第498話 F級の僕は、イヴァンに対する感情を再確認する


6月19日 金曜日13



「“エレシュキガル”の遺骸なり、奴を確実に斃した事を証明出来る物品なり、そういった何かがあれば、我が属州の民達もより納得するはずで御座います」


モノマフ卿のその言葉は、つまるところ、自分自身が納得出来る証拠を見せよ、という事だろう。


「その事についてなのですが……」


ユーリヤさんがわざとらしく困ったような顔になった。


「実はレベル104のタカシ殿と、州都モエシアを禁呪で廃墟に変えてみせたあの“エレシュキガル”との戦いは熾烈を極めたようでして……」


ユーリヤさんが、僕の方に視線を向けながら言葉を続けた。


「戦いが終わった後、“エレシュキガル”は文字通り、塵一つ残さず消滅したそうです。ですよね?」

「え? あ、はぁ……そ、そうです!」


いきなり話を振られて、少々挙動不審な感じの返しをしてしまった僕は、軽く咳払いをしてから改めて口を開いた。


「“エレシュキガル”は……」


メルと本当の意味での最後のお別れ第481話をした時の事が、寂寥感では無く、懐かしさを伴って思い起こされた。


「白い光の中に消えて行きました」

「消えて行った……?」


モノマフ卿が、やや難しそうな顔になった。


「そういうお話ですと……申し訳ないのですが、“エレシュキガル”が本当に斃されたのかどうか、断定は出来ないのでは? 例えば転移能力等を使用して、のがれ去った可能性も……」

「モノマフ卿」


ユーリヤさんがたおやかな笑みを浮かべたまま、やんわりと言葉をかぶせてきた。


「事実として、タカシ殿は州都モエシアにて“エレシュキガル”を討滅した後、総督府の地下空間に捕らえられ、禁呪のにえにされようとしていた住民達1万人以上を、ヴォルコフ卿属州モエシア総督と一緒に救出しております」


モノマフ卿が目を見張った。


「1万人以上の住民達とヴォルコフ卿を?」


ユーリヤさんが、同意をうながすような視線を僕に向けて来た。

その視線を受ける形で僕はうなずいた。


「はい。州都モエシア郊外でゴルジェイさんとお会いした後……」


僕は州都モエシアに乗り込んだ時の状況について――もちろん、メルとのからみは改変して――簡単に説明した。

ユーリヤさんが、僕の説明を引き継ぐ形で口を開いた。


「つまり昨夜の時点で兇徒は駆逐され、州都モエシアは解放されたのです。ただ……」


ユーリヤさんが、モノマフ卿の反応を確かめる素振りを見せながら、言葉を続けた。


「卿もご存知だとは思いますが、ヴォルコフ卿は、どうも長い耳はお好きではないようですし……」


話しながらユーリヤさんが、自身のエルフ程では無いにせよ、それなりに長く伸びた耳に、そっと手を添えた。


「それに少々欲張りな方ですから……」


ユーリヤさんが語尾を濁すのと同時に、モノマフ卿の目がすっと細くなった。


「要するに、殿下の挙げられた大功を無視して、“エレシュキガル”を討滅し、州都モエシアを解放したのは、自分の力によるもの、と言い出しかねない?」

「私としては、州総督たる卿により、日頃の薫陶くんとう(※徳の力で教え導く事)を受けて来た属州リディアの臣民達が挙げた大功が、兇徒の虜囚になっていただけの者に、横からかすめ取られるのを黙って見ているのは……いかがなものかと考えただけです」

「なるほど……」


モノマフ卿が目を閉じて思案顔になった。

ユーリヤさんはそんな彼の様子を確認しつつ、さらに言葉を続けた。


「ですからここは出来るだけ早く、大々的に凱旋式と特赦を行い、賞罰を明らかにして、大功を挙げた者達の所在を広く世に知らしめるべき、と提案しているのです」


モノマフ卿はなおもしばらく何かを考える素振りを見せた後、目を開けた。


「分かりました。陛下よりお預かりしているこの属州の民達による功績が、正当に評価されるのを手助けするのは、州総督たる私の務めですからな。おっしゃる通り、州都リディアにて大々的に凱旋式を挙行出来るよう、ただちに準備を始めさせましょう。それと……」


モノマフ卿が、ユーリヤさんに探るような視線を向けて来た。


「特赦の……件ですが……」


ユーリヤさんが満面の笑みを浮かべた。


「もちろん、“対象者”の選定は、モノマフ卿に一任いたします。そうそう、実は私がこの地にりますのは、帝都に急遽向かう途上だったのです。ですから、こちらの状況が一段落つきましたら、予定通り、帝都に向かうつもりです。その際は当然ながら、卿が私に対し多大な便宜を図って下さった事も合わせて、陛下に言上ごんじょうさせて頂きますね」


モノマフ卿がニヤリと笑った。


「殿下とは、これからも親しくお付き合いさせて頂きたいものですな」



その後は和やかな雰囲気の下、いくつかの事項について取り決めが交わされた。

まず、モノマフ卿はこのまま予定通り、軍を率いてトゥマに向かう。

トゥマの有力者達の中には、モノマフ卿の意図を“誤解”している者もいるため、事前に彼等に対してモノマフ卿の名前で感状(※功績を称える書状)を発行する。

そこには、ユーリヤさんも添え書きを行う。

モノマフ卿がトゥマに到着次第、キリルの身柄は直ちにモノマフ卿へと引き渡される。

そして彼を特赦の対象とするよう記した書状を、ユーリヤさんが発行する。

凱旋式の正式な日取りは追って協議する……



二人の会談は結局、1時間程で終了した。

ちなみにオベロンは会談の間は姿を見せず、終わってから、どこからともなくふわふわ飛んで来た。


「なんじゃつまらん。結局、口先だけで解決してしまいおって」


オベロンの姿を初めて目にするモノマフ卿以下、彼の幕僚達がぎょっとしたような顔になった。

それに気付いたらしいオベロンが、いつもの口上で自己紹介を行い、ユーリヤさんが補足の説明を行った。


「オベロン殿は契約者でいらっしゃるタカシ殿と共に、“エレシュキガル”討滅において、大いなる力を発揮されたのです」


オベロンが得意げな顔になった。


「ふふん! 実の所、“エレシュキガル”にとどめを刺したのは、わらわが用意したことわりのち……モガフガ」


僕は余計な事を喋る気満々だったオベロンを空中で掴み取り、その口元を塞いだ。


「すみません。この精霊王、まだネルガルの言葉が上手く喋れないらしくて、たまに変な事を口走るのですが、気にしないで下さい」

「モガ……!」


僕の手の中でオベロンが暴れているが、ここは完全に無視だ。

モノマフ卿の幕僚の一人、あの魔導士然とした老人が感心したような表情になった。


「精霊と言えば、光の巫女を擁するアールヴの王族のみが振るう事が可能な、秘術の源泉とお聞きしております。その王たる者をこうして契約のもと、従えてらっしゃるとは……タカシ殿は帝国英雄イヴァン閣下に匹敵する程の存在でいらっしゃるのかもしれませぬな」

「モガフガモガ~~!」


オベロンが若干涙目で何か抗議しているようだけど、それもあえて無視。

老人の若干大仰おおぎょうな世辞の言葉はさておき……


メルに関しては、心の中で区切りをつけたつもりではあったけれど、“イヴァン”という単語は、いまだに僕の心を無遠慮にえぐってきた。

あの男が生きている限り、そして僕が今後もユーリヤさんを手助けし続ける限り、いつか必ず僕は、この世界であの男と“再会”するだろう。

その時、僕は……!


「タカシ殿……」


いつの間にか傍に近付いてきていたユーリヤさんが、僕の耳元でそっと囁いた。


「そろそろトゥマに戻りましょう」


彼女は柔らかく微笑んでいた。

彼女のその微笑みは、果たして僕の心の内を見透みすかしたものだったのか、或いは無関係なものだったのか。



初冬の太陽は、大きく西に傾いていた。

ともかく僕達はモノマフ卿に別れを告げ、【隠密】状態のクリスさんの転移能力でトゥマへと帰還した。


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