第437話 総会


6月17日 水曜日51



帝国軍の軍使が返答期限を通告してきた時、既に周囲の景色は茜色に染め上げられていた。

体感だけど、日没返答期限までに残された時間は、1時間を切っていそうであった。

帝国軍の陣営に向けて歩み去る三人の後姿に鋭い視線を向けながら、レイラが声を張り上げた。


「ロビン! ソロン! タイス! ミレイ!」


呼び声に応じるかのように、四人の男女がレイラのもとに駆け寄って来た。

四人のうちの一人、長身の男性がレイラに声を掛けた。


「準備のための時間を稼いだって事だな?」


レイラが唇を噛みしめながらうなずいた。


「見ての通り状況は極めて厳しいわ。こんな事ならあの時、張り倒してでも皆を退避させるべきだった」


“あの時”とは、レイラが住民達に退避について説得を試み、複数の人々から反論されていた時第433話の事を言っているのだろう。


「過ぎた事を悔やんでも仕方ない」


長身の男性が、帝国軍が布陣する方向に視線を向けた。


「奴らの布陣を見る限り、今からでは守護騎士団の全滅覚悟で強行突破を試みたとしても、退避は難しいだろう」

「とにかく一度ルキドゥスに戻って、早急に対策を立てましょう」


レイラの言葉にその場の皆がうなずいた。



数分後、数名の見張りを残してルキドゥス内部に戻って来た僕等――と言っても、実際は僕を除いたレイラやメル達って事だけど――を、大勢の住民達が取り囲んだ。


「おい、さっきの轟音はなんだ?」

「まさか奴らの攻撃、防御結界を突破したのか?」


幸いと言うべきか、大樹外層への攻撃は、内部に貫通してはいない様子であった。

ただしその衝撃と轟音は内部で大きく反響し、住民達の不安と恐怖を増幅する効果をもたらしたようだ。


レイラがメルにささやいた。


「総会の宣言を」


うなずいたメルが声を上げた。


「総会を開きます!」


人々のざわめきが次第に静まり、皆、思い思いにその場で腰を下ろした。

恐らく今から、この地に住むダークエルフ達全員――外の見張りも加えると、確かレイラは237名と口にしていた――で話し合い、この難局に対する打開策を模索する、という事だろう。


レイラがメルに再びささやいた。


舞女みこ様の口から、帝国軍の状況等、お話して頂けますか?」


硬い表情でうなずいたメルが、先程レイラ達に語ったのと同じ内容を話し始めた。

その場の雰囲気が、次第に張り詰めたモノへと変化していくのが伝わって来る。


僕は今の状況を頭の中で整理してみた。


帝国軍は総勢1千超。

ルキドゥスのダークエルフ達は総勢237名、その内戦闘に参加出来る者118名。

帝国軍の布陣は、既にダークエルフ達の安全な退避を不可能にしてしまっている。

帝国軍はルキドゥスを内包するこの大樹を傷付ける手段を持っている。

帝国軍を率いるイヴァンには魔法は通じない。

イヴァンの持つ武器は、傷付けた相手のMPを大量に消耗させ、その自然回復を阻害する効果が付いている。


ここから先は、僕の推測混じりだけど……


帝国軍には、魔族が参加している可能性が高い。

帝国軍の将兵達の武器にも、魔法にけた者の能力を阻害する効果が付与されている可能性がある。


恐らく帝国軍は事前にルキドゥスについて――“アルラトゥ”の存在、ルキドゥスを内包する大樹に施された防御結界も含めて――何らかの方法で入念に調べ上げ、周到な準備を行い、必勝の態勢を整えて侵攻してきている可能性が高い。

このような状況下で、ダークエルフ達がこの危難を乗り越えるには……


退避……は、レイラ達の様子、言動をかんがみるに現実的な解決策にはなり得ないだろう。

籠城……も大樹の外層を破壊する手段を相手が持っている以上、下手したら軍使達の言葉通り、大樹ごと吹き飛ばされて全滅って結果に終わりかねない。

ならば出撃して戦う?

人数にして10倍の敵に対して?

こちらの攻撃手段や防御態勢に関して、全て対策されているかもしれないのに?


暗澹あんたんたる気分が僕の心を侵食していく。

やはり軍使が告げて来たとおり、降伏するしかないのだろうか?

降伏すれば全員では無いにせよ、何人かは確実に生き残れるだろう。

ただし人としての尊厳を奪われ、消耗品のように使い捨てにされる奴隷として、だけど。

この危難を救えるのは、言葉通り、神の奇跡を祈る位しか……ってあれ? 待てよ?


帝国軍がルキドゥスについて調べ上げていたとして、それは今日、彼等が侵攻して来る直前の状況のはず。

その後、ルキドゥス側に生じた“変化”については、把握していないのではないだろうか?

メルが“精霊の力”を使用したのは、帝国軍がこの地に侵攻してきたあとの事だ。

つまり帝国軍は、メルの“精霊の力”については把握していないのでは?


ノエミちゃんは精霊の力を使用して、凄まじいバフ第47話を僕に掛けてくれた。

エレンは神樹の間で『精霊の詩』を歌って、アールヴの魔導士達が束になっても突破不能な結界を展開第250話した。

“アルラトゥ”は精霊の力を使用して“ワームホール第416話”を作り出した。

今こそ、レイラがメルに投げかけていた問い――“精霊の力を使えば、他にどのような事が可能でしょうか?”――の答えを、メルから聞き出す時だ。


ちょうどメルの話が終わり、レイラが議事進行を引き継いだ時点で、僕はメルにささやいた。


「メルが精霊の力を使う時って、具体的にはどうやってるの?」


僕に話しかけられる事を予期していなかったのか、それとも緊張でガチガチに固まっていたのか、メルの身体がピクっと小さくねた。

それに気付いたらしい、メルから見て僕とは反対側の位置にはべる、若いダークエルフの女性がメルに気遣きづかうような声を掛けた。


舞女みこ様? どうかされましたか?」

「な、何でもないです」


メルは傍目はためから見ても不自然な作り笑いを浮かべながら、そう彼女に言葉を返した後、僕の方に顔を向け、ささやき返してきた。


「具体的にって?」

「例えば何か念じたり、呪文を唱えたり……」

「そんな事してないよ。ただお願いしているだけ」

「お願い……それって何かコストはかかっているの? 例えばMPを消費するとか」


メルが寂しげな表情で首を振った。


みんな友達だから、見返りなんか無しで手伝ってくれてるよ。それに私、MPゼロなんだ。魔法も使えないし……」

「そうなんだ……」


そう言えばメルは魔法に関して、他の同世代の少年少女達から小馬鹿第420話にされていた。

さすがに彼女のMPがゼロっていうのは予想していなかったけれど……

それはさておき、コストをようさず、MPゼロでも使用可能な“精霊の力”。

つまり“精霊の力”とは、僕達の世界地球では知られていない、“魔法ではない”未知の力。

だとすれば……!


かすかな希望の光を見つけた気がした僕が、勢い込んでメルに問い掛けようとしたタイミングで、再びメルの向こう側にはべる若い女性がメルに声を掛けて来た。


舞女みこ様、先程からどなたと話されていますか?」


メルがあわてた様な表情になった。

僕の姿も声も認識出来ていないらしいその若い女性からすれば、メルが見えない誰かとひそひそささやき合っているように見えたのだろう。

僕が助け舟を出す前に、メルが答えていた。


「せ、精霊達と……ちょっと相談を……」


まあ、僕も精霊も認識出来無いって点では……ってあれ?

さっきも似たような事思わなかったっけ?


それはともかく、メルの言葉を聞いた女性の表情がパッと明るくなった。


「精霊達と!」


彼女がレイラに言葉を掛けた。


「レイラ、舞女みこ様が精霊達と相談なさっているわ」


その声が届いた範囲内の人々の視線が一斉にメルに集まった。


「そうだ、新しい舞女みこ様は精霊の力を使用出来るじゃないか!」

「始祖ポポロは精霊の力を以って、数々の奇跡を成したと伝承されている!」

「新しい舞女みこ様にもきっと強大なお力が!」

舞女みこ様! どうかそのお力で私達をお救い下さい!」


周囲から上がる声が次第に大きく、熱を帯びて行く。


「皆! 静かに!」


レイラと、他に数人のダークエルフ達――恐らく守護騎士団の幹部達だろう――が、騒然とする皆を鎮めようとやっきになるも、一度火の着いた熱狂は収まるどころか、むしろ大きくなっていく。


元々は僕達がきっかけを作ってしまったとは言え、時間も無いし、意味のない騒ぎは早く収まって欲しいんだけど……

メルに“自己紹介第434話”をしてもらった時のように、声を上げてもらおうか?


しかし肝心のメルの方は、沸き起こる熱情の渦を前にして、すっかり委縮してしまっているように見えた。


仕方ない……


僕は、メルにささやいた。


「メル、斉所さいしょに行こう」

斉所さいしょに?」

「うん。メルと精霊の力について、もう少し確認したい事があるんだ。君の力を上手く使えば、今の事態を切り抜けられるかもしれない」


メルの目が大きく見開かれた。


「ホント?」


僕は力強くうなずいて見せた。

帝国軍が把握していないはずの“精霊の力”は、上手く使えばこちら側の切り札になるはずだ。


「レイラさんに、精霊達と静かに話をしたいから、斉所さいしょに行って来る。10分以内に戻るって伝えて」

「分かった」



1分後、僕とメルとは、“精霊の力”で斉所さいしょに向かう事になった。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る