第489話 F級の僕は、クリスさんとユーリヤさんを引き合わせる算段を立てる



6月19日 金曜日4



【異世界転移】で僕(とオベロン)がシードルさんの屋敷の中、割り当てられた部屋の中に戻って来た瞬間、いち早く気付いたらしいユーリヤさんに声を掛けられた。


「おかえりなさい」

「あ、ユーリヤさん、おはようございます」


彼女を含めて、同室の皆は既に起床しており、着替え等も済ませている様子であった。

朝食まではまだ、1時間近く時間があるはず。

今の内に、ユーリヤさんとクリスさん、そしてアリアをいつどこで引き合わせるか、相談しておこう。

僕はユーリヤさんに改めて声を掛けた。


「ユーリヤさん、今、お時間大丈夫ですか?」

「もちろんですよ」


にこにこしながらそばにやって来たユーリヤさんに、僕はおもむろに切り出した。


「クリスさんの件なんですが……」


僕は自分なりに考えた、彼女達を引き合わせる手順について説明した。

まず、僕が念話でクリスさん達と連絡を取り、彼女だけ、昨晩僕等が分かれたあの裏路地まで転移してきてもらう。

その後、僕が彼女を迎えに行き、【隠密第96話】状態になった彼女を、僕がこの部屋まで案内する。

クリスさんは見知っている場所なら転移が可能になるので、ここに彼女を案内出来れば、改めてアリアを転移でここに連れてきてもらう。

この方法ならば、誰にも見咎みとがめられる事無く、アリアとクリスさんをユーリヤさんに引き合わせる事が出来るはず。


「……こんな感じでどうでしょうか?」


ユーリヤさんが笑顔でうなずいた。


「私の方はそれで大丈夫です。それと……」


ユーリヤさんが、少し真剣な表情になった。


「いくつかお願いしたい事があるのですが」

「なんでしょうか?」

「タカシさんのご友人方とお会いする時、スサンナやポメーラ、それにボリス達、私を支え、運命を共にする事を誓ってくれている者達も同席させてもらっても宜しいでしょうか?」

「それはもちろん、構わないですよ」


どのみち、ユーリヤさんに協力するという事は、彼女が信頼する側近達と一緒に行動する事を意味する。

ならば、まとめてお互いを紹介し合えれば、話はそれだけ早くなるだろう。


「あともう一点……」


ユーリヤさんが僕の反応を確かめるような素振りを見せながら、言葉を継いだ。


「事が成るまでの間、クリスさんの転移能力に関して、他の方に説明する必要が生じた場合、私に一任して頂けないでしょうか?」

「それはどういう意味でしょうか?」

「つまり、クリスさんが転移能力を持っているという事実を伝える相手を、私に選別させて欲しいのです」


なるほど。

恐らくユーリヤさんの心づもりでは、自分達が“転移”というカードを持っている事を、反ユーリヤ派皇弟ゴーリキー達側に知られたくない、と言う事だろう。

だから“転移”について説明する相手を、自分で慎重に見極めたいって事なのだろう。

まあ、彼女に協力する以上、彼女が不利になるような事をするつもりは無いし、それは僕の仲間達も同じ考えのはず。


「分かりました。一応、その辺の話は、クリスさんと会った時、直接彼女にも説明してあげて下さい」

「もちろんです」


ユーリヤさんと言葉を交わしながら、僕は気になる事に思い当たった。


「属州モエシアの総督、グレーブ卿はどうしましょう?」


彼が筋金入りの反ユーリヤ派である事は、僕自身が身を以って体験させられた。

そして同時に、彼はクリスさんの転移能力こそ知らないものの、ユーリヤさんの協力者である僕に、転移能力を持つ仲間エレンが居る事を知っている。


「グレーブ卿に関しては、そんなに問題にならないでしょう」


ユーリヤさんが不敵な笑みを浮かべた。


「彼とその取り巻きには、転移能力を持つ者はいないはずです。つまり私達は、彼が何か行動を起こしたとしても、その影響を受ける前に帝都に転移して、全てを終わらせる事が出来る……」

「何か考えがある、と言う事ですね?」


ユーリヤさんがうなずいた。


「具体的なお話は、実際、タカシさんのご友人方とお会いした時、ご説明しますね」



話が一段落した所で、僕は改めてアリアとクリスさんに連絡を取る為、右耳に『二人の想い(右)』を装着した。

ちなみにオベロンは僕達の会話に関心が無いのか、ふわふわ窓辺まで飛んで行って、そこからじっと外を眺めている。

僕はその様子をチラッと確認してから、念話で呼びかけてみた。


『アリア……』


待ち構えていたように、元気な念話が返って来た。


『タカシ! 今どこ?』

『今はトゥマの自分の部屋にいるよ。それで、クリスさんとちょっと相談したい事が有るからさ。近くに居たら代わってもらってもいいかな?』

『分かった。ちょっと待ってね……』


数秒後、アリアに代わって、クリスさんからの念話が届いた。


『おはよう。僕と相談したい事って?』

『おはようございます。実はですね……』


僕はユーリヤさんがクリスさん達と会いたがっている事、そして僕が皆を引き合わせるために考えた手順について説明した。

僕の話を聞き終えたクリスさんが、念話を返してきた。


『大筋で了解したよ。ところで、これは僕からの提案なんだけどね』

『なんでしょう?』

『エレンは紹介しないのかい?』

『エレンですか?』

『彼女は僕と違って、この世界のありとあらゆる場所に転移出来る。張られている結界次第だとは思うけれど、その気になれば、皇帝ロマン=ザハーリンが病にせっているという帝城のど真ん中にだって、直接転移出来るかもしれない。それに彼女の持つ精霊と交信する力は、僕等が何か行動を起こす上で、非常に大きな助けになるはずだよ』


それは確かにその通りなんだけど……

僕は言葉を選びながら、念話を返した。


『その……人間ヒューマン至上主義のこの国で、エレン外見が魔族をユーリヤさんに引き合わせるのは……』


そう。

もし万一、ユーリヤさんに魔族が味方している、と“誤認”されれば、それは彼女の立場を一層不利にする第461話に違いない。

ところが、クリスさんから意外な念話が返ってきた。


『おや? じゃあ、僕はどうなるんだい? 僕なんて、人間ヒューマンじゃないどころか、種族不明第122話だよ?』

『それは……』


クリスさんは魔族ではない(それどころか、メルが話してくれた内容第467話が真実であれば、クリスさんはこの世界イスディフイの生まれですらない)し、接する人物の意識から、自身に関する認識を速やかに消去する特殊な加護第96話が掛かった装備も持っているし……


『ごめんよ。別に君を責めている訳じゃ無いんだ。君の言う事も確かに一理ある。だけど、皇太女ユーリヤは、そんな帝国の因習人間至上主義を打ち破るって君に告げたんだよね?』


僕は、彼女がかつて自身の目指す理想第307話について語っていた事を思い出した。


『君とエレンはパスで繋がっているし、今みたいに『二人の想い』のような魔道具を使わなくても、念話で連絡を取り合える。それに僕の見立てでは、彼女は君の事を……おおっと、あんまりこの話に踏み込むと、後でアリアにうらまれそうだからこの辺にしておくけれど、とにかくこの件に関して、彼女にも協力をあおぐのは、非常に有益だと思うんだけど、どうかな?』


言われてみれば、エレンの協力が有る無しでは、これから僕等が直面して乗り越えなければいけないであろう障害の難易度が、大きく違ってくるのは確かだ。

それに、先程のユーリヤさんの口振りでは、彼女は自分の地位をめぐる問題に、そんなに時間をかけるつもりはなさそうだった。

エレンは精霊の力を使用すれば、外見をコントロール出来るみたいだし、短期決戦という事になれば、そもそも、エレンの容姿魔族の外見が問題視される前に、決着がついているかもしれない。


あとは、ユーリヤさん達が、エレンを受け入れてくれるかどうか、だ。

アールヴ神樹王国で、僕は魔族に対する強い敵意に直面した。


ノエミちゃんを護る側にあったはずのエルザさんは、ノエミちゃんにエレン外見が魔族が協力しているという話をあんに知った時、こう話していた第236話



―――創世神イシュタル様に背を向け、闇にひそむ魔族と、私達光の種族とは、決してまじわる事は出来ません



そしてノエル様もまた、魔族の中から魔王が誕生したのは必然だった、という話の中で、こう語っていた第243話



―――魔族とは、創世神イシュタル様に背を向け、闇にひそむ種族。光の恩恵を受ける私達エルフを始めとした、他の全ての種族にとって、元々仇敵きゅうてきというべき存在なのです。



やはりここは、エレンを実際、ユーリヤさん達に紹介するかどうかを判断する前に、彼女と側近達が魔族に対してどんな想いを持っているかを、先に確認しておくべきだろう。


『お話は分かりました。エレンに関しては、僕に任せてもらってもいいですか?』

『もちろん、彼女に関しては君に任せるよ。それで、僕は具体的にいつそっちに転移すればいいかな?』



それからユーリヤさんもまじえて相談した結果、朝食後、午前9時過ぎから、僕の部屋で皆を引き合わせる事になった。


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