第465話 F級の僕は、ついにメルと“再会”する


6月18日 木曜日16



執務室の扉の取っ手に手を掛けた瞬間、周囲の情景が切り替わった。

薄暗い中、大勢の人々が何かを詠唱する声が、どこからともなく、地鳴りのように伝わって来る。

前方、数m先には、高さ2m程の細長い水晶を思わせる無色半透明の結晶体が、地面からわずかに浮遊して直立しているのが見えた。

その結晶体は一つだけではなかった。

僕から見えるだけでも、“四つの”結晶体が、丁度正五角形の位置に等間隔に並んでいた。

地面をよく観察してみると、それらの結晶体に対応するかのような、複雑な幾何学模様が描かれているのが見て取れた。


その時になって僕は、視線以外は一切動かせない状況になっている事に気が付いた。

そして自分自身が、その正五角形を形作かたちづくる頂点の位置の一つに居る事にも気が付いた。


まさか僕自身が“五つ目の”結晶体の中に封じ込められている!?


視界の中、何者かがゆっくりと近付いて来るのが見えた。

僕と目が合ったその人物が微笑んだ。


「タカシさん、ようこそ、真の創世神様再臨の地へ」



―――メルアルラトゥ



しかし何故なぜかその言葉は声にならなかった。

メルアルラトゥが微笑みを浮かべたまま、言葉を続けた。


「再臨の儀が終わるまでは、タカシさんの声とスキル、それにその行動全てを縛らせてもらったわ。そうしないと、儀式が失敗する可能性が残ってしまうから」


つまり、彼女がエレシュキガルから与えられたと語っていた“未来視の能力”がそう告げた、という事だろう。


彼女の右手に、一振りの刀が握られているのが見えた。



―――無銘刀!?



ついさっきまで、あの刀はターリ・ナハが手にしていた。

なぜその刀をメルアルラトゥが手にしている?

僕と一緒にここへ転移させられたであろうターリ・ナハはどうなった?


僕の視線に気付いたらしいメルアルラトゥが、無銘刀を自身の目の高さで水平にかざした。

彼女はそこに刻まれた刃文はもんを確かめる素振りを見せながら、言葉を続けた。


「あの獣人の少女なら、タカシさんと同じく、儀式に協力してもらうため、あそこに……」


彼女が無銘刀で指し示す方向に視線を向けると、そこには正五角形の頂点に配された、あの正体不明の結晶体の一つが浮遊していた。

目を凝らしてみると、内部に人影のような物が見える。

まさか……



―――僕と同じく、結晶体の中に封じ込められている?



「だけど安心して。全てが終われば、ちゃんと解放してあげるから」


解放……

僕はここに来る事になった最初のきっかけを思い出した。

トゥマの街で僕等と合流する事になっていたアリアとクリスさん。

二人は、まさに合流予定日――そして万に迫るモンスターの大群がトゥマへ押し寄せた日――に行方不明となった。

メルアルラトゥの言葉が正しければ、二人もまた、この地で拘束第402話されているはず!

僕の心の中の声が通じたわけではないだろうけれど、メルアルラトゥが、別の結晶体を無銘刀で指し示した。


「そうそう、ペルトゥル第120話……今はクリスと名乗っていたあの“しろ”なら、あそこに居るわ」


目を凝らしてみると、やはりその結晶体の内部にも人影らしき物が見える。


「それと、“しろ”と一緒に捕らえたアリアという名の人間ヒューマンは、あなたと念話で通ずる魔道具二人の想いを“提供”してもらった後、ルーメルに送り届けたわ」


彼女の言葉が正しければ、アリアだけはこの“エレシュキガル再臨の儀”に巻き込まれずに済んでいる、という事だろうか?

それにしても、メルアルラトゥが口にした“しろ”という言葉の意味は?

文脈からすれば、クリスペルトゥル?さんを指す言葉として使っているように感じられるけれど……


『タカシ!』


ふいにエレンから念話で呼びかけられた。

メルアルラトゥは僕のスキルや行動全てを縛った封印した?、と語っていたけれど、どうやらエレンとの念話までは縛れなかったらしい。


『今の状況を教えて!』


僕は説明しようとして……


唐突に違和感を覚えた。


僕は改めてメルアルラトゥに視線を向けてみた。

無銘刀を手にした彼女は、先程までと同じく、微笑みを浮かべたまま僕のすぐ傍にたたずんでいた。

その瞳には、まるで何かを期待するかのような色が……


『タカシ! “エレシュキガル”と接触したのでしょ?』


メルアルラトゥは、僕がエレンと念話で通じ合える事を知っている。

しかも彼女は、僕とエレンとの間で交わされた念話の内容まで把握第417話する事が出来ていた。

……メルアルラトゥは、僕とエレンが念話を交わす事を、むしろ望んでいる!?


『もしかして今、極めて深刻な状況下に置かれている?』


僕からの明確な返答が無い事に、エレンが明らかな焦りを感じている事が、彼女と繋がるパスを通じて僕に伝わってきた。

もしここで僕が正直に状況を説明したら……


僕は整然と正五角形に配置されている結晶体に視線を向けた。

僕の視界にとらえる事の出来る四つの結晶体の内、二つには、メルアルラトゥの言葉通りであるならば、それぞれターリ・ナハとクリスさんが封じ込められているはず。

では残りの二つの結晶体は?

もしかして、残りの二つの結晶体も、誰かを封じ込めるために用意されているのでは?


メルアルラトゥは、今から“エレシュキガル再臨の儀”が始まると告げていた。

かつて“魔王”エレシュキガルの実体を斬った無銘刀を、何故なぜか今はメルアルラトゥが手にしている。

無銘刀のかつての使い手であった獣人族の英雄カルク・モレの直系の子孫であるターリ・ナハは、結晶体に封じ込められている。

500年前、この世界に再臨を図った魔王エレシュキガルを封印した僕もまた、結晶体に封じ込められている。

しろ”と呼ばれ、同じく結晶体に封じ込められているクリスさんとエレシュキガルとの関係性は不明だけど、この流れで行けば、残りの二つの結晶体に封じ込められるべき二人の人物とは……!


エレンから切迫した雰囲気の念話が届けられた。


『今から光の巫女と共にそこに行く。あなたを必ず助け出す!』

『エレン、ダメだ!』


僕の想像通りであれば、“主賓しゅひん”のエレンと、光の巫女であるノエミちゃんがここにやって来る事こそが、メルアルラトゥが口にする“エレシュキガル再臨の儀”開始の引き金を引いてしまうはず!


心の中に思い浮かべてしまった僕のその考えが、エレンに伝わってしまうのが感じられた。


『大丈夫。私と光の巫女が、“エレシュキガル”の野望を必ず阻止して見せる』

『ここに来ちゃダメだ。それこそメルアルラトゥ思惑おもわく通り……』


僕の念話が終わらない内に、薄暗かった周囲の空間を、ふいに膨大な量の光の奔流ほんりゅうが薙ぎ払った。

煌々こうこうと周囲を照らし出すその光は、僕が視線を動かせる範囲内だけではあるけれど、とにかく今居る場所の詳細を、ある程度把握する事を可能にしてくれた。

燦然さんぜんと輝く光に照らし出されてなお、見通せない程深い奥行き。

天井までの高さは10m程であろうか。

とにかく磨き上げられた大理石のような素材で構成された、人工的な大広間。

先程まではその姿を確認出来なかった、大勢の黒衣の詠唱者達。


「タカシ!」

「タカシ様!」


輝く光の中から、僕の良く知る、そして若干懐かしくも感じる二人の人物が飛び出してきた。



―――エレン! ノエミちゃん!



しかし僕の言葉はやはり声にはならない。

こちらに駆け寄って来る二人に、闇より黒い何かが襲い掛かるのが見えた。

一度、二度、三度……

数度にわたり襲い掛かる黒い何かは、しかし二人を包み込む、不可思議なオーラのような輝きに触れた瞬間、全て霧散していく。

いつの間にか、僕の傍からメルアルラトゥの姿が消えていた。

そして駆け寄って来た二人が、僕を封じ込める結晶体に手を触れようとした瞬間……!



意識が暗転した。




―――※―――※―――※―――



次回、ついにアルラトゥ編終幕!

と言いつつ、いつもの如く、ダラダラ2~3話費やす事になる可能性も……


ゴホン



さて、ここで急な告知でございますが、数日更新不能になる予定でございます。

実は明日、4回目のコロナワクチン接種を予定しておりまして……

1回目はともかく、2回目と3回目は接種後、数日にわたり高熱にうなされ七転八倒いたしました(関心のある方は、拙著【ワクチンを打つ。そして七転八倒する。】をご覧下さい)。


恐らく今回もそうなる事が予想されますので、更新とどこおっている時は、そういう事なんだ、とご理解頂けますと幸いです。


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