第435話 助言


6月17日 水曜日49



「ど、どうしよう……」


混乱する周囲の雰囲気にすっかり呑まれてしまった様子のメルが、震える声でつぶやくのが聞こえた。

僕は彼女にささやいた。


「落ち着いて、メル。まずは状況を確認しよう」

「状況って?」


不安そうな表情でメルがこちらを見上げてきた。

僕は今からメルに説明すべき事項を、頭の中で組み立てながら彼女に言葉を返した。


「僕がここに戻って来た時、多分、守護騎士団だと思うんだけど……100人位の武器を持った人達が外で警戒に当たっていたんだ。まずは彼等の……」


アールブ神樹王国にも似た名称の組織――光樹守護騎士団――が存在していた。

彼等を率いていたのは、レベル90を越える騎士団長のイシリオン第86話

この地の守護騎士団にも当然……


「騎士団長というか、指揮官に会いに行こう」


メルの表情がゆがんだ。


「騎士団長は……ドルメスさんはもう……」


しまった!

イヴァンと最初に接触し、彼に殺されたらしいドルメスの無残な姿第427話が脳裏によみがえって来た。

どうやら彼がこの地の守護騎士団を率いていたらしい。

とにかく、とっくに容量オーバーを起こしているであろうメルの幼い心が、今、完全決壊するのはなんとしてでも阻止しなければならない。


僕は出来るだけ優しい口調で彼女に語り掛けた。


「だけど、他の守護騎士団の皆は、外で警戒に当たっていた。という事は、ドルメスさんの遺志を引き継いだ誰かが頑張っているはず。そうだ! 副団長とか、そういうドルメスさんと一緒に仕事をしていた人って、誰か知らないかな?」

「レイラさんとか、ロビンさんとか……」


彼女が複数の名を挙げた。


「それじゃあ、レイラさんの所に行こう」


その名を口にしたのは、単に僕が“レイラ”という人物を一方的に――なぜなら向こうは僕を認識すら出来ないだろうから――見知っているからって理由なんだけど。

しかしメルが戸惑った様子になった。


「でも、レイラさんがどこに居るのか分からないよぉ……」


僕は周囲を見渡した。

彼女は、僕が斉所さいしょに向かう前、この付近で人々にここから退避するよう説得を試みていた。

しかし今、混乱して駆けずり回る人々の中に、レイラらしき姿は見当たらない。

説得を諦めて、外で帝国軍に抗戦しようとしているのかもしれない。


「じゃあ精霊達に頼んで、レイラさんの所に連れて行ってもらおう」


メルがハッとしたような顔になった。


「そっか、そうだよね……」


やはり余裕を無くしているのだろう。

どうやら彼女の頭の中から、“精霊達に手伝ってもらう”という選択肢は、すっぽり抜け落ちていたようだ。


メルが僕の右腕にしがみついてきた。

僕等の周りに不思議な光が集まり、渦となって取り巻き始めた。

メルが叫んだ。


「レイラさんの所に連れて行って!」

............

......



「メル!?」


何度体験しても慣れそうにない浮遊感と急停止のおまけつきで到着したのは、ルキドゥスを内包する大樹の外、内部に通ずる巨大なうろから十数m程離れた場所であった。

そんな僕等――と言っても、認識してもらえているのはメルだけのはずだけど――をレイラと、彼女と共に立つ武装した数人のダークエルフ達が、驚いたような顔で出迎えてくれた。


「どうやってここへ……そうか、精霊の力ね?」


メルが小さくうなずいた。


「あなたが斉所さいしょを出てここへ来たという事は……」


そこで一度言葉を切ったレイラの表情が一瞬にして引き締まった。


彼女は事前に“アルラトゥ”からメルを後継者に指名した事、自らの死をきっかけとして開始される“継承の儀”に備えさせるため、メルを斉所さいしょに待機させる事等を聞かされていた。

そんな中、今ここに“アルラトゥ”ではなく、メルが現れた。

恐らく彼女は、彼女自身の聡明さによって、一瞬の内に全てを理解したのであろう。


レイラはメルの前で膝を折ると、こうべを垂れた。

それを目にした他のダークエルフ達も次々とレイラにならった。

レイラが皆を代表するかのように声を上げた。


「我等守護騎士団、新しい舞女みこ様を変わらずお守りする事、創世神様と始祖ポポロの名に懸けてここにお誓い申し上げます」


メルが戸惑とまどった雰囲気で僕にそっと視線を向けて来た。

そんな彼女に僕はささやいた。


「まずはさっきも話した通り、状況を確認しよう。具体的にはこちら側の戦力と、今からでも退避は可能かどうか聞いてみて。それと、イヴァンの危険性……魔法が効かない事や、手にしている武器の効果についてもレイラさん達に教えてあげて」


話しながら、何とも言えないおかしさが込み上げてきた。


今僕がメルにあれこれ助言しているのって、普段、ティーナさんが僕に対してしてくれている事と同じ……


彼女ティーナさんは僕が困ったりつまずいたりした時、求めれば必ず助け舟を出してくれていた。

そんな言わば、漫才に例えればいつもはボケ担当の僕が、今はツッコミ役をやらざるを得なくなっている。


僕は喉元まで込み上げて来ていた奇妙な笑いを噛み殺した。

“アルラトゥ”は、この世界は僕にとっては過ぎ去りし幻影にすぎないと語っていた。

彼女の言葉通り、この地で出会ったほぼ全ての住人は僕を認識すら出来ず、僕の方も彼等を認識出来ても、触れる事は出来ない。

リアルな3Dムービーの再生映像を見せられているかのようなもどかしい状態。


しかし一方で、僕はメルと触れあい、彼女に助言を与える事の出来る状態にある。

ならば僕が最善手さいぜんてを助言し続ける事さえ出来れば、この地のダークエルフ達の運命を書き換える事も不可能ではないはずだと思うのは、僕の単なる思い上がりだろうか?


僕の複雑な胸の内を知るよしも無いはずのメルが、レイラに問い掛けた。


「今、外で戦えそうな人達の人数を教えて下さい」


レイラが少し驚いたような顔でつぶやくのが聞こえた。


「あのいじめられて泣いているだけだったメルが……」


つぶやきを途中で飲み込み、立ち上がったレイラが言葉を返してきた。


「ルキドゥスに住まう同胞の人数は、舞女みこ様も入れて237名。その内、守護騎士団は58名。他、戦うすべを心得ている者60名。合わせて118名が我々の戦力と言う事になります」


メルがチラッと僕の方を見た。

そして僕がうなずくのを確認してから、再びレイラに問い掛けた。


「それではその118名が帝国軍を足止めしている間に、他の人達が退避する事は可能でしょうか?」


レイラが難しい顔になった。


「ご覧下さい」


レイラが指差した方向には、帝国軍の将兵達と彼等が掲げる複数の旗幟きしひるがえっているのが見えた。

彼等の一部は既に巨木の森を抜け、ルキドゥスを内包する大樹がそびえる草原に進出していた。

彼我の距離、約100m程。

横に広く整然と散開する動きを見せてはいるけれど、何故なぜかこちらには、それ以上近付いてくる様子は見られない。

レイラが言葉を続けた。


「イヴァンと名乗っていたあの男、個人的な武勇のみならず、指揮官としても相当に優秀と思われます」

「優秀?」


レイラがうなずいた。


「千を超える兵力をようしていながら、今の所、こちらに対し、無秩序に攻撃してくる様子を見せていません。それどころか、恐らく我等の退路を断つため、慎重に布陣を整えている様子がうかがえます」


つまり、今から退避する事は不可能という事だろう。

ならばどうする?

退避できなければ防衛して、勝機を見出すしかないって事になる。


レイラの言葉を聞いたメルは真っ青になっていた。

僕は、今にも倒れそうな雰囲気の彼女の右手を優しく握り締めた。

そしてそっと彼女にささやいた。


「メル、戦いは数だけでは決まらないよ。街の防衛に関して、レイラさんに何か考えがあるはずだから聞いてみて」


彼女の雰囲気からして、完全に無策というわけでは無いはずだ。

メルが震えそうになる声を懸命に抑え込みながらレイラに問い掛けた。


「レイラさんはどうするべきだと思いますか?」


レイラが振り返り、背後にそびえ立つ大樹を指差した。


「ルキドゥスは、先代様がほどこされた防御結界に護られています。外壁の破壊は人間ヒューマンごときの魔力ではまず不可能。ですから……」


話しながら、レイラが今度はルキドゥス内部に通じる巨大なうろを指差した。


「全員でルキドゥス内部に立てこもり、侵攻して来る奴ら帝国軍を我等が入り口で阻止します。舞女みこ様もご存知の通り、内部に通じる入り口は、あの一ヵ所だけです。千を越えようとも、あの狭い入り口を通過出来るのは一度にせいぜい十数名。つまり我等はその十倍の戦力、118名で奴らを迎撃出来る計算になります。奴らが強攻をあきらめ、兵糧攻めを選択したとしても、ルキドゥス内部には畑等も御座います。今年は豊作でしたし、年単位で包囲されても一向に困りません」


聞いている限り、なかなかの妙案に思えた。

だからこそ、僕は違和感を抱いた。


ならばなぜ“アルラトゥ”は籠城では無く、退避にこだわった?



―――ドゴオオオォォン!



何の前触れも無く、突然轟音が響き渡った。

見上げた先、僕等の視界の中、破壊不能なはずの大樹の外壁の一部に、えぐり取られたような穴が開いていた。


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