第410話 F級の僕は、ティーナさんと“精霊”との会話を聞く


6月17日 水曜日24



「こんにちは、“精霊”さん。“地球人”のエマです」


ティーナさんの自己紹介に釣られるように、関谷さんも口を開いた。


「初めまして。私も……地球人の関谷詩織です」


どうやら“精霊”の声は、二人にも届いているらしい。


―――ああ、別に名乗らんでも良いぞ。わらわはおぬしらに興味は無いからのう。


“精霊”が言葉を返しているけれど、聞きようによっては随分な言い方だ。

しかしティーナさんはそれを気にする風でも無く、“精霊”に問いかけた。


「少しお話、聞かセテ頂いテモ宜しイデスか?」


―――あとにせい。今は忙しいのじゃ。それよりタカシよ。


“精霊”は本当に興味無さそうにティーナさんとの話を切り上げると、僕に呼びかけて来た。


―――早速じゃが、『精霊の鏡』に右の手の平をかざすのじゃ。


「右の? 手の平を?」


―――早うせい。おぬしと契約を交わさねば何も始まらん。


どうやら、『精霊の鏡』に手の平をかざす事が、“精霊”の口にする契約とやらと関係してそうだけど。


「……確認ですけど、つまり、僕が『精霊の鏡』に右の手の平をかざすと、あなたは鏡の中から解放される、という事ですか?」


―――まあ、わらわの解放というか、おぬしと契約を結ぶ儀式のようなものじゃ。先程申したであろう? 無事わらわの封印を解除してくれれば、おぬしのエレシュキガル討伐を手伝う、と。


この“精霊”の言う“儀式”とやらを行う事で、“精霊”の封印解除と僕との契約の両方が同時に行われる、という事だろうか?

いや、しかし……


僕は右手に持つ灰褐色の手鏡――『精霊の鏡』――を改めて観察してみた。

何の変哲も無い、百均で売っていそうな取っ手付きの手鏡。

コレははたして、本当に『精霊の鏡』なのだろうか?

そして今、僕等に話しかけてきている“精霊”は、かつてエレンが僕に教えてくれた第231話精霊と同一の存在なのだろうか?

そういやこの“精霊”、エレンの事を知っているような口振りだった。


僕が今頭の中に沸き上がって来た疑問を口にする前に、ティーナさんが“精霊”に話しかけた。


「“精霊”サン、改めて確認しテオキたいのデスガ、“あなたの認識”では、ここは神樹第100層のゲートキーパーの間という事で合ってイマスか?」


―――何を当たり前の事を聞いておる。ほれ、そこにゲートキーパーのブエルもおるじゃろ?


「ブエルって、あの、転げ回っテイル炎の球の事デスカ?」


ティーナさんの言葉通り、『精霊の鏡』を僕にスリ盗られた後も、ブエル(?)は広間の中央付近で、変わらず出鱈目な動きを見せている。


―――何をわけの分からん事を……


“精霊”の声音こわねには、明らかな苛立ちの色が混じっている。


―――タカシよ、急いで契約を済ませて、さっさとエレシュキガルを討伐しに行くぞ。


「汝、なにゆえに虚言を口にせしや?」


!?

今のはティーナさんだ。

しかしこの口調、もしや“イスディフイ語”を使用した?

彼女の“イスディフイ語”は、先生ゲートキーパーの影響で、いつも芝居がかった口調になっている。

もっとも、僕の持つ【言語変換】のスキルのせいで、僕には彼女がイスディフイ語を使ったとしても、全て日本語に聞こえる第2話のだが。


ともかくティーナさんの“言葉”に、“精霊”が思いのほか反応した。


―――おぬし、今、なんと申した?


「聞こえぬか? 虚言を並べ立てる理由を申せと言っておる」


―――虚言とはなんじゃ? 言いがかりもはなはだしいわ!


「なるホド。イスディフイの言葉は分かルヨウでスネ?」


ティーナさんの口調が戻った。

日本語での発声に戻したらしい。


―――ここはイスディフイじゃ。イスディフイの言葉が分からんでは、かえって不自然であろう?


う~ん、“精霊”さん、ツッコむならそこじゃ無いと思うんだけど。


「でスガ、あナタガ真実を隠して私達の大切な仲間と契約しよウトスるのを、黙って見テイルわけにハイキません」


―――なんじゃ? まさか、おぬし、わらわと契約したいのか? 悪いがわらわはこの男にしか興味は無い。


若干ズレた感じの言葉を返す“精霊”を気にする素振りも見せず、ティーナさんが話を続けた。


「まずあナタノ認識の間違いを指摘さセテ下さい。ここは神樹第100層でハアリマせん。それドコロか、イスディフイですラナイはずデス」


―――おぬし、気は確かか? 『精霊の鏡』を持つゲートキーパー、ブエルが陣取る場所がイスディフイの神樹第100層以外のどこだというのじゃ?


「ここがドコナのか、先程、私達の仲間の中村サンが説明した通り、私達にも正確には分カリマせん。でスガコこがイスディフイでは無く、私達の世界のいズコカの地点である事だケハ断言できマス」


―――そんなはずは……あ、いやいや、おぬし、断言できるも何も、ここがどこだか分からぬと口にしておるでは無いか?


「ここがイスディフイでは無い事が分カルノは、私の持つスキルによるモノダ、とだけ説明さセテ下さい」


ティーナさんは、僕等の世界――いわゆる“地球”上――のあらゆる地点にワームホールを開く事が出来る。

そして以前、僕がイスディフイで使用した【ティーナの重力波発生装置】に呼応して、イスディフイにワームホールを開こうとして失敗した第223話

ティーナさんと関谷さんは、この謎の空間に、ティーナさんが開いたワームホールを通ってやってきた。

ティーナさん的には、ワームホールで訪れる事が可能な場所イコール地球上のどこか、といった認識なのだろう。


―――むむ……やはり初期設定に……さてはイシュタルかエレシュキガルが……


“精霊”がなにやらブツブツつぶやき出した。

そういやこの“精霊”、さっきも設定がどうたら言ってなかったっけ?


―――と、とにかくじゃ、わらわはタカシと契約してエレシュキガルを討伐すると決めておるのじゃ。邪魔するでない!


それ、僕の意見は?

というツッコミを入れる間も無く、ティーナさんが言葉を返した。


「邪魔するツモリはありマセン。あナタカら真実を教えてモライたいだケデス」


―――真実も何も、別にぬしらをだまそうとかそんなよこしまな考えは持っておらぬ。


「ブエルの事をゲートキーパーだ、と話しテイマしたね」


ティーナさんが突然話題を変えた。


―――そうじゃ。だからこそ、ここは……


“精霊”の言葉をさえぎるように、ティーナさんが言葉を続けた。


「ゲートキーパーは、一種の試験官でスヨね? 挑戦者が、神樹第110層に御座所ござしょを構エル創世神にマミエル資格を持つかドウカを試す……」


富士第一98層のゲートキーパー、シトリーと対峙した時、ゲートキーパーの存在意義について、シトリー自身がそんな風に説明第389話していた。


―――まあ、そうみたいじゃな。詳しくは知らんが。


“精霊”もその言葉を否定はしない。


「でハナぜ、ブエルは斃せナイ“設定”になっテイルのでしょウカ?」


ティーナさんは、どういう意図かは分からないけれど、はっきり、“設定”という言葉を使った。

そしてティーナさんの言葉を聞いた“精霊”が、明らかに狼狽ろうばいした様子になった。


―――お、おぬし、なぜそれを……あ、いやいや、どうしてそう思ったのじゃ?


ティーナさんが一度僕に悪戯っぽい視線を向けた後、その問いに答えた。


「実は先程、『精霊の鏡』をスリ盗る前に、中村サンに静止したブエルを攻撃しテモラいましタ。詳細は省きマスが、その攻撃は命中すレバ問答無用に対象のHPの9割を削れルハズでした。とコロガ……」


ティーナさんが“精霊”の反応を確認するかの如く、言葉を区切った。

しかし“精霊”は言葉を発する事無く、ただ狼狽した雰囲気のみが伝わって来た。


「……ブエルのHPは、1ミリたリトモ削る事が出来マセンでした。といウヨリ、私の観察では、元々ブエルにはHPの設定自体がナサレていなカッタようデシタ。あなタハソの事について事前に知っテイタ。そうデスヨネ?」


―――★♪△◇※□!?


よほど狼狽したのか、“精霊”が意味の取れない叫び声を発した。


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