第490話 F級の僕は、この国の人々が魔族に対して抱く感情を知る


6月19日 金曜日5



それから程なくして、僕等は朝食の席へと案内された。

若干硬めの黒パン、紅茶のような飲料、新鮮なフルーツや野菜が、テーブルの上に所狭ところせましと並べられていた。

それを目にしたオベロンが、とろけそうな表情になった。


「むふぅ……あいも変わらず、旨そうなモノを並べおって。シードルとやら、褒めて取らす!」


お前はどこの殿様だ!? というツッコミはさておき、ユーリヤさんと並んで腰かけて食事を始めた僕は、雑談ついでの感じで、その場の皆に話を振ってみた。


「ところで、この国では魔族ってどんな扱いになっていますか?」

「魔族? タカシ殿はまた、突然なぜそのような話を?」


僕の向かいに座るボリスさんが、僕に探るような視線を向けながら、問い掛けてきた。

僕はつとめて、なんでもない風を装いながら、言葉を返した。


「単なる好奇心です。ルーメルでは魔族に関して、割合無関心な方が多かったので」


少なくとも、ルーメルの住人であるアリアやマテオさんからは、魔族に対する強烈な敵意、或いは嫌悪感といった物を感じた事は無い。


「そうなのか。まあ、ルーメルの土地柄も関係しているのかもな」

「土地柄? ですか?」

「ああ」


ボリスさんが、黒パンを千切り、口に放り込みながら言葉を続けた。


「ルーメルを始めとした、自由都市連合は大戦時、それほど大きな戦禍をこうむらなかった。それに今も帝国と違い、人間ヒューマン以外の人モドキシュードヒューマン共も雑居しているだろ? ルーメルの住民達が魔族に無関心だとすれば、そういった土地柄に関係しているんじゃないかって話だ」

「言われてみればそうかもしれませんね」


適当に相槌あいづちを打ちはしたけれど、僕自身、“ルーメルの土地柄”について詳しいわけじゃない。

なにしろ、僕がルーメルと言うか、この世界と関わりを持つようになって、まだ1ヶ月ちょっとしか経ってはいない。


「まあそれはさておき、先程のタカシ殿の質問に対する答えだが……」


ボリスさんは、頬張っていた黒パンをゴクンと飲み込んでから、話を再開した。


「魔族はここ、帝国では明確な敵対種族として認識されている」

「敵対種族?」

「そうだ。ネルガル大陸は、500年前の大戦で、魔王にくみする魔族とダークエルフ、そして奴らに付き従うモンスター共にほぼ全域が蹂躙じゅうりんされた。街や村は次々と滅ぼされ、奴らに捕らえられた人間ヒューマンは奴隷兵として戦場に送り出され、人間ヒューマン同士で殺し合いをさせられた……」


夢も希望もついえ去ったかに見えた地獄の日々は、一人の英雄の登場によって終わりを迎える事になった。


ミハイル=ザハーリン


いまだ前半生が伝説のかすみ彼方かなたに隠されている彼は、生き残った人々を率いて、魔王軍に敢然と立ち向かった。

そして魔王が異世界の勇者により封印された後、弱体化した魔王軍の残党を打ち破り、ネルガルから彼等を完全に駆逐する事に成功した。

この大陸の人間ヒューマン社会を統一した彼は、帝国の初代皇帝に即位した……


「ダークエルフ共には奴隷として生きる道を残されたミハイル大帝陛下も、魔族共には容赦されなかった。徹底的な掃討作戦を行い、魔族共を、奴らが隠れ住んでいた集落共々、完全に壊滅なさったのだ。以来、魔族は帝国領内では族滅したものと見なされている。時折、魔族に関する風聞が流れる事が有るが、それらは全て、外部からの侵入者という事になる」

「そうだったんですね……」


少なくともボリスさんの口振りからは、魔族全体に対する明確な嫌悪けんおの感情が感じ取れた。

僕は隣に座るユーリヤさんに、チラッと視線を向けてみた。

彼女は僕とは逆側の、やはり隣に座るスサンナさんと談笑しながら朝食を楽しんでいる様子であった。

今の所、彼女が僕等の会話に関心を向けている雰囲気は感じられない。


仕方なく、僕はボリスさんに視線を戻した。


「例えばですけど……」


僕はボリスさんの反応を確かめつつ、言葉を投げかけてみた。


「友好的な魔族がいて、解放者リベルタティス達との戦いを手伝おうって申し出てくれたら、ボリスさんなら、どう対応しますか?」

「俺ならことわるな」

ことわる? もしその魔族が本当に友好的で、かつ優秀な能力を持っていたとしても、ですか?」

「そうだ」

「その魔族の話位は聞いてみるというのは……」

「タカシ殿」


ボリスさんが不愉快そうな表情を浮かべた。


「500年前、我等の側に立つ、或いは少なくとも我等に救いの手を差し伸べようとした魔族は、文字通り皆無だったと伝わっている。500年という歳月は、我等人間ヒューマンにとっては長いが、奴ら長命種にとっては、大した年数ではない。今も世界中に、大戦時の生き残り共が多数潜伏しているはずだ。奴らの中に、今更いまさら我等に手を貸そうなどという酔狂な者が出現するとは、到底考えられない」

「そうですか……」


僕はそっと周囲の人々の様子をうかがってみた。

僕等の話を聞くとは無しに聞いていそうな人達も、ボリスさんの発言にえて口を挟んでこない所を見ると、ボリスさんの言葉が、この場の人々の気持ちを代弁していると見て良さそうだ。


やはり、真正面からエレンをユーリヤさん達に紹介するのは、めておいた方がいいだろう。


…………

……


朝食を終え、部屋に戻って来た僕は、打ち合わせ通りクリスさんを裏路地まで迎えに行く前に、ユーリヤさん、そしてターリ・ナハに声を掛けた。


「ちょっと相談したい事が……」

「なんでしょう?」

「なんですか?」


ユーリヤさんと一緒に近付いて来たターリ・ナハの首元には、この国の法に従って、昨夜の内に『奴隷の首輪』が再装着されていた。


「ターリ・ナハについてなんですが……」


僕はおもむろに切り出してみた。


「彼女の首輪を外して、ルーメルに一度戻って貰ってもいいですか?」


ララノアと違って、彼女は元々が奴隷では無い。

州都モエシアが禁呪で破壊第306話されていなければ、彼女は今頃、ルーメルで元の職場――『暴れる巨人亭』――に復帰していたはずだ。


「あ、もちろん今後もターリ・ナハが望むのなら、そしてユーリヤさんも望むのなら、必要な時にこちらに転移してきて、一緒にユーリヤさんをお手伝いさせて頂くっていうのでどうでしょう?」


僕の視線を受けたターリ・ナハが微笑んだ。


「私の処遇に関しては、タカシさんに一任します」

「一任?」


彼女が悪戯いたずらっぽい表情になった。


「一応今の所、私の所有者はタカシさんって事になっていますから」

「いやそれは……」


所謂いわゆる方便ほうべんってやつだ。

この国では、奴隷の首輪をめず、奴隷登録もされていない獣人は、違法な存在とされているから、仕方なく……


「ふふふ、冗談ですよ」


そう口にしてから、ターリ・ナハは真剣な眼差しで、僕を真っすぐに見つめてきた。


「ですが、タカシさんに私の処遇を一任するというのは本心です」

「え?」

「私はあなたに何度も救われてきました。そして一生かかっても返せない程の恩も受けて来ました」

「そんなたいした事をした覚えは……それに僕は……」


……君の父親アク・イールを……


しかしターリ・ナハは僕の言葉を指でそっと制しながら言葉を返してきた。


「恩を受けたと感じる想いは、実際に恩を受けた者だけに許される特権です。それに、以前にもお話したはずです。あなたは私に対して、何も引け目を感じる必要は無い、と」


僕より年下のはずの彼女の姿が、まぶしく見えた。


「ですから私は自分の処遇は、あなたに一任するとお話したのです。今までもそうであったように、これからもあなたが望むままに力をお貸しする事、我が遠祖カルク・モレの名に懸けて、改めてここでお誓いします」


それまで黙って僕等の話に耳を傾けていたユーリヤさんが、苦笑しながら口を開いた。


「これは……思った以上にライバルが多そうですね」

「ライバル?」


ユーリヤさんの言うライバルって……皇弟ゴーリキー達って事だろうか?

でも、もしそうだとすれば、なぜ今、急にそんな話を……


首を傾げる僕を他所よそに、ターリ・ナハがユーリヤさんに言葉を返した。


「ご安心下さい。私はライバルにはなりませんので」


ん?

何の話だ?


「そうですか?」

「はい。ですが……」


ターリ・ナハが何故か僕の顔をチラッと見た後、言葉を続けた。


「ユーリヤ様の御懸念通り、ライバルは多いかもしれません」


ユーリヤさんの目がすっと細くなった。


「その話、とても興味が有ります。後でもっと詳しく教えてもらえますか?」

「ターリ・ナハ!」


なんだか妙な胸騒ぎを覚えた僕は、咄嗟とっさに彼女の名を呼んでいた。


「そろそろクリスさんを迎えに行くからさ。一緒について来てもらってもいいかな?」

「はい」



僕はターリ・ナハ、そして何故かいつもの三割増し位にまとわりついてくるララノアと三人で、クリスさんが転移して来る裏路地へと急いだ。





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