第458話 F級の僕は、結界内部に進入する


6月18日 木曜日9



「私としては、アレ結界の穴はアルラトゥが残して行った二つの転移門と同じく、罠でも何でもなく、あなたへの“招待状”だと思うのですが、あなたの意見はどうですか?」


ユーリヤさんの囁きに僕はうなずいた。


「僕も同じ意見です。恐らくアルラトゥが精霊の力を使って僕達を“視た”のか、未来視を使ってあらかじめ準備していたのか分かりませんが、とにかく僕を結界の中に招き入れようとしているんだと思います」

「皮肉な事に、恐らく今、最も危険から遠いのは、私達にとって切り札であるあなたです。アルラトゥはあなたとここで個人的な話をしたいと願っていた。だからこそ、あなたは彼女と会うまでは絶対的な安全は保障されているはずです。ですが……」


ユーリヤさんが、結界を調べる同行者達にチラッと視線を向けた。


「彼等に関しては何とも言えません。あなたの傍に居る限り比較的危険は少ない、とは思いますが、アルラトゥがあなたと“話し終えた”後の事は分かりません」


僕は目を閉じた。

まぶたの裏に浮かぶのは、あの世界における“アルラトゥ”、そしてメルとの別れの場面。

僕は目を開けると、ユーリヤさんにささやいた。


「やはりここは、僕一人でアルラトゥメルに会ってきます。ユーリヤさん達は、先に転移門まで……」


ユーリヤさんが、指でそっと僕の言葉をさえぎった。


「転移門まで戻るのは、私以外、ですよ」

「え? ですが……」


ユーリヤさんの懸念通り、僕以外の同行者達がここから先、危険な目に合わないという保証は無い。

20年の歳月は、あの優しかったメルの心を変えてしまっているかもしれないのだ。

ならばユーリヤさんと、それ以外の同行者達とで、ここから先の危険性に差があるとは思えない。


「私は、私自身を文字通り、全てあなたに賭けています」


ユーリヤさんはにっこり微笑んだ。


「結局のところ、私が叔父ゴーリキー達との戦い権力闘争に勝利できるかどうかは、あなたとクリスさん達が協力してくれるかどうかにかかっています。ここであなたやクリスさん達に万一の事が有れば、私は最終的には敗北し、良くて廃嫡、幽閉、悪くすれば殺されるでしょう。それに……」


ユーリヤさんが、僕の身体にそっと手を伸ばしてきた。


「昨晩もお伝えしましたが、私はあなたに特別な感情を持っています。つまり、自分の人生そのものをあなたに預けたいと考えています。ですから……」


ユーリヤさんが僕の目をまっすぐ見つめて来た。


「あなたがアルラトゥと会い、何を話し、何を選択するのか、見届けたいのです。例えそれが私の破滅に繋がるとしても、自分の目で見て、耳で聞いたのならば、私は納得してその運命を受け入れる事が出来ます」


彼女の翡翠色の瞳の奥に、彼女の確かな決意の色が見て取れた。


「……分かりました。ここから先は二人で行きましょう」

「理解して下さってありがとうございます」


彼女を同行すると宣言した以上、彼女を全力で護らないと……


そんな事を考えていると、ユーリヤさんが悪戯っぽい笑顔で僕を見上げているのに気が付いた。


「え~と……何か?」

「ふふふ。ここはそっと抱きしめて、君の事は全力で護るから安心して、なんてお言葉をささやいて下さってもいいんですよ?」

「あ、いや、その……」


冗談めかしてはいるけれど、たった今心の中に思い浮かべた事を言い当てられたような形になった――抱きしめようとは思わなかったけれど――僕は、すっかりしどろもどろになってしまった。


「と、とりあえず、みんなの所に戻りましょう」



同行者達の所に戻った僕とユーリヤさんは、改めて皆に、ここから先の危険性について説明して、転移門の所に戻るよう伝えたのだが……


「私がここまで来たのはアリアさんとクリスさんを救い出すためです。危険は元より覚悟の上です」

「ご……ご主人様を……命を懸けて……お守り……」

「私達は誇りある帝国軍人です。作戦上の必要性があるのならともかく、危険だから指揮官を残して退避せよとのお言葉には、例え抗命罪(※命令に反抗、或いは服従しない罪)で裁かれる事になったとしても、従う事は出来ません。」

「殿下、それに英雄殿、さっきも話しましたけど、冒険者ってのは危険をおかすのが仕事なんですよね~」


皆の言葉を耳にしながら、僕はチラっとユーリヤさんに視線を向けた。

彼女は少し首をすくめる素振りを見せてからささやいてきた。


「よく考えたら皆、最初から危険は覚悟の上のはず。なのに、今更私だけタカシさんに付いて行くっていうのも、皆からすれば変な話かもしれませんね」



数分後、僕等はここに来るまでと同じ隊列を組んで、結界に開いた穴を潜り抜け、街の中心部へと進入を開始した。

ララノア、ジャンナ、そして駐屯軍から派遣された二人の兵士達に続いて、結界内部に足を踏み入れた瞬間、僕は全身総毛立そうけだつ異様な感覚に襲われた。


これは一体……!?


今感じているモノの正体を探ろうとした時、先頭を行くジャンナが鋭く叫んだ。


「敵数十人! 囲まれています!」


僕等は一斉に武器を構え、戦闘態勢を取った。

日は沈み、冒険者達が光属性の初級魔法ライトで呼び出した光球第119話のみが照らし出す中、しかし肝心の敵の姿が見当たらない。

姿を隠すスキルでも使用しているのだろうか?

僕は暗がりに沈む周囲の建物に視線を向けながら、スキルを発動した。


「【看破】……」


しかしやはり敵の姿を見付ける事は出来ない。

ジャンナが感知した敵数十人は皆、建物の影に身をひそめているのかもしれない。

その時、最後方の【白銀の群狼】の冒険者が叫んだ。


「結界の穴が閉じられたぞ!」


振り返ると、確かについ今しがた通り抜けてきたはずの穴は消えていた。


ユーリヤさんが、ジャンナとララノアに問い掛けた。


「状況は?」


ジャンナが、今僕等が進もうとしている道の両側の建物に視線を向けながら小声で言葉を返してきた、


「通り沿いの建物の2階以上の部分に、こちらの様子をうかがっているらしい、武器を持った複数の人物を感知しました。人数は先程も申し上げた通り、感知出来る範囲内に数十人」


ユーリヤさんは、ララノアに視線を向けた。

ララノアは僕に視線を向けながら、おずおずと話し始めた。


「左右……100m程……範囲内……建物の中……ダークエルフ……35匹……獣人……20匹……ドワーフ……10匹……それと……魔族……1匹……」

「魔族!?」


皆の顔が一斉に強張こわばった。

僕はララノアに声を掛けた。


「魔族の居る場所って、分かる?」


この前、ユーリヤさん達を襲撃して来た解放者リベルタティス達も、魔族が率いていた第290話

今回も魔族が指揮しているのではないだろうか?

もしそうなら、その魔族指揮官を倒せば、少なくとも相手を混乱させ、僕等に、より有利な状況を作り出せるはず。


「は……はい……あの……右手の……」


しかし、ララノアの言葉にかぶせるようにユーリヤさんが口を開いた。


「このまま進みましょう」

「え?」

「さすがにそれは!」


異議を唱える僕や同行者達に、ユーリヤさんがそっとささやいた。


「私の予想が正しければ、少なくとも彼等は、私達があそこの……」


ユーリヤさんは、通りの前方、一際大きく立派な建物を指差した。


「総督府に向かうこの通りを進む限りは、手出しして来ないはずです」

「一体なぜそう思われるのですか?」

「奴らに射手等の遠距離攻撃が可能な者達が居れば、通りを行く我々は、数歩も進めず全滅しますよ!?」


ユーリヤさんが、ジャンナに声を掛けた。


「私達が進もうとしているこの通り沿いに、何らかの罠は仕掛けられている?」


ジャンナは首を振った。


「感知可能な前方50m先まで、魔法的には非常に“綺麗”です」


ユーリヤさんが、再び皆にささやいた。


「後方は結界の穴が閉じ、両側は敵がひそんでいます。もし彼等が私達を殲滅するつもりなら、ジャンナ達に感知される前に総攻撃を掛けて来たはずです。ところが彼等はそうしなかった。そして前方にはこれみよがしに罠も何も設置されていない通りが、総督府まで続いています。恐らく彼等に与えられている任務は、私達を総督府へと誘導する事だと思います。ならば我々が総督府に向かって進む限り、彼等もまた何もしてこないはずです」


しばらくの沈黙の後、【白銀の群狼】のリーダー、イサークが口を開いた。


「ま、どのみち、俺達には進むしか無いんじゃないの? こんなところでおしゃべりしていても、何も始まらないしな」



結局、僕等は再び前方へと移動を開始した。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る