第418話 邂逅
6月17日 水曜日32
「私も同じ啓示を受け取った。そしてこの能力を与えられた」
僕にとっては衝撃的なその言葉を、しかし彼女は何気ないような雰囲気で口にしながら、ゆっくりと地面にしゃがみ込んだ。
そして何かを拾い上げてから再び立ち上がった。
彼女は拾い上げた何かを右の手の平に乗せると、僕の方に差し出してきた。
それはちょうど形も大きさもアーモンドの種のような、しかし少し褐色に色づいた半透明の宝玉のような物体であった。
彼女が優しい口調で語り掛けて来た。
「これは『追想の琥珀』。ここ、
その唐突な行動の真意を計りかねていると、彼女が微笑みながら言葉を続けた。
「手に取って確かめてみてはどうだ? 真の創世神様に選ばれし異世界の勇者なら、この琥珀からなにがしかの情報を引き出せるかもしれんぞ?」
僕は少し逡巡した後、結局彼女の手の平に乗せられた琥珀を手に取った。
風が冷たく吹き抜けるこの場所と違い、その琥珀にはなぜか温かみが感じられた。
しかし現時点ではそれ以上の情報は引き出せそうにない。
エレンかノエミちゃんにでも見せれば何か分かるかもしれない。
もしくは物の来歴を“視る”事の出来るユーリヤさんに……
いや待て。
そもそも
僕は琥珀に視線を落としたまま、心の中に浮かんだ疑問をそのまま彼女に投げかけた。
「……なぜこれを僕に?」
微笑みを浮かべたまま、彼女が答えた。
「最初に断っておくが、こんな事をしてもしなくても、私に“視えている”未来は変わらない。けれど……」
彼女は試すような視線を僕に向けて来た。
「けれど知っておいて欲しかったから」
「知っておいて? 何を?」
「この地で何が起きたのか。光の勇者が救った世界の片隅で、光の手の平から
彼女の言葉を聞いた瞬間、僕はふいにある男が発した言葉を思い出した。
―――どうだ勇者よ? これが、お前が救った世界の真の姿だ! 光が闇を打ち払う? 打ち払われるべき闇は、お前等ヒューマン……
それは
知らず動悸が激しくなっていく。
「お前は何を言って……」
しかしその言葉を言い終える前に、僕の視界は唐突に暗転した。
…………
……
―――つんつん
小鳥のさえずり、木々のざわめき
―――つんつん
降り注ぐ光は暖かく、頬を撫ぜる風は柔らかいけれど、同時に何か固い物が頬を……
―――つんつん
って、違う!
僕は思い切り飛び起きた。
飛び起きてから気付いたけれど、僕はどうやらいつの間にか地面に倒れていたらしい。
地面に降り積もった針葉樹の落葉が、僕がついた手の重みで柔らかく沈み込んでいるのが伝わって来た。
上半身を起こした姿勢のまま頭上に視線を向けると、空を覆い隠すように巨木が林立しているのが見て取れた。
樹冠の隙間からは、天空で高く輝いているのであろうこの世界の日の光が漏れ注いできている。
一体何が起こった?
体感的にはついさっきまで、夜中、漆黒の闇の中、光球のみが照らし出す林間の小さな広場でアルラトゥと会話を交わしていたはず。
それが気付けば、おそらく真っ昼間、どこかの森の中で倒れていた……
「【看破】……」
しかし周囲の情景に変化は生じない。
という事は、やはりここはアルラトゥと会話を交わしていた同じ森の中?
そして僕は今の今まで気絶していた?
それとも、またいずこかの――ネルガルとは時差のある――地に転移させられた?
そもそもアルラトゥはどうなった?
混乱する思考を追い出そうと、無意識に頭を振った時、僕はすぐ
10歳前後であろうか?
幼さの残る顔立ちのその少女の銀白色の髪は、肩口で綺麗に切り揃えられていた。
綺麗な紅い瞳には、
彼女の褐色の手には小枝が握り締められていた。
もしかして、さっきの“つんつん”は、彼女の仕業?
樹木の葉や枝を素材としているらしい不思議な緑の服を身に
「誰……ですか?」
一瞬、なんと答えようかと悩んだけれど、結局僕はそのまま自己紹介を試みた。
「僕の名前はタカシ。え~と……冒険者なんだけど、ルーメルって分かる?」
少女はふるふると首を振った。
「ここって、ネルガル、だよね?」
少女は少し首を
「耳!」
「耳?」
耳がどうかしたのだろうか?
突然少女が叫んだ事で少々不安になった僕は、自分の両耳に手を当ててみた。
しかし特に異常は感じられない。
「耳がどうかした?」
僕の再度の問い掛けに、少女がおずおずといった感じで言葉を返してきた。
「丸い耳」
丸い耳……
言われてみれば、銀白色の髪から突き出ている少女の耳は随分切れ長だ。
褐色の肌に切れ長の耳。
彼女の特徴は、この世界でいうところのダークエルフに当てはまる。
それはともかく、僕は
僕は苦笑しながら言葉を返した。
「多分、種族の違いだと思うよ」
「種族の違い?」
「うん。僕は
僕の言葉を聞いた彼女の瞳の
彼女はお尻を地面につけたまま、僕から距離を取ろうとするかのように、
「い、いじめないで……」
確かネルガルでは、“自由人”のダークエルフは存在しないと
しかし見たところ、少女の首には『奴隷の首輪』は見当たらない。
年齢的に首輪を付けるのを免除されているのか、それとも彼女はいわゆる『
状況がよく分からないけれど、とにかく彼女からすれば、“
僕はとりあえず、出来るだけ笑顔で優しく語り掛けた。
「心配しないで。僕は君をいじめないよ?」
「……でも、丸耳の
「それはこの国の
この国どころか、この世界の人間でもないけれど。
「クニ?」
少女が首を
「国って言うか、“帝国”? かな?」
ネルガルに来て出会った人々は、この大陸を制覇する統一国家の事を、単に“帝国”って呼んでいた。
「テイコク……?」
少女が再び首を
まだ幼そうだし、ネルガルを制覇する
「まあとにかく、君を決していじめたりしないよ。もしいじめるなら、もうとっくにそうしているでしょ?」
少女はしばらく僕を値踏みするかのような視線を向けてきた後、ふっと息を吐いた。
彼女が少し落ち着きを取り戻すのを待ってから、改めて問いかけてみた。
「ところで、ここがどこだか分かる?」
「ここはルペルの森だよ」
「ルペルの森?」
地名だと思うけれど、さっぱり分からない。
「え~と、繰り返しになるんだけど、ここはネルガル大陸のどこか、なのかな?」
「ネルガル?」
少女が首を
う~ん……彼女の幼さゆえにネルガル大陸という言葉を知らないだけか、本当にここがネルガル大陸では無いのか判断がつかない。
質問を変えてみよう。
「君の住んでいる街とか村の名前って聞いてもいい?」
「ルキドゥスだよ」
知らない地名。
もう少し情報収集を……
「そこにはその……ダークエルフしか住んでいないのかな?」
彼女が
「そうだよ。でも
「
「うん。ルペルの森の向こう」
彼女が林立する巨木の奥を指差した。
「
話しながら、なぜか少女の言葉が尻すぼみになって行く。
それはともかく、今収集できた情報を“彼女”に伝えれば、少なくともここがどこだかもう少し分かるかもしれない。
僕は“彼女”に念話で呼びかけた。
『エレン……』
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