第417話 F級の僕は、アルラトゥと語り合う


光から見捨てられた世界の片隅で、誰かがそっとつぶやいた。


しろ”は手に入れた。

“監獄”とそれをこじ開ける“カギ”ももう間もなく……



6月17日 水曜日31



アルラトゥの後を追うようにして“ワームホール(?)”に思わず飛び込んでしまった瞬間、僕の視界は暗闇に包まれた。


漆黒の闇……


そんな言葉がぴったりな状況の中、僕は一瞬、上下も含めて方向感覚を失いかけた。

しかしすぐに、自分の足が地面を踏みしめている事に気付く事が出来た。

周囲からはかすかに木々のざわめきが聞こえ、ひんやりとした風が頬を撫ぜて行く。

どこか屋外に“転移”してしまったのかもしれない。

そう言えばアルラトゥはどうなった?

彼女を追いかける形でここに来た以上、彼女もまたすぐ近くに居るのではないだろうか?

依然として視覚が回復しない中、僕はそれ以外の五感――視覚を除けば“四”感って事になるかもだけど――を使って周囲の状況を探ろうと試みた。


と、突然僕の右斜め上方であかりがともった。

まぶしさに目を細めながら光源の方に視線を向けると、僕から数m離れた位置に、人の頭ほどの大きさの白く輝く光球が一つ浮いていた。

光球の唐突な出現は、僕の心の中の警戒レベルをさらに引き上げた。

しかし同時に、周囲の状況もある程度把握出来るようになった。

僕は右手の中のヴェノムの小剣(風)を構え直した。

そして改めて周囲に視線を向けた。


そこは巨木が林立する森の中の小さな広場と言った感じの場所であった。

地面は落葉した針葉樹の葉で覆われていた。

背後を振り返ってみたけれど、僕が、そしてアルラトゥが通り抜けてきたはずの“ワームホール(?)”の存在は確認出来なかった。

ふいに声が聞こえた。


「ようこそ、失われたアミッスス・楽園パラディーススへ」

「!」


声の方に視線を向けると、ちょうど数m離れた場所から、アルラトゥが僕の方へゆっくり近付いて来るのが見えた。


「【影分身】……」


たちまち光球に照らされ揺らめく僕の影の中から、【影】が3体出現した。

同時にインベントリも呼び出した。

アルラトゥが口元に笑みを浮かべた。


「勇者よ。ソレ【影】で私の自由を奪えないのは先程証明してみせたであろう? それより話がしたい」

「黙れ!」


僕は周囲を取り囲むように出現させた【影】のうち一体に、インベントリから取り出したEREN製の拘束着を手渡した。

そしてアルラトゥの“捕縛”を指示しながら、同時に別のスキルを発動した。


「【置換】……」


僕とアルラトゥの位置が瞬間的に入れ替わった。

つまりアルラトゥは“おそらく”予期せぬまま、僕の【影】3体に取り囲まれる位置へと移動した。

そこに、僕の【影】3体が三方向から飛び掛かった。

アルラトゥがユーリヤさんの部屋で、どのような手段で僕の【影】を掻き消したのかさだかでは無いけれど、この“ゼロ距離からの奇襲”はかわせないはず。

加えてアルラトゥの首に、装着者のレベルを最大でも50以下に抑制出来るという『奴隷の首輪』がいまだ装着されたままである事もあらかじめ確認済みだ。

つまりERENの拘束着――A級レベル90以下を拘束可能――で簀巻すまきにすれば、こいつを捕縛する事が出来るはず。

これからどうするかは、そのあと、ゆっくり考えよう。


しかし……


僕が見守る中、【影】達は、まさにアルラトゥにつかみかからんばかりの姿勢のまま、途中でなぜか完全に静止してしまった。

アルラトゥが微笑みを浮かべたまま、右手を振った。

その瞬間、僕の【影】は3体とも掻き消されてしまった。


―――バサッ……


保持者を失ったEREN製の拘束着が、針葉樹の落葉で敷き詰められた地面に落下した。

アルラトゥはそれを拾い上げると、僕の方に再び近付いて来た。


「なかなかの工夫だ。さすがは勇者といったところか」


彼女は僕の近くまでやってくると、EREN製の拘束着を僕の方に向けて無造作に投げて来た。


「だがいかに工夫を凝らしたとしても、私を拘束する事は不可能だ」


彼女に視線を固定したまま、僕は素早くEREN製の拘束着を拾い上げた。


「なぜお前を拘束出来ないと言い切れる?」


アルラトゥがいかにも面白い事を聞いたかのように、くくっと笑った。


「なぜ? その答えは既に知っているはずではないか」


答えを?

知っている?

どういう事だ?


首をひねる僕の様子を確認するかのように少しのを置いた後、アルラトゥが言葉を繋いだ。


「『その何者かは、先読みの能力を持っているかも』、そうお前の仲間が話していたではないか」


それは以前第373話、僕との念話の中でエレンが口にした、“エレシュキガル”の能力についての一つの可能性だ。

という事は、やはりこいつが“エレシュキガル”という事だろうか?

エレンの予想通り、こいつはノルン様の如く、未来を幻視第249話……

いや、その前に!

こいつはなぜ、僕とエレンしか知らないはずの念話で交わされた言葉の一語一句を、正確に再現出来るのだ?

そもそも未来を幻視したからといって、先程の僕の攻撃を無効化出来る理由になるとは思えないのだが?


混乱する僕を尻目に、アルラトゥが話を続けた。


「ただ、どうやらお前達は少々思い違いをしているようだ」

「思い違い?」


アルラトゥがうなずいた。


「お前達は私がアールヴの女王の如く、未来を幻視した、そう考えているのであろう?」


僕は答える代わりにアルラトゥを睨みつけた。

だが続いて発せられたアルラトゥの言葉は、僕を驚愕させた。


「私は未来を“幻視”したのではない。そんな漠然とした形ではなく、直接この目で“て”“る”事が出来るのだ」

「なっ……!?」

「近い未来は鮮明に、遠い未来は朧気おぼろげに。そしてこの私の力は世界の壁を越えて発動される……」


未来を?

しかも世界の壁を越えて?


「ルーメルの魔法屋で魔道具にあらかじめ仕掛けをほどこし、この地にお前達をいざなった。モエシアを占拠して結界を張り、お前達がこの地を早期に去るのを妨害した。お前の世界に干渉する為、嘆きの砂漠で儀式呪法を発動した。トゥマの街をモンスターに襲撃させ、その混乱を利用してアリアとクリスをつかまえた。そして今、お前による拘束をかわして見せた。全てはこの能力によるものだ」


アルラトゥの告げる内容は、もしそれが真実であるならば絶望的な事実を僕に突き付けてきている事に、今更ながら気が付いた。

次の瞬間に発生する事象、交わされる会話、念話含めて全てがあらかじめ分かっていて、そしてそれら全てに対処出来る高い能力を持っている。

そんな相手を、どうやって斃す事が出来るというのだろうか?

かつてないほど、顔が強張って行くのが自覚出来た。

アルラトゥが微笑みを浮かべたまま言葉を掛けて来た。


「そう怖い顔をするな、異世界の勇者よ。最初に断っておくが、私は未来永劫お前と戦うつもりはない。そもそも私達が戦わねばならない理由など、最初から何一つ存在すらしないとも言い切れる」

「ならばお前の目的は何だ? 何のために僕をこの地に転移させた? 何の為にアリアとクリスさんを攫った?」

「全ては世界をあるべき姿に戻すために」

「お前の言うあるべき姿とは……」


僕はふいに、あの500年前の世界でエレシュキガルが語っていた内容を思い出した。

あの時エレシュキガルは……


回想の中で語られるはずであった言葉を、期せずしてアルラトゥが引き継いだ。


「あなたにチャンスを与えましょう。その代わり……」


息を飲む中、アルラトゥが言葉を継いだ。


「……その代わり、私が世界を取り戻すのを手伝いなさい」


それは無力なF級としてアルゴスになぶり殺されそうになっていた僕を救い、この世界イスディフイと関わるきっかけをもたらした言葉。

そして500年前のあの世界を、紅蓮の炎で焼き尽くそうとしていた魔王の口からこぼたれた禍々しい言霊ことだま


僕はあえぐように問いかけた。


「なぜお前がそれを?」


これもこいつの言う、未来を“て”“る”能力の成せるわざによるものなのだろうか?


アルラトゥが微笑んだ。


「私も」

「私も?」

「私も同じ啓示を受け取った。そしてこの能力を与えられた」

「なっ……!?」


アルラトゥの突然の“告白”に、僕は絶句してしまった。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る