第440話 開戦


6月17日 水曜日54



僕がメルに話した“誰の命も奪わずにルキドゥスを防衛できそうな作戦”の概要はこうだ。


まず事前に、魔法或いは魔道具に長けたダークエルフ数名を選抜する。

その後帝国軍を挑発して、魔力砲でルキドゥスを内包する大樹を攻撃させる。

当然その攻撃は、メルが『精霊の詩』を歌って張り直した結界に阻まれ、大樹を傷付ける事は出来ないはず。

その様子をの当たりにした帝国軍は、多少なりとも動揺するはず。


その上で、先程選抜した人々と一緒に、メル(と僕)が、魔力砲の設置場所に“精霊の力”で移動する。

そこで間髪入れずに魔力砲ごと、遠隔地――霧境けっかい内部でかつ、帝国軍から十分距離が取れる地点――に移動する。

そこで魔力砲をゆっくり調べて、こちら側で使用可能と判断出来れば、ルキドゥスに持ち帰る。

魔力砲を持ち帰る事が出来れば、帝国軍に対して“威嚇射撃”――目の前の地面を砲撃でえぐり取って見せるとか――を行い、相手の戦意をくじく。


もし魔力砲の機構が複雑で、ルキドゥス側で有効活用出来そうになければ、帝国軍の眼前で上空数百mから落とす等の手段を用いて破壊して見せる。


いずれにせよ、帝国軍が当初予定していたはずの作戦計画は、大きく狂うはず。

指揮官として優秀と評されていたイヴァンなら、この段階で一度兵を引いて、作戦計画の見直しを行おうとするのではないか。

兵を引いてくれさえすれば、帝国軍が再侵攻してくるまでの時間を利用して、今度こそ全員で退避する。


メルからレイラに伝えられ、レイラの口からその場の人々に披露されたこの“作戦”についての検討が開始された。

討論の結果、作戦の概略は、おおむね皆の賛同を得る事が出来た。

しかし最後の“退避”に関しては、少なくない人々が最後まで抵抗した。


舞女みこ様の精霊の力があれば、強力な結界を張り続ける事が出来るんだろ? なんで退避しなきゃいけないんだ」

「帝国軍を退しりぞけた後は、舞女みこ様のお力で定理晶じょうりしょうことわりを書き換えて要石かなめいしを設置し直せば、奴らは二度とこの地に足を踏み入れる事が出来なくなるんじゃないのか?」

舞女みこ様は、この短時間でこんなにも精霊の力を使いこなせるようになってらっしゃる。奴らが再びこの地を侵そうとする頃には、もっと強力なお力を使用可能になっているはずだ!」


“アルラトゥ”が彼等をこの地に導いて500年。

慣れ親しんだ故郷を放棄するというのは、やはり簡単な話では無いのだろう。


しかし彼等の異論に対し、レイラを含めた守護騎士団の幹部達が冷静に反論していく。


「結界は1時間に1度張り直さなければならないそうだ。1日や2日ならともかく、まだ幼い舞女みこ様からお休み頂く時間を完全に奪う気か?」

定理晶じょうりしょうにより定められることわりは、先代様のみが知る秘中の秘であった。にもかかわらず、奴らはいとも容易たやす霧境けっかいを突破して侵入してきた。書き換えるのなら、より複雑なことわりを用意するべきで、そのためにはより大規模な儀式呪法を準備しなければならない。それは数日、或いは数週間かかるかもしれず、その間、舞女みこ様は結界の維持に専念出来なくなる。その状態で再侵攻を受ければ、全て振り出しに戻ってしまう!」

「我等が本来すべき事は、始祖ポポロより連綿と受け継がれてきた舞女みこ様の血脈をお守りする事であろう? なのに、今日初めて精霊の力をお使いになった舞女みこ様に過剰な期待を寄せ、守ってもらおう等と口にするのは、始祖ポポロに対する冒涜だ!」


どうやらこの地のダークエルフ達にとって、舞女みことは本来、“自分達を守ってくれる存在”では無く、“自分達が守るべき存在”であるらしい。

結局最終的にはメルが裁定を下し、僕が最初に出した案に近い形で議論は決着した。



この世界の太陽が地平線に差し掛かったところで、再び帝国軍から軍使が派遣されてきた。

型通りのやり取りの後、(こちらの予定通り)“交渉決裂”という事になり、軍使は再び帝国軍の陣営へと戻って行った。

メルは僕等に対し、張り直した結界は、大樹に対して行われる攻撃を5m程手前で全て阻止出来ると思う、と語った。

そのため、メル(と僕)、レイラ、そして数名の選抜されたダークエルフ達は、大樹内部に通ずる巨大なうろ付近に立ち、“その時”を待った。


やがて、イヴァンと魔力砲の様子を“精霊の力”を使って“視て”いるメルが口を開いた。


「イヴァンって人が、命令を出しています。まりょくほうはっしゃようい……はなて」


その直後……



―――パアアアアァァァァァンンン……



僕等が今居る場所から見て右斜め上方、一見すると何も存在しないかのように見える空間――大樹の外層からはちょうど5m程の距離が有る――で、何かが炸裂するような大きな音が響き渡った。


「魔力をはじいたわ!」


レイラが嬉しそうな叫び声を上げた。


「ああ、俺も見たぞ。不可視の壁が凝縮された強大な魔力の塊を粉みじんにした!」

「さすがは舞女みこ様だ! あんな結界、初めて見たぞ」


周囲のダークエルフ達が口々に歓声を上げた。

僕には何も見えず、何も感じ取れなかったけれど、どうやらメルが『精霊の詩』を歌って発動させた結界が、いかんなくその性能を発揮した、という事のようだ。


メルが再び声を上げた。


「イヴァンって人が、周りの人達と会話を交わしています。……なにがおこった? ぼうぎょけっかいにはばまれたのか? ……いえ、みちのりきばによってこうげきをぼうぎょされたもようです……」


未知みち力場りきば

つまり帝国軍が把握していない障壁みたいなので攻撃を防御され、少なからず戸惑っている、という事だろう。

それはともかく、メルによる次の結界更新まで、残り時間は40分を切っているはず。

それまでには、魔力砲を有効活用するか破壊するか、最終判断を下さなければいけない。


僕はメルにささやいた。


「レイラさん達に声を掛けて、早速、魔力砲を奪いに行こう」


メルは一度口をぎゅっと閉じた後、周囲の人々に声を掛けた。


「魔力砲の場所に向かいます。皆さん集まって下さい」


皆がメルを中心に円陣を組むように集まった。

僕も当然ながら、その輪の中に(文字通り)潜り込んだ。


メルが声を上げた。


「魔力砲の場所まで連れて行って!」


次の瞬間、すっかり馴染みの――ただし、慣れたとは一言も言っていない――浮遊感と急停止のおまけつきで、僕等は帝国軍のど真ん中に飛び込んだ。

あれが魔力砲であろうか?

全体に複雑な幾何学模様が彫り込まれた、金色に輝く砲台のような装置を目の端に捕らえた瞬間、再びメルが声を上げた。


「一番遠くに連れて行って!」


再び浮遊感に包まれ、尋常では無い速度で周囲の景色が流れ去る事数秒。

僕等の身体は再度急停止した。

僕の視界の中に、あの魔力砲が存在していた。

つまり、魔力砲を遠隔地へと奪い去る事に成功……



野太い怒声が響き渡った。



「貴様、一体何をした!?」


声の方向に視線を向けると……えっ!?



……イヴァンが右手でメルの襟首を掴み、持ち上げていた。



なんでここにイヴァンが!?

混乱する僕の視界の中、レイラ達がイヴァンに斬りかかった。


舞女みこ様を離せ!」


しかしイヴァンは右手でメルの襟首を掴んだまま、驚異的な体捌たいさばきでレイラ達をいなすと、左手にハルバートを構え直した。


「お前ら如きでは相手にもならんわ!」


イヴァンが片手でハルバートを横薙ぎにした。

血飛沫ちしぶきが上がり、僕等に同行していた魔道具に詳しいと話していた青年の上半身が、宙を舞った。


「ノイマン!」


誰かの絶叫が消える間も無く、次々と新しい血飛沫ちしぶきが上がっていく。

数秒後、その場に立っているのは――僕を除けば――イヴァンとレイラだけになっていた。


イヴァンの右手で吊り上げられた形になっているメルはピクリとも動かない。

一瞬にして締め落とされたのか、まさか……死……!


レイラが何かを唱えた。

彼女の周囲に複雑な魔法陣が次々と描き出されて行く。

それを目にしたイヴァンが小馬鹿にしたような表情になった。


「なんだ? 宴会芸でも俺に見せてくれるのか?」


次の瞬間、彼女の姿が三つに分かれ、そのまま三方向からイヴァンに襲い掛かった。

しかし……



―――ズシャ!



肉を断つ忌まわしい音と共に、彼女の首が飛ばされるのが見えた。

魔力で創り出されていたらしい彼女の分身体はたちまち掻き消え、彼女の首から下が、力なく地面に横倒しになるのを、僕はただ呆然と眺める事しか出来なかった。


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