第466話 F級の僕は、メルの歩んできた道を知る


6月18日 木曜日17



......

…………

ゆっくりと意識が覚醒していく。

薄暗い中、大勢の人々が何かを詠唱する声が、どこからともなく、地鳴りのように伝わって来る。

地面に描かれた精緻な幾何学模様と、数m程の間隔を置いて正五角形に配置された、高さ2m位の直立した半透明の結晶体……

まだぼんやりとしたままその様子を眺めていると、ふいに声を掛けられた。


「気が付いたのね」


今の僕が唯一動かせる視線の先、僕のすぐかたわらで、無銘刀を右手にたずさえ、微笑みを浮かべたメルアルラトゥたたずんでいた。

彼女の姿を目にして、今度こそ意識がはっきりと覚醒した。


そうだ!

エレンとノエミちゃんは!?


先程、久し振りに耳にした二人の声が脳裏によみがえる。

メルアルラトゥが浮遊する結晶体を指差した。


「二人とも無事所定の場所に収まってもらったわ」


所定の場所?


「実はエレシュキガル様再臨の儀で、一番の難関が、どうやって二人を封晶結晶体?に封じ込めるか、だったの。私の能力未来視もってしても、成功するかどうかは一種の賭けのような状態だった。だけど……」


メルアルラトゥが指差す先、浮遊する四つの結晶体全ての内部に人影のような物が見えた。


「タカシさんが“協力”してくれたお陰で全て上手くいったわ」


彼女が口にする“協力”という言葉。

僕自身に全くそのつもりは無かったけれど、僕の“選択”の積み重ねが、結局のところ、メルアルラトゥしてしまった、という事だろう。


「これで全てのピースは揃ったわ」


彼女は、興奮を抑えきれないといった感じで、そう口にした。


「後は始めるだけ。だけど……」


少しの間考える素振りを見せた後、彼女は言葉を続けた。


「このまま始めてしまえば、きっとあなたは、私を完全には理解してくれないままになってしまう。だからやっぱり、これはあなたに話しておかないと……」


そう前置きしてから、彼女はやおら語り始めた。


僕がメルの前から姿を消した後、ルキドゥスはメル以外の全ての人々が殺戮され、大樹も完全に破壊されてしまった事。

彼女は唯一の生き残り、そして精霊の力を使用出来る(かもしれない)面白いダークエルフの奴隷として、戦利品代わりに中部辺境軍事管区へと連れていかれた事。


「中部辺境軍事管区に凱旋した後、当然、イヴァンは“新しいおもちゃメル”の性能を確かめようとしたわ」


イヴァンは『封印の首輪』を外し、精霊の力を使用するよう、メルに要求した。

メルは、自分にはそんな力は無く、そもそもそんな力を使った覚えも無い、と言い張った。

いくら強要されても、そして拷問まがいの仕打ちを受けても、決して精霊の力を使おうとしないメルの姿を見て、イヴァンは次第に彼女に対する興味を失っていった。


「どうして私が精霊の力を使わなかったのか……分かる?」


声を発して答える事が出来ないと分かっているはずの僕に、あえてそう問いかけてきた後、彼女は言葉を続けた。


「私はイヴァンの為はもちろん、自分の為、自分がイヴァンのもとから逃げる為にさえ、精霊の力を使用しなかった……」


メルアルラトゥの瞳に、凄まじいまでの寂しさがともるのが見えた。


「それは私が精霊の力を憎んだから。精霊の力は、両親を早くに亡くした私の親代わりだった舞女みこ様の命を救う事は出来なかった。ルキドゥスの皆を護る事も出来なかった。それどころか……」


メルアルラトゥの表情が歪んだ。


「私が始祖ポポロと同じく、精霊の力を使えると知った皆に、過剰な期待を抱かせてしまった。だけど私は皆の期待に応える事は出来なかった。タカシさんが……」


メルアルラトゥは、溢れ出る何かをせき止めるかのように目を閉じた。


「せっかくタカシさんが、イヴァンを殺し、皆を救う方策を提案してくれたのに、愚かで幼かった私は、それを受け入れる事が出来なかった。敵も味方も、誰も命を失わずに済ませる方法があるはずだと信じて……そんなものは、結局幻想に過ぎないと気付くのが遅すぎた……」


再び目を開いた彼女の瞳から、先程までともっていた寂しさは消えていた。


「私に対する興味を失ったイヴァンは、属州モエシアの総督、グレーブ=ヴォルコフに、私を他の奴隷達と一緒に、友好のあかしとして贈呈した」


メルにとっては、それからが真の地獄の始まりであった。

“アルラトゥ”という名が何を意味するかを知る者達は、ルキドゥスの滅亡と共に、この世界からは完全に消え去っていた。

だから元々魔力を持たず、魔法も使えず、そして精霊の力にも背を向けた彼女は、奴隷達の中でも、最底辺――役立たずのゴミ扱い――に堕とされた。

“同僚”であるはずの奴隷達からも凄まじいいじめを受け、自分の運命を呪う日々。

そんな彼女の唯一の心の拠り所は、あの時第442話……燃え上がる大樹を目にして、ほとんど壊れかかっていた自分の心を一生懸命かき集め、ただ抱きしめてくれた異邦人のあの言葉……



―――僕を恨んでくれてもいい、憎んでくれてもいい。だけど……だけど、今から君が歩む道がどんなに苦しくて悲惨でも、あきらめて自ら命を絶ったりはしないで欲しい。何年かかっても、何十年かかっても、何百年かかっても、僕は必ず君を見つけ出す。そして今度こそ必ず君を助け出して、守り抜いて見せる。だから……それまでは……



メルはその言葉だけを信じて……信じ抜いて……


数カ月前、突然、転機が訪れた。

いつものように、完遂不可能な命令を押し付けられ、

いつものように同僚達のストレス解消の対象にされ、

しかしいつも以上に苛めがエスカレートして、

そしてとうとう命の危機を感じた瞬間……



―――あなたにチャンスを与えましょう。その代わり……



“声”が聞こえた。



―――その代わり、私が世界を取り戻すのを手伝いなさい。



こうしてメルは、“再び”アルラトゥになった。

彼女は、自身に新たに与えられた力を使って奴隷の身分を抜け出した。

そして解放者リデルタティス達と接触し、彼等の新しい指導者になった……


僕の心の中を、名状しがたい感情が埋め尽くしていく。


彼女は僕だ。

魔力を持たず、魔法も使えず、突然押し付けられた最底辺のステータスを抱えて、最低ランクの魔石欲しさに地面を這いつくばっていた、かつての僕だ。

僕と彼女に違いがあるとすれば、それは……懊悩おうのうを強いられた期間。

僕は“たった”半年で、この世界の強者になれる“力”を与えられた。

だけどメルは……

彼女は20年もの間……

本当に“再会”出来るか分からない僕なんかの言葉を、ひたすら信じ続けて……


「だから言った第417話でしょ?」


メルアルラトゥが微笑みを浮かべながらささやいた。


「私は未来永劫あなたと戦うつもりはないって。そもそも私達が戦わなければいけない理由なんて、最初から何一つ存在すらしないとも言い切れるって」


その言葉の持つ意味を、今なら本当の意味で理解出来る。

だけど、だからこそ……

僕は彼女を止めなければいけない。

いや、僕こそが彼女を止める責務を負っている。

例え彼女と戦う事になったとしても!


しかし僕の焦りとは裏腹に、いまだに視線以外は動かせそうにない。

そうだ!

スキルは……


いや、恐らく試すだけ無駄だろう。

メルアルラトゥが始めようとしている“エレシュキガル再臨の儀”。

彼女は相当な覚悟を持って、これに当たろうとしている。

そんな彼女が僕の行動、スキル全てを縛ったと宣言していた。

ならば彼女の言葉通り、僕のスキルはちょうどあの世界でそうであったように、全て使用不能になっているはずだ。

結局のところ、僕は“また”、避けられない運命の傍観者にされてしまうのだろうか。


彼女は僕の傍を離れ、二三歩歩いたところで思い直したように立ち止まった。

こちらを振り返った彼女の表情は、とても楽しげだった。


「そうそう、せっかくだから、どうやってエレシュキガル様を再臨させるか、それも説明しておくわ」




―――※―――※―――※―――



ワクチン接種無事終わりまして、なんだかんだでこちらも書き上げましたので、副反応で身動き取れなくなる前に投稿しておきます。

次回は恐らく、1週間以内には更新出来るかと。



次回更新分で、メルが色々説明して、主人公がもがいて、そしていよいよ“キーパーソン”の再登場となる予定でございます。

“キーパーソン”が誰かって?

それはほら、数十話程前に……



ゴホン



とりあえず、“キーパーソン”の取る“ある行動”が、その“キーパーソン”の本来の目的を暗示する内容となる予定、つまり伏線となる予定です。

そして当然ながら、その伏線回収は、100話以上先になる……かもしれません。



ではでは皆様、今後もゆるりと読み進めて頂ければ、作者望外の喜びにございます。


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