第457話 F級の僕は、州都モエシアに足を踏み入れる


6月18日 木曜日8



十数分後、僕、ユーリヤさん、ターリ・ナハ、そしてララノアの4名は、夕暮れが迫る中、再び半壊した城門脇の転移門の所まで戻って来ていた。

そこで僕等を待っていたトゥマからの同行者達と合流した後、いよいよ僕等は半壊した城門を通って、州都モエシアへと足を踏み入れる事になった。

ちなみに転移門のかたわらに駐留する兵士達の指揮官も、護衛を付ける事を申し出てくれたけれど、ユーリヤさんは、ゴルジェイさんの時と同様、婉曲えんきょく的にそれを断った。


「そこに込められた真意が不明な贈り物は受け取らない主義なんですよ」


ゴルジェイさん達からの護衛の派遣を断った理由を、ユーリヤさんは、僕にだけそう、そっとささやいてきた。

その短い言葉に込められた意味を、僕なりに解釈してみれば、要するに彼女はゴルジェイさん含めて、属州モエシアの関係者達を、今ひとつ信用しきれていないって事なのだろう。

だからこそユーリヤさんの一行は、隊商キャラバンに擬装している時でさえ、属州モエシア通過時は、街道を避け、町や村にも近付かなかった第301話のだろう。

彼女が今、帝国内で置かれている状況は、僕が想像するよりもはるかに複雑かつ危うい物なのかもしれない。



半壊した城門の向こう側、州都モエシアの外縁地域は完全に破壊されていた。

原型を保っている建物は一つも存在せず、ただ瓦礫のみが散乱している。

しかし以前ユーリヤさんが推測第314話していた通り、そして先程マトヴェイさん達が教えてくれた通り、破壊は中心部には及んでいないようであった。

見通しのよくなった視線の先、街の中心部と思われる方向には、無傷の建物が立ち並んでいる様子が見て取れた。

僕等は、一番先頭を魔法に長けたララノアとジャンナ、次に駐屯軍から派遣されてきた二人の兵士、そして僕、ユーリヤさん、ターリ・ナハ、最後尾を【白銀の群狼】の冒険者達といった順で隊列を組み、慎重に中心部へと進んで行った。

しばらく進むと、隣に並んで歩くユーリヤさんが、そっとささやいてきた。


「妙だとは思いませんか?」

「妙? とは?」


ユーリヤさんは、辺りに視線を向けながら言葉を返してきた。


「これだけ破壊されているにもかかわらず、犠牲者の遺体らしきモノは、何一つ見当たりません」


言われてみれば、ここまでの途上で、そういったモノは目にしなかった。


「それに、死臭も……」


死臭……

州都モエシアが滅ぼされたのは6日前だ。

初冬のこの時期とは言え、瓦礫の隙間に哀れな住民達の成れの果てが放置されていれば、それなりの臭いがするはず、という事だろう。

しかし確かにそれにるいするような嫌な臭いも、一切ただよってはいないように感じられた。


「ジャンナ! ララノア!」


ユーリヤさんが先行する二人に声を掛けた。


「魔法的に何か気付いた事は無いですか?」


足を止めてこちらを振り向いた二人の内、ジャンナが口を開いた。


「これまでの所、魔法的には非常に“綺麗”です」

「つまり、魔力の痕跡は一切、感じられない?」


ユーリヤさんの言葉にジャンナがうなずいた。


「殿下のお話では、この地で禁呪が用いられたかも、との事でしたが、そうした痕跡は、今の所一切感知出来ません。恐らく何者かが丁寧に拭い去ったものと思われます」


ユーリヤさんは少し考える素振りを見せた後、今度はララノアに声を掛けた。


「あなたは何か気付いた事はありませんか?」


ララノアはちらっと僕に視線を向けてから話し始めた。


「しゅ……周囲100m程……て……敵も……遺体も……」

「つまり、私達が城門からここまで歩いてきた場所の両側100mの範囲内に、敵も遺体も感知出来なかった、という事ですか?」

「は……はい……」


ユーリヤさんが難しい顔になった。

と、僕等の後方に居た【白銀の群狼】の冒険者――確かリーダー格のイサークと呼ばれていた赤毛の青年――が、僕等の会話に参加してきた。


「もしかして、解放者リベルタティスどもは意外と“人道的”で、事前に住民全員をどこかに避難させた、とか?」


彼の仲間の女性冒険者があきれたような顔になった。


「そんなわけないでしょ? そんな“人道的”な連中なら、州都モエシアを禁呪で破壊したり、トゥマにモンスターの大群襲い掛からせたりしないわよ!」

「だったらあれか? 奴らが魔法的痕跡をぬぐい去るついでに、遺体も全部運び去ったってか?」


ユーリヤさんが改めて皆に問い掛けた。


「ここ州都モエシアの城壁内には1万人を超える住民が居たはずです。彼等を全て完全に消去してしまうような魔法なり、禁呪なりに心当たりが有る者はいますか?」


しかしララノアやジャンナを含めて、皆首をひねるばかり。


「とりあえず、もう少し中心部を覆う結界に近付いてみましょう。もしかすると、住民全員、“エレシュキガル”が何らかの意図を持って、あの結界の中に連れ去った可能性もありますし」


ユーリヤさんの言葉で、僕等は再び慎重に進み始めた。



30分後、まさにこの世界の太陽が地平線に沈もうとする頃合いに、僕等は中心部を覆う結界のすぐ外側に到着した。

見た目シャボン玉そっくりな結界が、街を綺麗に二分していた。

完全に破壊されている外部とは対照的に、結界の内部は綺麗な街並みがそのまま残されているように見えた。

ただし、見える範囲内に、住民は愚か、解放者リベルタティスやモンスターの姿も確認出来ない。


早速ララノアとジャンナ、それに魔法にけた同行者達が結界に近付き、調査を開始しようとした瞬間、結界そのものに変化が生じた。

唐突にシャボン玉の一部が脈動したかと思うと、突然人が一人通り抜けられるような“穴”がいたのだ。


「殿下!」


ジャンナさんが上ずった声を上げた。


「結界の一部に通過出来る領域が出現しています!」


という事は、どうやら本当に結界に“穴”が開いたという理解で正しかったらしい。

しかし、このタイミングで結界に“穴”が開く、という事は……


「こりゃどう見ても罠だな」


イサークが、僕、そして恐らくユーリヤさんを除く皆の意見を代弁するかの如く、口を開いた。


「まあ、普通に考えればそうですね……」


ジャンナさんがそう相槌あいづちを打ちながら、ユーリヤさんに視線を向けた。

つまりはユーリヤさんの判断をあおぎたい、という事だろう。

彼女はチラッと僕を見てから口を開いた。


「では、この先は私とタカシ殿、そしてララノアとターリ・ナハで向かう事にします。あなた方は……」

「ちょっと待った!」


イサークが、ユーリヤさんの言葉をさえぎった。


「殿下、俺達がなんでここに居るのか、忘れてもらっては困りますよ?」

「ですが、あなたが言う通り、これは罠の可能性があります。であれば……」

「であれば、ここを通過するべきはまず、俺達でしょ?」


イサークが、【白銀の群狼】の冒険者達に視線を向けた。

彼等が一様にうなずくのを確認した後、イサークは言葉を続けた。


「冒険者ってのは、危険をおかすのが仕事なんですよ? なのに、それを殿下と英雄殿に押し付けてしまったら、何かあった時、俺達、どのツラ下げてトゥマに帰ればいいんですか?」


ユーリヤさんはしばし考える素振りを見せた後、口を開いた。


「では、タカシ殿と少し相談するので、その間、皆さんは結界そのものの解析を試みて下さい」


ララノア、ジャンナ、そして魔法に長けた同行者達が、改めて結界を調べ始めるのを確認してから、ユーリヤさんは僕を皆から少し離れた場所に連れて行った。

ユーリヤさんがささやいた。


「私としては、アレ結界の穴はアルラトゥが残して行った二つの転移門と同じく、罠でも何でもなく、あなたへの“招待状”だと思うのですが、あなたの意見はどうですか?」


僕はうなずいた。


「僕も同じ意見です。恐らくアルラトゥが精霊の力を使って僕達を“視た”のか、未来視を使ってあらかじめ準備していたのか分かりませんが、とにかく僕を結界の中に招き入れようとしているんだと思います」

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