第459話 F級の僕は、総督府の黒さに違和感を抱く


6月18日 木曜日10



皆と一緒に武器を構え、警戒態勢を取りながら再び歩き始めてすぐに、僕は奇妙な事実に気が付いた。

先程、結界に開いた穴をくぐり抜けてここに足を踏み入れた時に感じた、あの全身総毛立つような異様な感覚。

あの感覚が通りを進むにつれて、収まるどころか、むしろ徐々に強まってきたのだ。

最初は、ジャンナやララノアが教えてくれた“数十人の敵”が発する殺気みたいなのを感じ取ってしまったのかと思っていたけれど……


僕は隣を歩くユーリヤさんにささやいた。


「ここに来て、何か妙な感覚とか無かったですか?」

「妙な感覚……ですか?」


ユーリヤさんが小首を傾げた。


「特には何も……しかしタカシさんがそう聞いて来るという事は、タカシさんは何か感じた、という事ですか?」

「実は……」


僕は彼女に、“徐々に強まっている全身総毛立つような異様な感覚”について説明した。


「もしかしたら、ここに来た緊張感とか、周囲にひそんでいる解放者リベルタティス達の視線とか殺気とか、とにかくそういった物の影響かもしれませんが……」


ユーリヤさんが、皆に足を止めるように声を掛けた。


「ジャンナ、ララノア、周囲の状況に変化はありますか?」

「いえ、特には……相変わらず、両側の建物の2階以上の部分には、多数の敵がひそんでいるのが感じられますが、ここから先、感知出来る範囲内に魔法的な仕掛け等は一切、感じられません」

「こ……ここから先……総督府まで……道の両側……建物の中……敵が充満……だけど……トラップは何も……」


ユーリヤさんは、【白銀の群狼】の冒険者と駐屯軍から選抜された二人の兵士達にも問い掛けた。


「あなた達は何か気付いた事、有りませんか? 嫌な予感とか、そういうのでも構わないので、何かいつもと違う事を感じた者がいれば、教えて下さい」


【白銀の群狼】のリーダー、イサークが口を開いた。


「特には……ただ……」

「ただ?」


イサークは、【白銀の群狼】の冒険者達と顔を見合わせながら言葉を続けた。


「殿下の推測通りって事なのかもしれませんが、建物にひそんでいる連中から、こちらに向けられているはずの敵意が希薄過ぎるんですよね~」


な、そうだよな、と声を掛けるイサークに、他の冒険者達もうなずいている。


「まあ連中の敵意が希薄なのは、こちらとしてはありがたいんですが、なんかまるで、最初から俺達と戦うつもりは無さそう、と言いますか……」


【白銀の群狼】は、トゥマでも最強クラスの冒険者パーティーだと聞いている。

その彼等がそう感じているとしたら、それは恐らくその通りなのだろう。

それはつまり、アルラトゥが自らの能力――未来視――を使って事前に知り得たであろう今の状況を、あらかじ解放者リベルタティス達に伝えているからって事も考えられるわけで。

それならこの異様な感覚は一体、どういうわけだろうか?

皆の様子から察するに、どうもこの異様な感覚にとらわれているのは、僕一人だけのように感じられるけれど。


僕は皆の会話を耳にしながら、今僕等が向かっている、総督府の建物へと視線を向けてみた。

距離にして、あと数百m位であろうか?

この世界を照らす二つの月の光を浴びて、壮麗な建物が真っ黒に浮かび上がっている。

状況から考えれば、あの建物のどこかで、アルラトゥメルが僕を待っているはず。

それにしてもあの建物、真っ黒……


そこまで考えて、僕は違和感を覚えた。

周辺の建物も皆、明かりはいておらず、それなりに暗いけれど、あの建物だけ“暗過ぎる”……というより、“黒過ぎる”のだ。

そう言えばララノアは確か、13歳の時に養成所みたいな施設を出た後、しばらく属州モエシア総督グレーブ=ヴォルコフの戦闘奴隷をしていた、と話していた第297話


何故なぜか建物の“黒さ”が気になった僕は、僕はララノアに聞いてみる事にした。


「ララノア、あそこに見えているのが総督府の建物、だよね?」


ララノアがコクンとうなずいた。


「は……はい……白亜の……建物……」

「白亜?」


白亜と言うからには、白いはず。

しかし……


首をひねっていると、ユーリヤさんが話しかけてきた。


「総督府の建物が、どうかしましたか?」

「あ、いえ、あの建物なんですけどね……」


僕は総督府の建物を指差しながら言葉を続けた。


「あの建物だけ、なんだか黒く見えませんか?」


僕の言葉に、今度はユーリヤさんが首をかしげた。


「確かに建物に明かりは見えませんが、月明かりのお陰で、それなりに白く輝いて見えますよ?」

「え? 白く!?」


僕の声のトーンに驚いたのだろう。

皆、一斉に僕の方に視線を向けて来た。

ジャンナが問い掛けて来た。


「名誉騎士エクィテス様にはあの建物、白くは見えない、という事でしょうか?」

「はい。白いどころか、真っ黒に見えるんですが……」


その場に居る皆が一斉にざわついた。


周囲の建物なんかは普通に見えているから、夜盲症やもうしょう(※俗にいう鳥目とりめ)とか、夜や暗がりで視力が低下する系の病気じゃないはず。

しかしいくら目を凝らしても、総督府の建物だけは真っ黒にしか見えない。

しかもあの建物に視線を固定すると、先程から続くあの異様な感覚が、何故なぜか増幅されるようにも感じられる。


なんだろう?

何かとてつもなく嫌な予感がする。

待てよ?

以前確かどこかで、似たような感覚……


不意に僕は、総督府の建物の黒さがわずかに揺らめいている事に気が付いた。

そして唐突にその正体に気が付いた。


田町第十第104話

いつの間にか出現していた黒い結晶体と、本来はそこにはいないはずのB級モンスター、コボルトキングの出現。

そしてA級の桧山との死闘。


あの時感じた“純粋な悪意”と同種の黒いもやのような何か。

それがあの総督府全体を覆い尽くしているのだ。

しかし、なんであんなモノがあそこに?

しかも何故なぜ僕にだけ“視えている”?


「タカシさん?」


僕の様子を不審に感じたのであろう、ユーリヤさんが声を掛けて来た。


「何か考え込んでいる様子でしたが……」


どうしよう?

少し考えてから、僕は正直に伝える事にした


「その……なんだか得体の知れない悪意の塊みたいな黒い何かが、建物全体の白さを隠す勢いでおおい尽くしているように感じられるんですが……」

「悪意の塊? もしかして……」


ユーリヤさんが、僕にだけ聞こえるように、そっとささやいて来た。


「あの『追想の琥珀』の中で視た、“黒い負の感情”と何か関係ありますか?」


言われて、僕もその事に思い当たった。

しかし現状、今視えているモノが、果たしてかつての堕ちた創世神魔王エレシュキガルが求めてやまなかった“黒い負の感情”と同じ物かどうか、僕には判断がつきかねた。


「分かりません。ただ、とてつもなく嫌な感じがします」


彼女が再びささやいて来た。


「タカシさんは、私に掛けられていた呪詛を解く時、呪具の存在にも気付いていましたが、呪い或いは悪意に関するモノを“視る能力”をお持ち、という事ですか?」


確かに以前、僕は彼女の呪詛を解き、呪具の存在を炙り出した第300話事がある。

しかしあれは、実際に呪いに関するエネルギーやらオーラみたいなのを“視た”わけでは無く、単にエレンに……

そうだ!


僕はユーリヤさんにささやいた。


「少しだけ時間を頂いてもいいですか?」


ユーリヤさんが、怪訝そうな顔になった。


「まさか、“倉庫”に何かを取りに行かれる異世界転移?」

「違いますよ。ちょっと確認してみたい事が有りまして」


僕はそう言葉を返してから、改めて心の中で呼びかけた。


『エレン……』


そういやエレンと最後に念話を交わしたのは昨日の午後第403話だった。

あの世界では、僕のスキルが全て使用不能になるのと同時に、エレンとも念話が交わせなく第419話なっていた。

一瞬、彼女との念話が交わせないままだったらどうしよう、と不安になったけれど、幸い、すぐに彼女の“声”が返ってきた。


『タカシ、どうしたの?』

『エレン、実はね……』


僕はかいつまんで、今の状況――もちろん、20年前のルキドゥス滅亡を体験させられたって話は除いて、だけど――について彼女に念話で説明した。



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