第439話 夢幻
6月17日 水曜日53
「メル、今から僕の知り合いが結界を発動させた時の事を心に思い浮かべるからさ。メルは僕の心の中を読み取れないか、意識を集中してみてくれないかな?」
メルと同じダークエルフのララノアは、自分の知る“魔法陣を書き換える方法”を一瞬にして僕の
ティーナさんは、握手するだけで僕の記憶を読み取ることが出来た。
しかし僕の言葉を聞いたメルの目に、戸惑いの色が浮かんだ。
「え? でも私……そんな事、した事無いよ?」
「まあモノは試しって言うでしょ? それにメルは精霊達と話せるし、
「……分かった。じゃあ具体的にはどうすればいいの?」
「具体的に……」
改めて問われると、少々返答に困ってしまう。
僕自身、他人の心の中を能動的に読み取る能力も経験も持ち合わせてはいない。
とりあえず無難そうなアドバイスをしておこう。
「心を落ち着けて、僕と繋いだ手に意識を集中……」
ふいに視界が切り替わった。
足元に咲き乱れるは、この世の物とは思えない程美しい花々。
視線の先の地面は50m程で途切れ、その向こうに広がるは突き抜けるように青い空。
ここがどこなのか、なぜか僕は直感的に理解する事が出来た。
神樹第110層。
創世神が
庭園の中央部には、高さ10mはありそうな、闇よりも黒い
僕はなぜかその人物が何者であるかも、直感的に理解する事が出来た。
創世神エレシュキガル。
彼女の頭部、肩口へと流れる美しい黒髪の間からは、一対の角が突き出しているのが見えた。
その時になって、僕は彼女が何かを口ずさんでいる事に気が付いた。
……青き星に
生み出したるは美しき箱庭
『精霊の詩』
彼女が生み出したこの世界の、生きとし生ける者達全てに捧げられた誓いの賛歌。
「創世神様……」
僕では無い、ややあどけなさの残る声。
声に応じるかのように、エレシュキガルがゆっくりとこちらを振り向いた。
口元に浮かぶは慈愛に満ちた微笑み。
その口元が優しく動いた。
「ポポロ。またあなたは勝手に遊びに来て……」
「創世神様が寂しがっているんじゃないかな~と思って」
「私が寂しがる事
「でも、お一人だと退屈でしょ?」
どうやら僕は、ポポロと呼びかけられたこの少女の目を通して、周囲の情景を
突然、ポポロの記憶が流れ込んできた。
この世界に国境は存在しない。
魔族、エルフ、
そこに種族の違いによる差別は存在しない。
皆笑顔で人生を
ここはエレシュキガルが創造した理想郷。
彼女が
それは、彼女がこの世界に実体を伴って留まり続けるために、自ら定めた
…………
……
夢から覚めるように、ゆっくりと本来の視界が回復してきた。
気付くと、僕の顔をメルが
「大丈夫?」
「え? 何が?」
メルが心配そうな表情で言葉を返してきた。
「だって、なんだか心ここにあらずって感じで、すごくぼーっとしていたから……」
ぼーっと?
言われてみれば今、何か夢を見ていたような……
しかしそれは既に忘却の彼方へと去り、
と、ここで僕は本来の目的を思い出した。
「そうだ! メルは結界の張り方、僕の心の中から読み取る事出来た?」
メルが微笑んだ。
「タカシさんの心の中は読み取れなかったけれど、『精霊の詩』なら思い出したよ!」
「思い出した?」
メルが
「ポポロ様の記憶の中で、創世神様が歌っていたよ」
そう話すと、彼女が何かを口ずさみ始めた。
その美しい旋律は、
彼女の
ふいにメルの歌声が止まった。
同時に、キラキラ輝く何かがゆっくりと溶けるように消えていく。
彼女は不思議そうに
「出来た……かも?」
「出来た……って、もしかして結界?」
「うん。多分、これでしばらくは大樹を“まりょくほう”で傷付ける事は出来なくなったと思う」
「!」
それは朗報だ。
もし帝国軍が、他に大樹を破壊する手段を持ち合わせていなければ、少なくともこれでルキドゥス側の負けは無くなったのでは?
って、あれ?
しばらく?
僕はメルに問い直した。
「メルが今張った結界って、もしかして時間制限があるの?」
メルが申し訳無さそうな表情になった。
「うん。多分、1時間に1回位は、また歌って張り直さないといけないかも」
とは言え、これで当面の危機は去ったと言えるのでは?
僕はメルの頭を撫ぜた。
「それでも大したものだよ。だってメル、結界張ったのって生まれて初めてでしょ?」
メルがはにかむように微笑んだ。
「よし、急いで
総会が行われている街の中央広場に戻って来た僕達を――と言っても、実際はメルをって事だけど――人々は歓声を上げて出迎えた。
「
「精霊達は
「どうかそのお力で私達をお救い下さい!」
皆の様子からは、僕等が居ない間に何か妙案が出て、検討されていたって事は無さそうだけど……
僕はメルに
「まずは、僕等がここを留守にしていた間、
メルが
レイラが逆に問いかけて来た。
「精霊達との話し合い、どうなりましたか?」
メルはチラッと僕に視線を向け、僕が
「大樹の防御結界を補強する事が出来ました」
レイラの目が大きく見開かれた。
「本当ですか!?」
メルがこくりと
「多分もう、しばらくは、まりょくほうを使って大樹を傷付ける事は出来なくなったと思います」
―――オオオォォォ……
メルの声が届いた範囲を中心として、周囲からどよめきが起こった。
そんな中、レイラが声を
「しばらく……とは?」
「1時間位したら効果が切れると思うので、また張り直さないといけないと思うんです」
「分かりました。その際はまた、
「元々そのつもりなので、気にしないで下さい」
レイラが少し考える素振りを見せた後、再び問い掛けて来た。
「先程、
「多分、そうじゃないかなと」
「それは具体的にどのような物なのでしょうか?」
メルが少し遠くを見るような素振りを見せた。
数秒後、彼女が口を開いた。
「大きな石臼みたいな土台に……丸太みたいな金属の塊が乗っています……あのイヴァンって人がすぐ
恐らく“精霊の力”を使って、遠隔視みたいな事をしているのだろう。
彼女の話す内容からは、“まりょくほう”はやはり、僕の想像通り、“魔力砲”という兵器って事らしい。
おまけにメルの“視た”内容から推測すると、今、
ルキドゥスを内包する大樹を破壊し得る兵器である魔力砲……
1時間に1度張り直さないといけない結界……
僕は素早く考えを纏めてからメルに
「魔力砲って、何門あるのかな?」
「えっと……」
再び遠くを見るような素振りを見せた後、メルが言葉を返してきた。
「1個だけみたい」
「メルはその魔力砲、精霊の力を使えば遠くに運んだり出来そう?」
「う、うん。多分出来ると思うけど……」
ならば……
「今から僕が話す内容、レイラさん達にも伝えてみて」
そう前置きしてから、僕は“誰の命も奪わずにルキドゥスを防衛できそうな作戦”について、メルに話し始めた。
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