第419話 焦燥
6月17日 水曜日33
『エレン……』
僕の念話による呼びかけに対して、いつも通りすぐにエレンの返事が……ってあれ?
なぜかエレンの“声”が聞こえない。
おかしいな?
念話も“発信に失敗“とかあるのだろうか?
『エレン……』
しかし再度の呼びかけにも応答がない。
そのまま数秒、“耳をすませて”いる内に、僕の心の中の不安感が急速に膨れ上がって来た。
まさか、エレンと念話で連絡が取れなくなっている?
しかもこのタイミングで?
エレンは
その結界は内部の二人に対して、数日以上の絶飲食を問題にしない恩恵をもたらすのと同時に、外部からの干渉は一切排除する強力なものだと聞いている。
しかし今、このタイミングでエレンと連絡がつかないという事実は、僕の心を
単に念話が不調で連絡が取れなくなっているだけ?
或いは、外部から結界を破ろうとしていたアールヴ神樹王国側の試みが成功してしまった?
ここで目を覚ます直前、アルラトゥが語っていた言葉が思い起こされた。
―――ルーメルの魔法屋で魔道具にあらかじめ仕掛けを
アルラトゥは起こる未来を鮮明に“
その言葉がもし事実であるならば、今、エレンと念話を交わせなくなっているこの状況も、全てアルラトゥの思惑通りという事だろうか?
とはいえ、さすがにアルラトゥがエレンやノエミちゃんをどうこうは……いや待て!
アルラトゥは、アリアはともかく、少なくとも
ということは、アルラトゥ自身がなんらかの手段を使って、エレンやノエミちゃんを拘束している可能性も!?
膨れ上がり過ぎて抑制の利かなくなった不安感が身体の中を駆け巡り、全身から冷汗が吹き出してきた。
どうしよう? どうしよう? どうしよう?
自分でもはっきり認識できる位泳いでしまった視線の端に、ふいにあのダークエルフの少女の姿が飛び込んできた。
彼女は当惑したような雰囲気で僕に視線を向けてきていた。
彼女の姿を目にする事で、僕の心は束の間、落ち着きを取り戻す事が出来た。
僕は無理矢理笑顔を作って彼女に声を掛けた。
「ごめんね。ちょっと考え事をしていて……」
僕は結果的に彼女を放置状態にしてしまった理由を、そんな風に説明してみた。
彼女が、なぜかためらいがちに口を開いた。
「あの……タカシさんは、
「そうだよ」
まあこの世界の基準に合わせれば、少なくとも僕はダークエルフでは無い。
「あの……どうやってここに?」
「どうやって……」
彼女の言葉を
確か彼女は、
ならばなぜ見た目
それを考えれば、一度くだけていた口調が再度丁寧語に戻っているのも、その辺りが関係しているのかも、
ってそんな考察はともかく、その疑問は他でもない、僕自身の疑問でもある。
“ワームホール(?)”を潜り抜けた先の暗い森の中で、アルラトゥと話をしていて、気付いたらここに居た。
ここが、アルラトゥと話をしていたあの森の中と同じ場所なのかどうかを含めて、僕は判断する
つまり、ここ――彼女の
仕方ない。
正直に伝えよう。
僕は出来るだけ笑顔を維持したまま、彼女に語り掛けた。
「実は覚えていないんだ」
「覚えて……いない?」
小首を傾げる彼女に、僕は
「知り合いと話をしていたら、気付いたらここで目を覚ましていたって感じなんだ」
色々
彼女が大きく目を見開いた。
「それじゃあ、どうやって帰るの?」
どうやって……
彼女の言葉が、改めて自分の現状を再認識させてくれた。
このままエレンと連絡を取れないなら、少なくともルーメルに戻るためにはこの地域を周囲から隔離しているであろう
いやその前に、そもそも
自然、顔が強張って来た。
僕の様子に気付いたらしい彼女が少し気の毒そうな顔になった。
「もしかして、帰れなくなってる?」
それは彼女の聡明さと子供らしい無邪気な(僕にとっては)残酷さが入り混じった言葉。
僕は引きつった顔で無理に笑顔を作りながら言葉を返した。
「どうもそうみたいだ」
彼女が気の毒そうな顔のまま提案してきた。
「
「
「
!
それは願ったりかなったりの申し出だ。
「じゃあお願……」
言いかけて僕はハタと気が付いた。
「一応聞くけど、今までこの場所に僕以外の
彼女が首を振った。
「分からない。私にとっては生まれて初めて会う
「え~と、確認なんだけど、ダークエルフにとって
彼女が少し口ごもりながら言葉を返してきた。
「その……皆が言うには、私達を
「実際
「話だけは……だけど500年前、
彼女の話は、僕の心を著しく暗くした。
「それじゃあ、僕が君の住む街……ええ~と……」
「ルキドゥス」
「そう、そのルキドゥスに行ったら、皆、僕の事警戒するんじゃないかな。ほら、
警戒されるだけで済めばいいけど、最悪攻撃される可能性……って、考え過ぎだろうか?
僕の言葉を聞いた彼女が少し思案顔になった。
「じゃあ、タカシさんは街の外で待っていて、それで私が
それは中々の名案に感じられた。
「そうしようかな。それじゃあここで待っていればいい?」
彼女は何かに集中するような素振りを見せた後、口を開いた。
「大丈夫だよ。皆もいいよって言ってるし」
「皆?」
彼女の言葉がやや奇妙に感じられて、僕は思わず聞き返してしまった。
ここに居るのは僕とこの少女の二人だけのはずだけど?
彼女が慌てたように口を開いた。
「あ、その……皆っていうのは……ここに……」
しばらく逡巡した後、彼女は意を決したように言葉を続けた。
「実はここに……精霊達がいるの」
そう口にした後、彼女はなぜか僕に探るような視線を向けて来た。
精霊。
光の巫女をはじめ、アールヴ神樹王国の王族達のみが交信出来る謎多き存在。
エレンも魔族でありながら精霊を視て言葉を交わせるって話していたけれど。
「そうなんだ」
僕は軽い感じで言葉を返した。
どのみち、今の僕には認識出来ない存在だ。
彼女が少し不思議そうな雰囲気になった。
「笑わないの?」
「笑う? なんで?」
「だって精霊、見えないでしょ?」
「確かに見えないけど、“視える”っていう知り合いは何人かいるからね」
エレンにノエミちゃん、ノルン様にノエル様、あと、もしかしたらユーリヤさんも少しは視えてるんじゃないかな。
僕の言葉を聞いた彼女の顔が
「私以外にも見える人……ちゃんといるんだ」
彼女が元気よく立ち上がった。
「じゃあ行って来るね」
「行ってらっしゃい」
走り去る彼女の姿が樹幹の向こうに消えるのを待ってから、僕はスキルを発動した。
「【隠密】……」
そのまま僕はすぐに彼女の後を追いかけた。
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