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第463話 F級の僕は、執務室の扉の前で立ち往生する
第463話 F級の僕は、執務室の扉の前で立ち往生する
6月18日 木曜日14
「あの扉の向こうに“エレシュキガル”がいるかもしれないんだよな? ならあの扉、魔法か何かで
なかなか奇抜な――少なくとも僕的には――提案を口にしたイサークを、同じ【白銀の群狼】の女冒険者が呆れたような口調でたしなめた。
「イサーク! そんな事をしたら大変なことになるわよ?」
「大変って何だよ。
「総督の執務室よ? この前の衛兵の詰め所の時みたいに弁償させられる事になったら、一体、いくらかかると思っているの? まだギルドハウス購入した時の支払いだって残っているのに……」
……女冒険者の突っ込みどころはともかく、“衛兵の詰め所の時”って何があったんだろう?
「試してみても良いかもしれませんね」
女冒険者がジャンナを軽く
「後で問題になったらどうするの?」
「どのみち街がこんな状況ですし、
ジャンナがララノアに声を掛けた。
「扉の向こうは感知出来る?」
「は……はい……執務室の中……誰も……」
「同じね。ここから先、部屋の中も含めて、あなたが言う“取っ手の
「わ……私も……」
ララノアの返事を確認したジャンナが、ユーリヤさんに顔を向けた。
「お聞きの通り、少なくとも執務室内には“エレシュキガル”はいないと思われます。しかし
ユーリヤさんは少し考える素振りを見せた後、口を開いた。
「そうね。“エレシュキガル”本人はいなくても、メッセージ、或いは痕跡みたいなのが残されている可能性は考えられるわ。扉には防御系の魔法結界は、張られてはいないのよね?」
ジャンナとララノアが
「それじゃあ
あの扉の取っ手に仕掛けられている“
ならばもしかすると、この場面、扉の破壊こそ、彼女に会う近道なのかもしれない。
ユーリヤさんの指示で、ジャンナやララノア達、攻撃魔法が使える同行者達が詠唱を開始した。
やがて入念に練られた魔力の奔流が、彼女達が展開する魔法陣から執務室の扉に向けて放たれた。
しかし……
確実に扉を破壊するであろうその奔流が扉に届く直前、扉の前に、前触れ無く大きな魔法陣が出現した。
同行者達が放った魔力の奔流は、その魔法陣に
そしてその魔法陣も、直後には溶けるように消え去った。
「今のは!?」
ユーリヤさんの鋭い問い掛けに、ジャンナが戸惑いながら言葉を返してきた。
「魔法結界で防御されてしまったようです。しかし……」
ジャンナが同じく今の攻撃に参加した同行者達に視線を向けながら言葉を続けた。
「今の魔法結界、前兆も術者の気配も無いまま発動したように感じられます」
他の同行者達も口々に話し始めた。
「実はあの扉の向こうに、ジャンナ達でも気付かないような巧妙な手段を使って、凄い術者が身を隠している、とか?」
「扉そのものに、攻撃を受けた時のみ防御の魔法結界が発動する術式が忍び込ませてある可能性も……」
「いやそれなら、ジャンナやララノア程の術者になれば、少なくとも感知位は出来るはずだ」
皆の話を聞いている内に、僕はふと思いついた事を口にしてみた。
「僕の【影】を使って扉を開けさせてみましょうか?」
「【影】を使って?」
僕の提案の意図が読めて無さそうなユーリヤさんに、僕は改めて説明した。
「【影】ならもしかしたら、
500年前のあの世界で、僕は【影】の状況を、この惑星の裏側からでも
「そうですね……それではお願いしても良いですか?」
ユーリヤさんの言葉を受けて、僕は【影】を“2体”呼び出した。
そしてその内の1体の【影】に、取っ手に手を掛けて扉を開くように指示を出した。
僕の指示を受けた【影】は滑るように扉に接近し、取っ手に手を掛けようとして……
―――バチン!
何かががショートするような嫌な音を残して、掻き消えてしまった。
それを目にした同行者達が、一斉に僕に視線を向けてきた。
一応、消えてしまった方の【影】に意識を向けようと試みたけれど、何も感じ取れない。
僕は今、1秒間にMP1ずつ回復してくれる『エレンのバンダナ』を頭に巻いている。
そして【影】を維持するには、1体につき、1秒間にMP1が必要になる。
呼び出した【影】は2体。
つまり、僕の掻き消されたように見えた【影】が、どこかに転移させられたまま健在であれば、今も僕のMPは、差し引き1秒当たり1ずつ減少しているはず。
僕はステータスウインドウを呼び出してみた。
しかしMPの数値に、変動は生じていない
という事は、【影】は僕でさえ感知出来ないどこか謎の空間に転移させられたのではなく、今目にした通り、消滅させられた、と考えて良さそうだ。
僕の説明を聞いた皆の顔色が変わった。
「転移は転移でも、触れればあの世に転移させられるってか?」
「イサーク! こんな時に笑えない冗談は止めろ!」
皆が口々に声を上げる中、ユーリヤさんが、ジャンナとララノアに声を掛けた。
「タカシさんの【影】が消滅させられたのは、取っ手に仕掛けられていた
「申し訳ありません。私には判断がつきかねます。ただ……名誉
「
ユーリヤさんがララノアに問い掛けた。
「つまりあの
「た……多分……そう……」
ララノアの返事を聞いたユーリヤさんが
「やはり、精霊の力……」
「精霊の力?」
僕の問い掛けに、ユーリヤさんが言葉を返してきた。
「実は先程、一瞬ですが精霊の力を感じました」
「では僕の【影】もその力で?」
「分かりません。ですが……」
ユーリヤさんの視線が執務室の扉へと向けられた。
「いずれにせよ、あの
現状、
だとすれば……
僕はユーリヤさんに
「やはり僕があの取っ手を……」
僕の言葉が終わるのを待たずに、ユーリヤさんが声を上げた。
「危険過ぎます! あなたが【影】のように消滅させられる可能性は低いとは思いますが、あなただけがいずこかに拉致される可能性は非常に……」
「ですがこのままでは……」
……
と言いかけた瞬間、ふいに扉の前の空間が揺らめくのが見えた。
そしてその揺らめきの中から、一人の人物の姿が浮かび上がってきた。
「アルラトゥ!」
誰かが鋭い声を発し、僕等は一斉に武器を抜き身構えた。
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