第496話 F級の僕は、オベロンの機嫌を取って協力させる


6月19日 金曜日11



転移して来てくれたクリスさん達に、僕とユーリヤさんで、改めて事情を説明した。

話を聞き終えたクリスさんが、ユーリヤさんに問い掛けた。


「なるほど。それで皇太女殿下は、実際、モノマフ卿に会ったら、朝話していた通りの内容第491話で交渉するって事だね?」


ユーリヤさんがうなずいた。


「モノマフ卿との交渉自体は、私が行いますので、クリスさんには転移での送迎のみお願いしたいのです」

「それなら……」


クリスさんが何かをじっと考え込む素振りを見せながら、僕の方をチラッと見た。

同時に、彼女からの念話――彼女の左耳にはまだ『二人の想い(左)』が装着されている――が、僕の右耳に装着されている『二人の想い(右)』を通じて、僕に届けられた。


『エレンは呼ばないのかい?』


一瞬、ピクっと眉がねてしまったけれど、僕は平静を装いつつ、そっと念話を返した。


『どうもこの国の人達は、特に魔族に対して、明確な敵意を持っているみたいなので……』

『そっか。まあ、もし彼女の協力が得られるのなら、いきなりモノマフ卿の目の前に転移する事も可能かな、と思ったんだけどね。僕だと、モノマフ卿本人が居る場所に、何も無しで精密に転移するのはさすがに難しいからさ』


奇しくもオベロンも、エレンの転移で、モノマフ卿のもとに直接乗り込めって話していたっけ?

まあ、あいつの場合は、その後、言う事聞かない奴は全員くびり殺して云々うんぬんなんて、非現実的な提案が続いていたけれど。


『もし仮に、モノマフ卿が居る場所に直接転移出来たとして、クリスさんには何か考えが有るんですか?』

『モノマフ卿は、皇太女殿下やトゥマの有力者達を難詰なんきつ(※手厳しく非難)するつもりで、軍勢を率いて接近してきている可能性があるんだろ? だったら、そういう相手に対しては、最初に力の差を見せつけておくことは、後の交渉がとてもやりやすくなると思っただけさ』

『まさか目の前に直接転移して、モノマフ卿を脅す……とかですか?』

『言い方はアレだけどね』


クリスさんがクスリと笑うのが見えた。


『まあ、そんな感じさ』


そう前置きして、クリスさんが、自分の考えを教えてくれた。


まず、モノマフ卿の目の前、或いはすぐ近くに転移する。

当然、驚いた衛兵達が、なんらかのアクションを起こすはずだから、それを“モノマフ卿の目の前”で、圧倒的な力で“制圧”する。


『まさか、殺すんですか?』


それだと、オベロンの考えと大して変わらなくなってしまう。


『ははは、命なんか奪ったら、皇太女殿下の評判に傷が付いてしまうじゃないか。ま、君の【影】を使って、周囲の衛兵達の武器や防具を一瞬で破壊するか、僕の魔法で昏倒させるか、とにかくこちらが圧倒的な強者である、と向こうに印象付ければいいのさ』


その上で“交渉”に臨めば、トゥマに押し寄せた万を超えるモンスターを殲滅した話や、州都モエシアに転移で乗り込んで、“エレシュキガル”を討滅した話が、俄然がぜん、真実味を帯びる事になる。

そして、たかだか3,000程度の軍勢では、ユーリヤさんと僕達をどうにも出来ない、と相手に理解させる事が出来る。


『だからエレンの協力を得る事が出来れば、話が早くなると思ったんだけどね』


なるほど。

それなら……

僕はモノマフ卿の居場所を正確に“視る”事が出来る知り合いが、今この部屋に居る事を思い出した。


『その……相手の正確な位置さえ分かれば、クリスさんもそこに転移するのって可能ですか?』

『それはもちろん可能だけど』

『それじゃあ……』


僕は部屋の隅に視線を向けた。

そこにはこちらに背を向け、座り込んで床にのの字を書いているオベロンの姿が有った。


「オベロン!」

「……」


返事が無い。

多分と言うか、確実にねている。


僕とクリスさんが念話を交わしている間、沈黙を守っていたユーリヤさんが声を掛けて来た。


「どうかしましたか?」

「あ、えっとですね……」


僕は言葉を返しかけて、クリスさんに念話を送った。


『クリスさんの今の考え、エレンのくだりを除いて、ユーリヤさんに話してもらってもいいですか?』

『つまり、そこでいじけている精霊王の協力を得られれば、僕にエレンの代わりが務まるって事かい?』


さすがはクリスさん、理解が早い。


『オベロンは、モノマフ卿の率いる軍勢の詳細を“視る”事が出来るみたいなんですよ。だから彼女がその情報をクリスさんに伝える事が出来れば、クリスさんもモノマフ卿が居る場所に直接転移出来るんじゃないかな、と』

『それは確かに試してみる価値はあるね。分かったよ。僕からユーリヤさんに説明してみるから、君は精霊王の方を宜しく』

『了解です』



クリスさんが、改めてユーリヤさんに自分の考えを説明し始めるのと同時に、僕はオベロンに近付いた。


「オベロン……」


オベロンはチラッと僕の方を見上げて来た後、これ見よがしにそっぽを向いた。

自称精霊王のくせに、まるで子供だ。


僕はオベロンのそばかがんで、優しく語り掛けてみた。


「せっかく、地球で高級ホテルの御馳走食い放題に連れて行ってやろうと思っていたのにな~」


オベロンが、がばっとこっちを向いた。


「お、おぬし……それは、まことか?」

「ああ。まあ、お前がほんのちょっと協力してくれたらって条件付きだけどな」

「……言うだけ言ってみるが良い」

「お前は、モノマフ卿が今居る場所を、詳細に“視る”事が出来るんだろ?」

「……当り前じゃ! なにせわらわは始原の精霊にして……」


その口上、若干食傷気味なんだよな……

と言うわけで、僕はオベロンの言葉に自分の言葉をかぶせた。


「その情報、クリスさんに伝える事、出来るか?」


オベロンが僕に試すような視線を向けて来た。


「……つまり、クリスにエレンの代わりをさせるのか?」

「そうだよ。それで、繰り返しになるけれど、出来る?」

「ふん! なんじゃおぬし、結局、わらわの妙案を採用する、という事じゃな?」


オベロンの“妙案”を採用するんじゃ無くて、モノマフ卿の目の前に転移するって箇所が、たまたまクリスさんの考えと一致しているだけ、なんだけど。

しかしそんな僕の心の内を知るよしも無いらしいオベロンは、勝手に勘違いしたらしく、分かり易く機嫌が回復していく。


「まあ仕方あるまい。おぬしもこうして反省して、わらわを地球で歓待したいと申しているのだから、今回は特別に協力してやろう」



ちょうど、クリスさんもユーリヤさんとの相談を終えた様子であった。

クリスさんの方にふわふわ飛んで行ったオベロンが、自分の右手を突き出し、手の平をクリスさんに向けた。

僕の目には何も見えなかったけれど、数秒後、クリスさんが感心したような雰囲気になった。


「さすがは精霊王だね。これならモノマフ卿の軍勢のどの位置にでも転移出来そうだよ」


すっかり調子を取り戻したらしいオベロンが、得意げな表情で腰に手を当て、無い胸を張った。


「ふふん! もっとわらわを褒めたたえるが良いぞ!」


僕はユーリヤさんに声を掛けた。


「それでは、皆で“押しかけ”ますか?」


ユーリヤさんがにっこり微笑んだ。


「そうしましょう」



相談の結果決まった、モノマフ卿のもとに転移するメンバーは、僕、ユーリヤさん、クリスさん、アリア、ターリ・ナハ、スサンナさん、そしてボリスさん、それからどうしても付いてきて僕を護ると言い張るララノアの8名。

万一、僕達の留守中にトゥマで火急の用件が生じた場合、いつでも連絡が取り合えるよう、ポメーラさんは、『二人の想い(左)』を装着してこの部屋に待機。

ターリ・ナハは便宜上、再び奴隷の首輪を装着し、クリスさんは、僕達の得体の知れなさをより一層演出できるから、との理由で、基本、【隠密第95話】状態で行動する事になった。


「それじゃあ転移するよ」


クリスさんの声と共に、視界が切り替わった。


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