第454話 F級の僕は、いよいよ州都モエシアに向けて出発する


6月18日 木曜日5



午後3時過ぎ、トゥマの街の中央広場で、大勢の住民達が見守る中、ユーリヤさん自らが率いる『“エレシュキガル”征討軍』が組織された事が、高らかに宣言された……ってえ?



話は少し前にさかのぼる。

こちらトゥマに戻って来て程なくして、僕はユーリヤさんに政庁へと呼び出された。

今回はターリ・ナハとララノアも一緒に来て欲しいとの事だったので、僕は二人と共に馬車に乗り込み、早速政庁に向かう事になった。


数分後、政庁に到着した僕等を、政庁の職員達と笑顔のユーリヤさんが出迎えてくれた。

彼女の案内で建物に入ると、1階玄関ロビーに、何人かの完全武装した人々が集まっている姿が目に飛び込んできた。

僕等に気付いたらしい彼等の視線が、一斉にこちらに向けられた。

ユーリヤさんがそっとささやいてきた。


「今日の同行者達ですよ」


改めて彼女が説明してくれたところによると、今日、州都モエシアに同行してくれるのは合わせて9名。

内訳は、冒険者の男性5名と女性2名、それに駐屯軍から選抜されたというローブをまとった魔導士の若い女性1名と、重装鎧に身を包んだ壮年の男性1名。

冒険者の中に、僕も見知っている人物の顔が有った。

彼女の方から僕に声を掛けて来た。


「名誉騎士エクィテス様、今日はご一緒させて頂けるという事で、宜しくお願いします」

「ジャンナさん、こちらこそ宜しくお願いします」


彼女は魔力に秀でていて、魔法的な痕跡の検索においては、属州リディア一と自負していた第386話

他の冒険者達――男性5名と女性1名――は、この街で最強クラスの【白銀の群狼第360話】というパーティーだと紹介された。

とにかく、彼等と僕、ユーリヤさん、そしてターリ・ナハとララノアを合わせた総勢13名が、州都モエシアに向かうメンバーという事になるようだ。


彼等と自己紹介を兼ねて会話を交わしていると、ユーリヤさんが皆に声を掛けた。


「では皆さん、そろそろ行きましょう」


政庁を出て、皆で大型の馬車に乗り込んだ時は、てっきりこのままシードルさんの屋敷に直行して、転移門へって流れだと思っていたのだが……



政庁を出発した馬車は、いきなり屋敷とは反対方向に走り出した。

僕は隣に座るユーリヤさんに聞いてみた。


「州都モエシアへは、あの転移門を使って行くんですよね?」

「はい、そうですよ」

「あ、もしかして……」


僕は思いついた事を口にしてみた。


「どこかに寄って行くんでしょうか?」


武器やアイテム類を、どこかの倉庫まで補充しに行くとか。


「まあ、そんな所です」


そう言葉を返してきたユーリヤさんの、悪戯っぽい笑顔が若干気になったけれど……



……そして冒頭の場面に戻る。



―――万歳! 皇太女殿下万歳!


―――英雄タカシ万歳!


―――賊徒には破滅と恥辱を! 帝国には祝福と栄光を!



この前の表彰式第382話の時みたいに、集まった街の人達に向けてしゃべらされた――内容は事前にユーリヤさんがレクチャーしてくれたけれど――僕は、繰り返し沸き上がる歓声を耳にしながら、隣に立つユーリヤさんを軽く睨んだ。


「え~と、こういうのするなら、事前に教えておいて下さい」


身に余る賛辞は、目立たないよう、つつましく生きていきたい――今更いまさら無理って事は、薄々自覚はしているけれど――僕にとっては一種の“公開処刑”だ。


「あら? 直前にお知らせしたからこそ、馬車の中ではリラックス出来たかと」


いやまあ、そうだけど……って、一瞬納得しかけて僕は苦笑した。


「それに……」


ユーリヤさんが、熱狂する群衆に視線を向けながら言葉を続けた。


折角せっかくですし、こっそり出向くより、こうして大々的に皆に見送ってもらった方が、気分も盛り上がるじゃないですか。それにきっと、私達が次にどう行動するのか、興味津々の方々も大勢いらっしゃると思いますし」


なるほど。

ユーリヤさんの思惑おもわくが少し読めた気がする。

恐らく彼女は、“この後”を見据えている。


彼女は元々、病があついという皇帝に面会し、皇弟ゴーリキー達から主導権を奪い返すために、呪詛におかされながらも、帝都に向けて潜行しようとしていた。

そしてその途上で“エレシュキガル”が帝国全土に滅びを告げるのを聞き、駐屯軍――正確にはキリル“元”中佐って事になるんだろうけれど――に見捨てられたトゥマの街を、劇的な形で救って見せた。

代わりに自分が任地であるはずの中部辺境軍事管区を出て、属州リディア南部のこの街トゥマに滞在している事も、近隣地域に知れ渡ってしまった。

周辺――ここ属州リディア含めて――の帝国関係者達は、彼女の動向を注意深く観察しているはず。

ここで彼女が大々的に“エレシュキガル”討滅を宣言し、それを達成したのなら、彼女の威名は、より一層周辺地域にとどろく事になるだろう。

そうなれば、様子を見ていた関係者達の中にも、帝国の次代の統治者としての彼女に対して、積極的に協力しようとする者も増えていくかもしれない。


要するにこの式典そのものが、“アルラトゥ後”に向けたデモンストレーションって事なのだろう。


ユーリヤさんが、僕等に声を掛けた。


「では今度こそ、州都モエシアに向けて出発です」



再び乗り込んだ大型の馬車は、今度こそちゃんとシードルさんの屋敷へと僕等を運んでくれた。

到着後、屋敷に入った僕等はそのまま3階、ユーリヤさんの部屋だった場所へと向かった。

部屋の中、アルラトゥが残していった転移門は、変わらぬたたずまいを見せていた。

ユーリヤさんが、転移門の監視に当たっている10名程の衛兵達と短い会話を交わした後、いよいよ転移門をくぐり、州都モエシアに向けて出発する事になった。


転移門に視線を向けると、その向こう側と思われる景色が、魚眼レンズを通したように見えていた。

そびえ立つ妖樹と呼ばれる巨木に囲まれた、林間の小広場。

まず、駐屯軍から選抜された二人――若い魔導士の女性と、壮年の重戦士の男性――が、“向こう側”の状況確認のため、転移門を潜り抜けて行った。

数分後、戻って来た二人は、“向こう側”が、確かにあの小広場に繋がっている事、恐らく州都モエシアの城門前に繋がっているであろう、もう一つの転移門が変わらず存在する事、周辺に危険なモンスター、或いは解放者リベルタティスの姿は確認出来ない事等を報告してくれた。

そして準備を整えた僕達は、順次転移門の通過を開始した。


転移門を潜り抜けた先、妖樹の巨木に囲まれた小広場の状況は、昨夜とそう変わりは無いように見えた。

全員が無事、この小広場に到着した後、もう一つの転移門、州都モエシアの城門前に通じているであろう空間の揺らぎを指差しながら、ユーリヤさんが口を開いた。


「皆さん、いよいよこの先は州都モエシアです。既に説明している通り、州都モエシアは現在、“エレシュキガル”率いる解放者リベルタティス達によって占拠されていると考えられます。当然この先は激しい戦闘を覚悟しなければならないでしょう。ですから……」


ユーリヤさんは、ターリ・ナハとララノアに視線を向けた。


「ここから先、同行する者達の能力に制限を掛けるかせは不必要と考えますが、皆さんの考えはどうですか?」


ターリ・ナハとララノアの首元には、当然ながら、レベル上限を50に制限する『奴隷の首輪』がめられている。

ユーリヤさんが言わんとする所に気が付いたらしい皆が、少しざわついた。

彼女は微笑みを浮かべた。


「安心して下さい。今から起こる事は、あくまでも“事故”です。敵のやいばが首元をかすめる、なんて事は、戦場ではよくある事でしょ?」


【白銀の群狼】のリーダーだという、赤毛の青年がニヤリと笑った。

そして明後日あさって方向に顔を向けながら独り言のように言葉を発した。


「いやあ~、それにしても壮観だ。こんな巨木、トゥマ周辺じゃ、目にする機会なんてまず無いからな」


それに釣られるように、他の冒険者達もそれぞれ思い思いの方向に顔を向けた。


「イサーク! 物見遊山に来ているんじゃないのよ? 警戒はおこたってはいけないわ」

「どれ、俺はアッチを警戒しておくとしようか」


そして駐屯軍から選抜されている二人は、僕等に背を向けた。

皆の様子を確認したユーリヤさんは、ターリ・ナハとララノアにそっとささやいた。


「今から貴女あなた達の首輪を外します。これはあくまでも“緊急避難措置”です。全てが終わったら、手続き的に何も問題が無いようにしてあげるので安心しなさい」


ターリ・ナハはうなずき、ララノアは僕に不安そうな視線を向けて来た。

ターリ・ナハはともかく、ララノアにとっては、“首輪を外す⇒奴隷じゃ無くなる⇒捨てられる第288話”の三段論法になっている可能性が大だ。

僕は彼女に笑顔を向けた。


「心配しないで、ララノア。僕が君を捨てるなんて有り得ないからさ」

「い、一生……お仕え……」

「うん。一生、お仕えしてもらいたいって思っているよ」


返事をしておいてなんだけど、“一生お仕え”って、言葉のあや、だよね?


ともかくララノアはようやく安心した表情になった。


こうしてユーリヤさんによって、二人の首元から『奴隷の首輪』が取り除かれた。


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