第456話 F級の僕は、ゴルジェイさんと再会する


6月18日 木曜日7



話し終えたマトヴェイさんは、改めて周囲に視線を向けながら問い掛けてきた。


「ところで殿下、ここは一体……どこでございますか?」


ユーリヤさんは少し考える素振りを見せてから言葉を返した。


「ここは恐らく、魔の森に属する領域のいずこか、だと思います」

「魔の森!?」


マトヴェイさんと、彼と共に転移門をくぐり抜けて来た兵士達がどよめいた。

ユーリヤさんが、手近な位置の巨木を指差した。


「この周囲にそびえ立つ巨木は、妖樹と呼ばれる魔の森特有の植生と、特徴が完全に一致しています」

「殿下はその……いかにしてこの地に?」

「実は……」


ユーリヤさんは、“事情”があって任地である中部辺境軍事管区を離れた後、トゥマの街に到着してから現在に至るまでの経緯について、概略を説明した。


「そんなわけで、私達は今から州都モエシアに向かい、“エレシュキガル”と決戦を挑もうとしている所です」


マトヴェイさんが大きく目を見開いた。


「なんと、そのような事態になっていたとは……」

「ともかく、私達としてはここでマトヴェイ殿に会えたのは僥倖ぎょうこうでした」

「と、申されますと?」

「少なくとも、あの……」


ユーリヤさんが、先程マトヴェイさんがくぐり抜けて来た転移門を指差した。


「向こう側で、いきなり“エレシュキガル”に待ち伏せされる、という危険性が著しく低いという事が確認出来ましたから」

「まあ一応、向こう側の転移門周辺には、わしがこちらにくぐり抜けて来る直前、数十名の兵士達が配されておりましたからな。もっとも……」


マトヴェイさんが少し苦笑した。


「ルーメルの勇士殿の伝書鳩のせいで、十数名が後方送りになってしまいましたが」


僕は頭を下げた。


「すみません、でも死んだり、大怪我した方は……いらっしゃらないですよね?」


ユーリヤさんの書状を届けさせた【影】には、あくまでも“攻撃された場合、相手を無力化しろ”の指示しか出していない。

マトヴェイさんが愉快そうに笑った。


「後方送りと言っても、武器や防具を破壊されただけで、本人達は至って元気ゆえ、ご安心を」


ユーリヤさんがマトヴェイさんに声を掛けた。


「マトヴェイ殿、あんまり長くお引止めすると向こうでお待ちの皆さんが心配するかも知れません。私達はもう少し準備を整えてから向かいますので、先に戻っていて下さい」

「分かり申した。ではあちらでお待ちしております」


マトヴェイさんと数人の兵士達が転移門をくぐり抜けて去って行くのを見届けた後、ユーリヤさんが皆に声を掛けた。


「皆さん、少し話しておかねばならない事が有ります」


ユーリヤさんは大きく深呼吸をした後、おもむろに話し始めた。


「大変残念な事ですが……帝国内部には、私の帝位継承に関して、異議を唱える者達がいます。そして属州モエシア総督、グレーブ=ヴォルコフ卿は、その異議を唱える第307話の人物でした。」


ユーリヤさんの表情はいつになく真剣だった。


「彼の三男、ゴルジェイ=ヴォルコフ殿とは、残念ながら私は面識がありません。従って、彼の人となりや考え方も全く未知数です。彼が父親と同じ考え方、つまりモドキ姫ハーフエルフの戴冠など有り得ないという考え方の人間であれば……」


ユーリヤさんは、話を聞く冒険者や駐屯軍から選抜された兵士達の反応を確認する素振りを見せながら、言葉を続けた。


「私に協力するどころか、最悪、私を拘束しようとしてくるかもしれません。或いは彼自身は柔軟な考え方の出来る人物であっても、彼のもとに参集している属州モエシアの有力者達はそうではないかもしれません。ですから転移門をくぐり抜けた後、私に何か不測の事態が発生した場合、あなた達はいつでもトゥマに退避出来るように、あらかじめ心の準備だけはしておいて下さい。それと……」


ユーリヤさんが僕に視線を向けて来た。


「タカシさん、私がゴルジェイ殿と面会する際、“護衛”をお願いしても宜しいでしょうか?」


僕は即座にうなずいた。


「もちろんです。それに……」


僕は以前、ゴルジェイさんと会った時の事を思い出した。

彼は、突然この地に転移させられた僕等の事情に理解を示し、最終的には僕等に便宜を図ってくれた。


「僕の個人的感触では、ゴルジェイさんはきっと“柔軟な考え方の出来る人物”だと思いますよ」



数分後、転移門を潜り抜けた僕達は、西日を浴びて茜色に染まる州都モエシアの城門前に立っていた。

かつては堅牢けんろうを誇ったであろう城門と城壁が、今は半壊して見るも無残な状態になっていた。

ユーリヤさんは、同行した冒険者達と駐屯軍から選抜された二人の兵士達に、ここで待機するよう指示を出した。

そして僕、ターリ・ナハそしてララノアを連れて、マトヴェイさんの案内でゴルジェイさんのもとに向かう事になった。

帝国軍は、半壊した城門を半円状に取り囲むように布陣していた。

多くの幕舎が立ち並び、兵士達が夕食の準備をする炊事の煙が、あちこちから立ちのぼっていた。

ゴルジェイさんは、一際大きな幕舎の中で僕等を出迎えてくれた。

彼は、ユーリヤさんが何者であるかを知らされると、周囲の幕僚達を促して直ちに片膝をついて臣礼を取った。


「お初にお目にかかります。私は現在ここに参集する帝国軍の指揮官を務めておりますゴルジェイ=ヴォルコフでございます。殿下にはこのような場所にまでご足労頂きまして、誠に恐悦の至りでございます」

「お立ち下さい、ゴルジェイ大尉。賊徒討滅のため、いち早く動かれた事、感に堪えません」


立ち上がったゴルジェイさんは、改めて現状についてユーリヤさんに説明し始めた。

それに対して、ユーリヤさんも僕等の状況について、手短てみじかに説明を行っていく。

当初の憂慮が嘘のように、二人の会見はなごやかな雰囲気のまま進行していく。


「見た所、州都モエシアの外縁部はほぼ完全に破壊されているようですが、結界で護られているという中心部の状況は分かりますか?」

「総督府を始め、街の主だった施設等は、遠目にはそれほど大きな損傷を受けているようには見えません。ですが、先程もご説明しましたように、我が父総督はじめ、街の住民達の安否に関しましては、詳細は不明です」

「結界そのものについては、どこまで分かっていますか?」

「その件に関しましては、マトヴェイ殿にお尋ね頂ければ……」


ゴルジェイさんが、マトヴェイさんに顔を向けた。


「マトヴェイ殿、殿下にあの結界について、ご説明、お願い出来るかな?」

「分かり申した」


マトヴェイさんとユーリヤさんが少し離れた場所で、何かの図面を見ながら話し始めるタイミングで、ゴルジェイさんが僕に声を掛けてきた。


「それにしても驚いたぞ。まさかルーメルの勇士が、殿下と行動を共にしているとはな」

「僕の方もあれから色々有りまして」

「だろうな。しかし……」


ゴルジェイさんが、マトヴェイさんと会話を交わすユーリヤさんにチラッと視線を向けた後、少し声をひそめた。


「殿下は強運の持ち主でいらっしゃる。お立場が微妙なこの時期に、お前を引き当てたのだからな。おっと、この話は、ここだけにしておいてくれ」


やがてマトヴェイさんと話し終えたユーリヤさんが、こちらに戻って来た。


「ゴルジェイ大尉、今から私達で、結界そのものの状況を確認してこようと思うのですが」


ゴルジェイさんが目を大きく見開いた。


「今からですか? ですが、間も無く日も暮れますし……」


ユーリヤさんがにっこり微笑んだ。


「あくまでも“確認”をしてくるだけなので、1時間もあれば戻れるはずです。幸い、タカシ殿もいますし、マトヴェイ殿とはまた違った観点から、結界について調べる事も可能だと思いますよ」


ゴルジェイさんは束の間考える素振りを見せた後、言葉を返してきた。


「確かにタカシ殿は、ポペーダ山の巨大魔法陣の調査の時も、たぐいまれな魔法の才能を発揮していた。それに彼は単独でカースドラゴンを撃破し、解呪不能なはずの呪いを解いて見せた逸材だ。彼が同行するなら、危険は小さいと言えるかもしれませんな……分かりました。私の方からも、何名か魔導士と兵士を護衛に付けさせて頂きましょう」

「これは私の我儘わがままですから、お気遣いは無用ですよ。結界について新しく分かった事が有れば、ちゃんと共有しますので、安心して下さい」


ゴルジェイさんが苦笑した。


「分かりました。殿下の御判断にお任せします」


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