第416話 F級の僕は、ユーリヤさんがアルラトゥからの報告を聞くのに立ち会う


6月17日 水曜日30



それから約20分後、“準備”を終えた僕等のもとに、屋敷で働くメイドさんに連れられてアルラトゥがやってきた。

ちなみにターリ・ナハは、アルラトゥを警戒させる可能性が有るとして、一足先に退出していた。

だから今この部屋の中にいるのは、ユーリヤさん、スサンナさん、ポメーラさん、そして僕の合わせて四人だけだ。


部屋の中に招き入れられたアルラトゥは、ユーリヤさんの姿に気付くとひれ伏した。


「アルラトゥ、お召しにより参上いたしました」


ユーリヤさんは先程までのけわしい雰囲気を微塵みじんも感じさせないような笑顔で、アルラトゥに声を掛けた。


「お立ちなさい。この部屋には私達しかおりません。そうかしこまる必要は無いですよ」

「で、ですが……」


アルラトゥは少し逡巡しゅんじゅんする素振りを見せていたけれど、ユーリヤさんに再度うながされてようやく立ち上がった。

僕等に順に視線を向けてきた彼女の顔には、戸惑とまどいのような表情が見て取れた。


そんな彼女に、ユーリヤさんは微笑みを浮かべたまま話しかけた。


「今日の捜索について、現場でそれぞれ働いてくれたおもだった者達から一人一人話を聞かせてもらっているのです」


アルラトゥのみをここに呼んだ理由を、ユーリヤさんはあらかじめ皆で打ち合わせていた通りの言葉で説明した。


「あなたが今日、捜索の中で見聞みきききした内容、或いは感じた事等、細部も漏らさず話して下さい」

「かしこまりました……」


アルラトゥが今日の捜索について話し始めた。

時系列に従って語られるその内容には、迷いが感じられなかった。

彼女自身の聡明さがうかがい知れるような理路整然とした“報告”は、10分程で終了した。

しかしやはりというべきか、その中のどこにも『二人の想い(左)』に関する出来事は出てこない。

一切口を挟むことなくアルラトゥの“報告”を聞き終えたユーリヤさんが、やや首をかしげる素振りを見せた。


「これで全てですか?」


アルラトゥがうなずいた。


「申し訳ございません。本日もタカシ様の大事なご友人方の……」

「アルラトゥ」


ユーリヤさんが、アルラトゥの言葉をさえぎるように口を開いた。


「もう一度聞きますが、これで全てですか?」


アルラトゥがその場に平伏した。


「申し訳ございません。私の知る限りの事はお話いたしました」


その瞬間、アルラトゥが平伏するまさにその場所の床が発光した。

どうやら事前の打ち合わせ通り、あらかじめ床に敷かれた絨毯の下に設置されていた“封力の魔法陣”を、ユーリヤさんが作動させたようだ。

そして僕も事前の打ち合わせに従って、【影】を1体召喚した。

僕の命ずるまま、【影】は滑るようにアルラトゥに近付くと、そのまま彼女を床に押し付ける形で拘束した。

アルラトゥが混乱したような声で叫んだ。


「わ、私が一体何を!?」

「アルラトゥ……」


ユーリヤさんが静かな声で彼女に語り掛けた。


「あなたのステータスを確認する必要が有ります」

「ステータスを!? で、でしたらこのような事をなさらなくても、お調べいただけるはず!」


この世界、ステータス値やスキル、それに使用可能な魔法等を調べる魔道具――地球で言う所の精密検査第14話に使うような装置――は、一般にも普及しているようだ。

僕もこの世界に来たての頃、ルーメルの冒険者ギルドで冒険者登録する際、測定してもらった第4話事が有る。


ユーリヤさんがアルラトゥに言葉を返した。


「あなたの能力が私達の想定以上であった場合、この街の測定器では役に立たない可能性があります。少なくとも州都の大聖堂に設置されているクラスの測定器を使用しなければ、正確な事は分からないでしょう。例えば……」


ユーリヤさんは、アルラトゥの反応を確かめる様な素振りを見せながら言葉を続けた。


「あなたがインベントリを使用出来るかどうか、或いは、声質をいつわる事の出来るスキルや魔法を持っているかどうか、といった点について、私達は確認する必要が有ります」

「わ、私はそのような能力……」


口ごもるアルラトゥに、ユーリヤさんが優しい口調のまま語り掛けた。


「自首は情状酌量の対象となります。最後にもう一度だけ聞きますが、私達に“伝え忘れている事”はありませんか?」

「おゆるし下さい! おゆるし下さい!」


悲鳴にも似た声で哀願するアルラトゥを横目で見ながら、ユーリヤさんが僕に声を掛けて来た。


「ではタカシ殿、お手をわずらわせますが、アルラトゥに拘束着を……」


その言葉に応じて、以前にもアルラトゥを拘束するのに使用していたEREN製の拘束着を取り出そうと、僕がインベントリを呼び出すのとほとんど同じタイミングで、アルラトゥが立ち上がった……


って、えっ!?


思わず二度見してしまったけれど、僕の【影】に床の上で組み伏せられていたはずのアルラトゥは、確かに立ち上がっていた。

一瞬、なんらかの要因で【影】の維持に支障が生じたのかとも思ったけれど、僕の【影】は、いまだに彼女の背中に健在なのが確認出来た。

【影】は僕に命じられた通り、再びアルラトゥを拘束するべく、なんとか彼女を床に引き倒そうとしていた。

しかしなぜかそれは功を奏していない。

全てのスキルや魔法を封じる事の出来る――レベル依存はあるだろうけれど――はずの封力の魔法陣の上に立つ小柄なダークエルフの女性を、レベル104の僕と同等のステータス値を持つ【影】が拘束出来ない!?


僕は素早く、アルラトゥからユーリヤさんをかばう位置へと移動した。

そして、呼び出していたインベントリからヴェノムの小剣(風)を取り出し、右手に構えた。


そんな僕に、アルラトゥがまっすぐ顔を向けて来た。

彼女の顔からは、先程まではそこに存在していたはずのおびえや混乱と言ったたぐいの表情の一切が消え去っていた。

彼女の能面のような無表情の中で、二つの紅い瞳だけが燃えるように輝いていた。

その紅い瞳と視線が交わった瞬間、僕は以前にも感じた強烈な違和感に襲われた。

彼女はしばし何かを考える素振りを見せた後、まるで羽虫を払うかのように右手を振った。

その瞬間、僕の【影】は掻き消されてしまった。

僕はアルラトゥに問いかけた。


「お前は……“エレシュキガル”なのか?」


僕の声は知らず震えていた。


「お前がアリアとクリスさんをさらったのか?」


返答はなく、代わりにアルラトゥの眉根がかすかに動いたように感じられた。

そして彼女はつぶやいた。


「さて……どちらを選ぶべきか……」


僕の背後に立つ形になったユーリヤさんが、やや緊迫した雰囲気でささやいてきた。


の者が精霊の力を使おうとしています」

「精霊の力?」


その時、アルラトゥが口を開いた。


「どうやら茶番はここまでのようだ」


しかしその声は、僕等の知るアルラトゥのものでは無かった。

それはまぎれもなく、『二人の想い』を介して僕に接触第402話してきた声。

そしてあの時第306話、天空に映し出された幻影が発した、ネルガルの征服を高らかに宣言したあの声!


自分の心臓の鼓動が極限まで強く大きくなっていくのを感じる中、アルラトゥの顔に不敵な笑みが浮かぶのが見えた。


「やはり選ぶのは今まで通り、お前達に任せるとしよう」


そう彼女が口にした直後、彼女の下ろされた両手の内、背後に向けられた右の手の平を中心にして、空間が歪み始めるのが見えた。

彼女の背中の位置で生じたその歪みは、たちまち巨大な渦を巻きながら銀色に輝く等身大の鏡のような何かに変貌した。

ゆらめく陽炎のような縁取りがなされたそれは……!


「……ワームホール……?」


思わず口からつぶやきがれた。

ティーナさんがいつも展開するそれとそっくりな見た目の何か。

アルラトゥが再び口を開いた。


「短い間ではあったが楽しかったぞ、異世界の勇者よ、そして帝国のモドキ姫。また会おう」


彼女が背後の“ワームホール(?)”に飛び込むのが見えた瞬間、僕もまた、衝動的にその“ワームホール(?)”へと飛び込んでいた。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る