第453話 F級の僕は、久し振りに地球で関谷さん達と会話を交わす


6月18日 木曜日4



「タカシさんはその……コレ追想の琥珀を一体、どなたから託されたのか……お聞きしてもいいですか?」


ユーリヤさんの問い掛けに対して、僕は少し考えた後、正直に答える事にした。


「イヴァン将軍に殺された“アルラトゥ”から託されました」


ユーリヤさんの目が大きく見開かれた。


「“アルラトゥ”から? しかし彼女はその……20年前には……」


彼女の疑問はもっともだ。

普通に考えれば、20年前にこの世を去っているはずの“アルラトゥ”が、今年20歳の僕に『追想の琥珀』を手渡すのはほぼ不可能な話のはず。

そもそも先程“視た”――そしてユーリヤさんも“視た”――あの情景の中に、僕は登場しなかった。

そしてそこから先の話――ルキドゥスの滅亡――を語る心の準備は、僕にはまだ出来ていない。


「全てが終わったら……」


僕はユーリヤさんの目をしっかり見つめながら言葉を続けた。


「必ずお話します。それまで待ってはもらえないですか?」


“全てが終わる”のが果たしていつになるのかは定かでは無いけれど。

きっといつか僕の中で、あの惨劇ルキドゥスの滅亡に対する決着は付くはずだから。


「分かりました」


ユーリヤさんの表情が緩んだ。


「ですがこれで、少なくとも私にとっては、出来るだけ急いで州都モエシアに向かうべきだと思える理由がまた一つ増えました」

「理由が増えた、とは?」

「私達の知るあのダークエルフが、『追想の琥珀』が“視せて”くれた歴代の舞女みこ達と同じ“アルラトゥ”を名乗っているのは、偶然……ではないですよね?」


『追想の琥珀』が“視せて”くれた最後の情景は、イヴァンに“アルラトゥ”が殺される場面であった。

つまりユーリヤさんはまだ、メルが舞女みこの地位とアルラトゥの名を継承した事は知らないはず。

しかし……


「20年前に命を落としたはずの“アルラトゥ”が、現在のアルラトゥにそれを渡して欲しいと願ったとしたら、恐らく……」


僕は彼女の次の言葉を待った。


「“アルラトゥ”は、この『追想の琥珀』に秘められた歴代の舞女みこ達の想いを、私達の知るアルラトゥに“視せたい”と願った、と考えられませんか? だとすれば、アルラトゥにこれを渡す事は、局面を大きく変える事に繋がるはず」


やはり彼女は聡明な女性だ。

彼女ならばこの難局を切り抜け、その先、皇弟ゴーリキー達との争いにも勝利し、やがては戴冠を果たすに違いない。

彼女が君臨し、統治する帝国は必ず変わる第307話だろう。

その時、僕と、そしてアルラトゥメルは、どんな想いでそれを眺める事になるのだろうか。


彼女がにっこり微笑んだ。


「では行きましょう。今日は忙しくなりますよ?」



午前10時過ぎ、昨夜と同じく、政庁の執務室に街の有力者と駐屯軍の幹部達が集められ、再度協議が行われた。

その場でユーリヤさんにより、転移門の効果を完全に封じ込める事が不可能である事、このままでは転移門を通過して解放者リベルタティスが、シードルさんの屋敷内に侵攻して来る可能性がある事、転移門自体は永続化の術式が組まれており、短期間で消滅するとは考えにくい事、等が説明された。

その上でユーリヤさんが新たな提案を行った。


「私とタカシ殿、それに冒険者等から選抜した少数精鋭で、転移門を通ってただちに州都モエシアに向かうべきかと。そして可能であれば、“エレシュキガル”を名乗り、帝国に混乱をもたらそうとしているアルラトゥと、一気に決着をつけるべきと考えます」

「タカシ殿はともかく、殿下ご自身が向かわれるのは……」

「敵が設置した転移門を使用するのは、危険では無いでしょうか?」

「早ければ、明日にもモノマフ卿属州リディア総督からの返書が届くはず。やはりそれを待ってから動かれた方が……」


白熱した議論が行われたが、結局最後はユーリヤさんの熱意に皆が押し切られる形になった。

僕、ユーリヤさん、ターリ・ナハ、ララノアを固定メンバーとして、他、アガフォン中尉が駐屯軍から、冒険者ギルドのマスターであるマカールさんが冒険者達の中から、それぞれ選抜してくれたメンバーと共に、午後、準備が整い次第、州都モエシアに向かう事になった。



協議の後、そのまま参加していた有力者達と一緒に政庁で昼食を済ませた僕は、一人でシードルさんの屋敷に戻って来た。

ちなみにユーリヤさんは、同行者の選抜に関して、自分も立ち会いたいとの事で、そのまま政庁に残る事になった。

屋敷の中、割り当てられている部屋に戻って来た僕を、留守番をしてくれていたターリ・ナハとララノアが笑顔で迎え入れてくれた。

僕は早速二人に、午後、州都モエシアに同行してくれるよう話してみた。


「アリアさんとクリスさんを助けに行くのですよね? 私も是非同行させて下さい」

「ご……ご主人様を……命を……懸けても……お守り……」


快諾してくれたターリ・ナハに改めてお礼を言い、なんだか気負い過ぎな感が否めないララノアをなだめてから、僕は二人に地球の様子を見て来ると告げた。

州都モエシアに向かってしまえば、恐らく今日はもう、地球に戻ってティーナさん達と連絡を取り合う時間は無くなるはず。


「【異世界転移】……」


スキルを発動し、▷YESを選択した僕の視界が切り替わった。



戻って来ると、部屋の窓を叩く大きな雨音が聞こえてきた。

机の上の目覚まし時計は午後5時35分。

時刻の割に窓の外が暗いのは、この天気のせいだろう。

僕は部屋の電気を点けてから、充電器に繋いであったスマホをチェックした。

チャットアプリに、関谷さんからのメッセージが届いていた。



6月18日 12:28……


『戻ったら連絡下さい』



僕はスマホで関谷さんの電話番号をタップしようとして……思い直して、インベントリから『ティーナの無線機』を取り出した。

盗聴防止機能もついてるし、ティーナさんも含めて情報共有しておいた方が、時間節約にもなる。

僕は『ティーナの無線機』を右耳に装着すると、囁いてみた。


「ティーナ……」


すぐに彼女から返事があった。


『Takashi! もしかして、今戻って来たの?』

「うん。ティーナの方は今、大丈夫?」

『大丈夫よ。ちょうど今、シャワー浴び終わった所だから』


確かティーナさん、今はハワイのEREN(Element Reconciled with Emergency of the Nation;国家緊急事態調整委員会)関連の施設に詰めているはず。

こっちが夕方5時半で、確かハワイとの時差が19時間だから……

一生懸命計算していると、ティーナさんからの囁きが届いた。


『それよりどうしたの?』

「あ、そうそう、関谷さんから連絡欲しいってメッセージ届いていたからさ。彼女に連絡したいんだけど、グループトーク設定にしてもらっていいかな?」


関谷さんも僕が持っているのと同じ『ティーナの無線機』を持っている。

しかしティーナさんが持つ親機の方で設定第371話してもらわないと、やりとり出来ない仕組みになっている。


『Sure! 多分、あの件かも』

「あの件って?」

『直接聞いてみると良いわよ……設定したわ。どうぞ』


僕は改めてささやいた。


「関谷さん? 聞こえるかな?」


すぐに関谷さんの声が聞こえてきた。


『中村君? おかえり』

『関谷サン、こんバンわ』

『エマさんもこんばんわ』

「それで関谷さん、なんか僕に連絡したい事があるって、チャットアプリの方に来ていたけど?」

『あ、中村君、明日の夕方とか、時間、空いてない?』


明日……

時間が作れるかどうかは、アルラトゥとの件が今日中に決着付くかどうかによるけれど。


「明日の予定はまだ分からないけど、理由だけでも聞いていい?」

『このあいだ、こっちでも信頼出来る仲間を増やさないかって話、していたでしょ?』


そう言えば一昨日、近所の焼き肉屋で、三人でランチ第377話を食べていた時、そんな話が出ていた。


「あ、もしかして井上さんと茨木さん?」

『うん。とりあえず、美亜ちゃん井上美亜から……どうかな?』


なるほど。

さっきティーナさんが言っていた“あの件”って、この事だな。

恐らく関谷さん、事前にティーナさんとも相談したのだろう。


「いいんじゃないかな……そうそう、エマさんも来る?」

『そうデスね。もし時間が合エバ、私も是非ご一緒さセテモらえれバ』

『じゃあ決まりね!』


関谷さんの口調が心なしか明るくなった。

恐らく彼女が最も信頼しているであろう幼馴染と、異世界イスディフイがらみの話題を、共有出来るようになりそうなのが嬉しいのだろう。


「とりあえず、明日時間作れそうって分かったら、出来るだけ早目に知らせるよ」

『うん、お願いね』

「他に何か変わった事は無かった?」

『私の方は別に……エマさんは?』

『私の方モ、特に変ワッタ事は起こっテイナいでス』

「そっか。それじゃあ、そろそろ僕はあっちに戻るよ」

『うん。いってらっしゃい』


二人との会話を終えた僕は、再び【異世界転移】のスキルを発動した。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る