まずユーリヤさんが現状について説明し始めた。

トゥマに押し寄せた数千を超えるモンスターの大群を殲滅した事。

州都モエシアに転移して、敵の首魁“エレシュキガル”を討滅した事……


「お待ちを!」


モノマフ卿が、ユーリヤさんの話をさえぎった。


「“エレシュキガル”を討滅した、とおっしゃいましたか?」


ユーリヤさんが笑顔でうなずいた。


「はい。“卿の配下”たるトゥマの臣民達の協力で結成出来た『“エレシュキガル”征討軍第454話』を率いて、私自ら州都モエシアに乗り込みました。実際に“エレシュキガル”を討滅したのはここにいる……」


ユーリヤさんが僕に視線を向けながら言葉を続けた。


「ルーメルの勇士にして、帝国の名誉騎士エクィタスたるレベル104の冒険者タカシ殿ですが」

「レベル104……!?」


僕の紹介を聞いたモノマフ卿以下、幕僚達がざわめいた。


「これを……」


ユーリヤさんが、懐から黄銅色の金属板カードを一枚取り出した。

それはトゥマ防衛戦の時、僕が身に着けていた戦果記録票第360話であった。

どうやらユーリヤさんは、モノマフ卿とこうして会談する時に備えて、あらかじめ用意していたらしい。

彼女はその金属板をモノマフ卿に手渡しながら説明した。


「そこにはタカシ殿がトゥマで挙げられた戦功が刻み込まれています。確認してみて下さい」


モノマフ卿は、肉眼では読み取れないレベルで刻み込まれた文字によって、元の光沢を失っているその金属板を、しげしげと眺めた後、隣に立つ、魔導士と思われるローブを纏った老人に手渡した。

金属板を受け取った老人は、少しの間金属板に指をわせてから目を大きく見開いた。


「総督閣下! 殿下のお言葉、恐らく本当ですぞ!」

「どういう事だ?」

「この戦果記録票によれば、そちらにいらっしゃるタカシ殿は、お一人で……ろ、693体ものモンスターを斃してらっしゃいます。しかもその大半は、60~80代の高レベルモンスターですぞ!」

「なっ……!?」


モノマフ卿と幕僚達が、僕に文字通り化け物を見るような視線を向けて来た。


……まあ正確には一人じゃ無くて、ターリ・ナハもララノアも、そして途中からはアルラトゥメルも手伝ってくれたんだけど。


他人から必要以上に高評価される事にさっぱり慣れていない僕は、思わず泳ぎそうになった目を閉じ、胸元で腕を組んでみた。


あれ?

この姿勢って、いわゆる強者っぽい感じに見えたりしないかな?

でも、もしそうなら、この場合は好都合……なはず。


そんな僕の心の動き何かとは無関係に、ユーリヤさんが話を進めていく。


「モノマフ卿に提案があります」

「提案、とは?」

此度こたびの“エレシュキガル”との一連の戦いにおいて、属州リディアの街、トゥマの臣民達が“帝国と私”に示してくれた忠節は誠に見事なものでした。ですから、“エレシュキガル”が無事討滅された今、『征討軍』の凱旋式を州都リディアで大々的に執り行いたいのです。勿論もちろん、その席にはモノマフ卿も臨席して頂きたい。また、この勝利を記念して、特赦も行うべき事、付け加えさせて下さい」


なるほど。

恐らく、最後の特赦云々が、キリルの罪を不問にする事に繋がる、というわけだろう。


「凱旋式そのものと特赦に関しては、私とて異論は御座いません。ですが……」


モノマフ卿が探るような視線をユーリヤさんに向けて来た。


まことにあの“エレシュキガル”を討滅したとおっしゃるのであれば、何か証拠の品はお持ちでしょうな?」


ユーリヤさんが、すっとぼけた感じで問い直した。


「証拠とは?」

「“エレシュキガル”の遺骸なり、奴を確実に斃した事を証明出来る物品なり、そういった何かがあれば、我が属州の民達もより納得するはずで御座います」

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