第464話 F級の僕は、扉の取っ手に手を掛ける


6月18日 木曜日15



揺らめきと共に執務室の扉の前に現れたのはアルラトゥだった。

僕はヴェノムの小剣(風)を右手に構えながら彼女に視線を向け……奇妙な事に気が付いた。

彼女の背後に隠されているはずの扉がけて見えているのだ。


ジャンナが声を上げた。


「皆さん、あれは実体を伴わない幻影です!」


幻影のアルラトゥが口を開いた。


「お前達が慎重すぎるので、こうして迎えに来てやったぞ」

「迎えに?」


ユーリヤさんが、険しい表情でアルラトゥに言葉を投げかけた。


「一体、私達をいずこにいざなおうというのですか?」

「もちろん、慶祝すべき式典会場へ、だ。だが勘違いするな。私が迎えに来たのはお前達全員では無く、そこにいる勇者と……」


話しながら、アルラトゥは何故なぜかターリ・ナハに視線を移した。


「カルク・モレの子だけだ」


カルク・モレ。

ターリ・ナハの遠祖第157話で、かつて無銘刀で“魔王”エレシュキガルの実体を破壊第452話した獣人族の英雄の名。


アルラトゥの視線を受けたターリ・ナハが、手の中の無銘刀を構え直すのが見えた。


「一体何を企んでいるのですか?」


ユーリヤさんの鋭い口調の問い掛けに、アルラトゥがくくっと笑った。


「だから話したであろう? 慶祝すべき式典会場へ、勇者とカルク・モレの子を招待している、と」


彼女のその言葉を聞いた僕は、猛烈な違和感に襲われた。


20年前の“ルキドゥスの滅亡”を体験させられた勇者はともかく、アルラトゥメルはなぜ、ターリ・ナハカルク・モレの子をも“招待”しようとしている?


アルラトゥが言葉を続けた。


「安心しろ。今の所、お前達の命を奪おうとは考えていない。お前達の誰か一人が扉の取っ手に触れれば、勇者とカルク=モレの子は式典会場私が居る場所へ、それ以外の者達はモドキ姫の部屋シードルの屋敷へ、とそれぞれ転移するだけだ」

「そんな言葉を信じられるとでも!?」


同行者の一人が声を上げた。


「俺達をそれぞれ別の場所に転移させた後、始末するつもりだろう?」


アルラトゥの口元が歪んだ。


「もし私がお前達の命を奪いたいのなら、何故なぜそんな手の込んだ事をする必要がある? 私はお前達では解析不可能だった転移門を作り出し、お前達では解除不能な魔法結界を設置する事が出来る。加えてこの街には数百を超える我等の仲間と、無限にモンスターを召喚する事が可能な召喚門も準備してある。その状況下でお前達がいまだに傷一つ負わずにこの場に立っている事実こそ、私の言葉が真であると証明しているようなものではないか?」


アルラトゥは再び僕に視線を向けて来た。


「いずれにせよ、急いだほうが良いぞ? 間も無く、真なる創世神エレシュキガル様復活を祝する式典が始まる」

「エレシュキガル復活!?」


僕は思わず大きな声を上げてしまった。


「アルラトゥ! いや、メル! 君は……」


僕の言葉にかぶせるように、心の中に念話が届けられた。


『タカシ!』

『エレン? ごめんちょっと待って』


今はまず、アルラトゥメルの言葉の真意を確かめないと。


アルラトゥがニヤリと笑った。


「せっかくの“主賓しゅひん”からの念話だ。きちんと応対してやるべきだと思うぞ?」

「!」


僕の心臓が跳ね上がった。

彼女が口にした“主賓しゅひん”という言葉がエレンを指すのなら、彼女は今、エレンが僕に念話で呼びかけている事に気付いている!?

いやその前に、僕の推測が正しければ、彼女は何故なぜ、エレンの事を“主賓しゅひん”と呼んだ?


アルラトゥメルが間も無く始まると告げたエレシュキガル復活の“式典”。

その“式典”に“招待”されている、かつて魔王エレシュキガルを封印した異世界の勇者である僕と、“魔王”エレシュキガルを斬ったカルク=モレの子孫であるターリ・ナハ。

主賓しゅひん”と表現されるエレン。


混乱する中、アルラトゥが口を開いた。


「とにかく、間も無く新しい世界への扉が開かれる」


彼女の表情が急にやわらいだ。

初めてそこに、かつてのメルの面影おもかげがはっきりと宿るのが見えた。


「タカシさん、あなたなら、私が今からしようとしている事を、最後にはきっと理解してくれると信じている」

「メル! 待って」


僕は懐から『追想の琥珀』を取り出そうとした。


舞女みこ様から君宛てに……」


しかし僕の言葉と行動が終わるのを待つ事無く、アルラトゥメルの幻影は虚空へと溶けるように消えて行った。


呆然とたたずむ僕の心の中に、再度エレンからの念話が届けられた。


『タカシ! 今、“エレシュキガル”と接触していたの?』


彼女らしくない、余り余裕の無さそうな口調。


『彼女はもしかして、魔王エレシュキガルの封印を解こうとしている?』


念話を返そうとした矢先、ユーリヤさんが声を上げるのが聞こえた。


「アルラトゥが今私達に告げてきた内容が真実であるならば……」


ユーリヤさんの表情はかつてない程に険しかった。


「彼女は魔王エレシュキガルの復活を画策している、と言う事になります」


同行者達の緊張感が一挙に高まるのが感じられた。


「これは帝国のみならず、私達の世界全体にとって重大な危機と言えます」


ユーリヤさんはそこで言葉を区切り、少しの間目を閉じた後、再び目を開いた。


「残念ですがここは一度引いて、城外に布陣するゴルジェイ大尉達に協力を求め……」

「待って下さい!」


僕はユーリヤさんの言葉をさえぎった。


「タカシさん?」


怪訝そうな表情のユーリヤさんを視界にとらえながら、僕は一度大きく深呼吸をした。


「ここは僕と……」


ターリ・ナハに視線を向けながら、僕は言葉を継いだ。


「ターリ・ナハに任せてもらえないですか?」

「タカシさん! それは!」

「聞いて下さい」


僕はユーリヤさんの言葉を制しながら、話を続けた。


「現実問題、アルラトゥの告げてきた以外の手段で城外に退避するには、街の中心部と外縁部とを隔てる結界を突破する必要が有ります。入る時は都合よく結界に穴第458話が開きましたが、出る時にも開くという保証は有りません。それに……」


僕はユーリヤさんを見つめた。


「恐らく僕以外では、彼女を止める事は不可能だと思います」


それは同時に、あの世界でメルを必ず守ると誓い、 “アルラトゥ”から『追想の琥珀』を託された僕自身に課せられた責務でもあるはずだ。

ユーリヤさんの瞳の中に、動揺の色が浮かぶのが見えた。


「ですがそれは……あまりに危険です。あなたに万一のことが有れば私は!」


声が大きくなりかけたところで、ユーリヤさんは言葉を切った。

彼女は僕以外の同行者達に確かめるような視線を向けた後、再び口を開いた。


「分かりました。ここはタカシさんとターリ・ナハにお任せしましょう」


彼女は数m先の執務室の扉を指差した。


「あの扉の取っ手に触れれば、アルラトゥの言葉通りなら、タカシさんとターリ・ナハはアルラトゥのもとへ、私達はトゥマの私の部屋へとそれぞれ転移させられるはずです。トゥマに戻された場合、私は必ず、出来るだけ急いでもう一度州都モエシアまで戻ってきます。ですからタカシさんは……」


彼女がそっと身を寄せて来た。


「お願いですから、どうか無理だけはしないで下さい」


僕は彼女の耳元でささやいた。


「必ず彼女に、『追想の琥珀』に秘められた代々の舞女みこ達の想いを伝えて来ます」


そして改めてターリ・ナハに問い掛けた。


「僕はアルラトゥの“招待”を受けようと思う。君もついて来てくれるかな?」


ターリ・ナハが微笑んだ。


「その質問は無意味ですよ。アルラトゥの野望を打ち砕き、アリアさんとクリスさんを救出するために私はここに居るのですから」



僕とターリ・ナハは、執務室の扉の前に立った。

背後から注がれるユーリヤさんはじめ、ここまで行動を共にしてきた同行者達の視線を痛い程感じながら、僕は扉の取っ手に手を掛けた。




―――※―――※―――※―――



次回、いよいよアルラトゥと邂逅かいこう

かなしき結末に向けて一気に突っ走る予定……でございます。

(更新速度が一気に上がる、とは書いていないので悪しからず)


ゴホン


ではでは、ゆるりと更新をお待ち下さい。


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