第434話 追憶


6月17日 水曜日48



しばらくして落ち着きを取り戻したらしいメルが、少し恥ずかしそうにしながら僕から身を離した。


「ごめんなさい」

「謝る事無いよ」


そう。

こんな混乱した状況下で、自らに与えられた使命に真正面から向きあおうとしている彼女には、むしろ賞賛の言葉こそふさわしい。


「それで、“継承の儀”は?」


とどこおりなく終わったのだろうか?


僕の問い掛けに、メルがこくんとうなずいた。


「終わったよ。儀式の中で舞女みこ様が色々教えてくれて、あと……ポポロ様の記憶も見せてもらったよ」


やはり“アルラトゥ”は自らの運命を正確に予見し、自身が立ち会えない場合に備えて事前に色々準備をしていたようだ。

僕自身が“儀式”を体験したわけじゃないから推測になるけれど、“アルラトゥ”自身の知識や人格をコピーしたナビゲーターみたいなのを用意してメルを導いたのかも。

それと、メルが口にした“ポポロ”は確か、エレシュキガルによって最初に力の一滴を分け与えられたというエルフの少女の名前だったはず。

そんな彼女の……


「記憶を? 見せてもらった?」

「うん。記憶の中の創世神エレシュキガル様は、とても優しくて温かくて……創世神様のもと、魔族もエルフも人間ヒューマンも獣人もドワーフも、みんな、にこにこ仲良く暮らしていたよ」

「にこにこ仲良く……」


僕はその表現に強烈な違和感を抱いた。

500年前のあの世界で、魔王エレシュキガルは“世界の真実だ第160話”、といって僕に一つの幻影を見せてきた。



それは“エレシュキガルにより創造された世界”、イスディフイ。

魔族を頂点とする徹底した階級社会。

世界の中心には神樹がそびえ立ち、その最上層の空中庭園には、“創世神エレシュキガル”が、実体を伴う姿でこの世界に留まっている……

元々、より高次元の存在であったエレシュキガルが、この世界イスディフイに実体を伴う姿で留まり続けるには、代償コストを払う必要があった。

最も簡便かつ豊富に獲得出来る代償コストとしてエレシュキガルが目を付けたのは、創造物人々の持つ強い想念であった。

創造物人々から強い想念を搾取するのは、実に容易であった。

創造物人々にあらかじめ植え付けておいた根源的な欲望――支配、名誉、嫉妬、羨望……

それらは少し後押ししてやるだけで増幅され、悪意、憎悪と言ったもっと強力な想念を生み出していく。

こうして、エレシュキガルはこの世界イスディフイに留まり続け、時に世界に干渉し、自身の無聊ぶりょうを慰めてきた。



あの幻影の中で目にした、かつてこの世界で生きていたであろう人々は、決して“にこにこ仲良く”暮らしてはいなかった。

エレシュキガルが実体のままこの世界に留まる。

ただその代償コストを払うためだけに、植え付けられた負の感情を増幅され、それをしぼり取られる。

まるで全ての人々の魂が牢獄に繋がれたかのような、いびつな世界。

だからこそ、この世界の人々は立ち上がったのではなかったのか?

この世界に突如として干渉してきたイシュタルと、彼女にくみした人々によって、自分は一度、この世界から放逐された、とエレシュキガル自身が語っていた。

そこに“にこにこ仲良く”なんて表現が入り込む余地が有るとは到底思えない。


ところがメルは微笑みながら言葉を返してきた。


「うん。みんな、幸せそうだったよ」

「そう……なんだ」

「だけど……」


ふいにメルの表情が曇った。


「今、エレシュキガル様は事情があって、創世神様の座から降りてらっしゃるんだって」

「それもポポロ様の記憶の中で見たの?」


メルがふるふると首を振った。


「違うよ。舞女みこ様が、儀式の中で教えてくれたの」

舞女みこ様は、具体的にはなんて?」


エレシュキガル自身は、自らの地位創世神の座をイシュタルに簒奪された、と語っていたけれど。


「確か……あれ?」


メルが何かを思い出そうとするかのように眉根をしかめた。


「どうしたの?」

「聞いたはずなのに、思い出せない。そう言えば舞女みこ様……“儀式の中で見聞みきききしたもの全ては、今は理解しなくても良い。メルが大きくなって、しかるべき時が来れば、あかしを持った者が現れる。そしておぬしとエレシュキガル様とのえにしつなぎ直すだろう。だからその時まで、今日伝えた話は、メルの心の奥底に大事に仕舞い込んでおくぞ”って話していたっけ……」

「メル、その……」


口から出かかった言葉を、しかし僕はあわてて飲み込んだ。

“アルラトゥ”が何を彼女に伝え、何を思い出せないように“仕舞い込んだ封印した?”のか不明な現状、エレシュキガルについて、僕の知る情報を安易に彼女に話すのはまずい……ような気がする。


「何?」


メルが不思議そうに小首をかしげた。


「なんでもないよ。それより……」


僕は簡単に“外”の状況について説明した。


「そんなわけで、僕がここに来る直前まで、ここの皆は退避しようとしていなかったんだ」


僕の話を聞き終えたメルの顔が強張こわばった。


「分かった。舞女みこ様の言うとおりにするよう、皆に話してみる」


彼女が口にした“舞女みこ様”は、恐らく“アルラトゥ”の事だろうけれど。


「今はメルが舞女みこ様で“アルラトゥ”って事だよね?」


僕の問い掛けにメルがハッとしたような顔になった。


「そうだった」


メルが不安そうに僕を見上げてきた。


「どうしよう……」


僕は出来るだけ笑顔でメルに言葉を返した。


「メルなら大丈夫。だってさっき、今からどうするか、自分で話していたでしょ?」


まずは皆の所に戻り、新しい“アルラトゥ舞女”の名のもと、皆に退避するよう説得するのが彼女の“初仕事”になるはずだ。


「僕も一緒に居るからさ」

「分かった」


硬い表情だったけれど、ともかくメルはうなずいた。

彼女は僕の手を取ると、何かをつぶやいた。

瞬間、僕の視界は切り替わった。



切り替わった先には、大勢の人々が集まっていた

素早く周囲の状況を確認すると、どうやら僕等は大樹に内包されたルキドゥスのど真ん中、先程レイラとその他の男性達が言い争っていた広場の中央付近に立っているようであった。

驚いたような雰囲気の大勢の視線が僕等――と言っても、実際は認識してもらえない僕では無く、メル一人にって事になるのだろうけれど――に集まった。


「メル?」

「お前、今、いきなりここに現れなかったか?」

「お前がルペルの森で見付けた人間は、今、ここに攻め込んできている連中の仲間だったのか?」

舞女みこ様はどうした?」

「精霊の力を使えるというのは本当か?」


矢継ぎ早に、無秩序に投げかけられる質問の数々。

メルの目が、彼女の心の内を表すかのごとく、せわしなく動き回るのが見えた。

僕はそっとメルにささやいた。


「メル。まずは自己紹介から始めようか?」

「自己……紹介?」


僕はうなずいた。


「新しい舞女みこの誕生を皆に知らせるんだ」


メルは目を閉じると一度大きく深呼吸した。

そして再び開かれた彼女の瞳から、動揺の色は消えていた。


「聞いて下さい!」


“アルラトゥ”から引き継いだであろう“舞女みこ”としての能力が成せるわざなのか、それとも元々メルに備わっていた素質なのか。

とにかく、メルの幼いながらりんとした声音こわねは、周囲の喧騒を一瞬でしずめる事に成功した。


「私は今日、舞女みことしてのお役目と“アルラトゥ”の名を、先代様から引き継ぎました」


周囲がどよめいた。


「新しい舞女みこ様にメルが……」

「先代様は……」


彼等の問いに答えるようにメルが言葉を発した。


「先代様の魂は、創世神様の御許みもとかえりました。今、私達は重大な試練に見舞われています。先代様からの言伝ことづてです。ただちにこの地を退避して……」

「大変だ!」


突如広場に駆けこんできた男性の声が、メルの言葉を中断させた。


「帝国の大軍およそ1千が攻め寄せて来た!」

「何だって!?」


周囲は再び混乱の渦に巻き込まれて行った。





――◇――◇――◇――



謎の解説者:さあみんな! お待ちかね、降霊の臭わせ開設だよ?

謎の聞き手:最早清々しいレベルでの誤字はさておき、あなたは誰ですか?

謎の解説者:今回のポイントは、このお話の時点で、メルはエレ神様がなんでソーセージを病めさせられたのか知らないってトコだね。

謎の聞き手:無視かよ! ゴホン。誤植レベルに用語がおかしな点はさておき、なんでそこがポイントなんでしょうか?

謎の解説者:ところがみんなも知っての通り、介抱者のアルラトゥはちゃんとイシュタルを散髪屋って読んでたよね?

謎の聞き手:どうでもええけど、あんた、会話する気あらへんやろ?

謎の解説者:なんで“アルラトゥ”は、この時点では、エレ神様がソーセージを病めるきっかけについてメルに伝えなかったんだろうね~。気になるぅ~~

謎の聞き手:……ごめん。ぶっちゃけ、あんまおもんないし、帰ってもええかな?



……連日の暑さに相当程度脳みそを焼かれてしまった作者の戯言ざれごと、読み流して頂ければ幸いです。



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