第409話 F級の僕は、手鏡をスリ盗る事に成功する


6月17日 水曜日23



「“精霊”の提案に乗っテミマシょう。『精霊の鏡』が入手出来レバ、今私達に生じテイル異常な現象を理解すル糸口になるかモシレマせんし」


ティーナさんの言葉にうなずいた僕は、“精霊”に語り掛けた。


「分かりました。それでは今からブエルに体当たりを試みてみます」


―――うむ。宜しく頼む。少々無理をしたせいか、わらわは疲れた。しばらく休むゆえ、首尾よく精霊の鏡を手に入れたならまた声を掛けてくるが良い。


それっきり、“精霊”の声は聞こえなくなった。

まあ元々、『精霊の鏡』に封じられているから外部への干渉には多大なエネルギーが必要だった、とかそういう感じなのだろう。


それはともかく……

僕は改めて、この謎の空間を猛スピードで転げ回っているブエル(?)に視線を向けた。

今までの観察から、ブエル(?)の動きのパターンについて、僕なりに気付いた点がいくつかある。

一見、無秩序に見えるブエル(?)の奇妙な動き。

しかしそれは、ある一定範囲――大体直径20m程の円形――内におおむね留まっている。

今の所その範囲を大きく逸脱して、僕等が今居る場所まで突進してきたりする気配は無い。

そしてその動きは直線的であり、一定範囲内の端に到達すると、速度を全く落とす事無く鋭角に急ターンしているように見える。

これなら僕から能動的に体当たりしに行かなくても、あの範囲内に突っ込んで行くだけで、必ずブエル(?)の方から衝突体当たりしてきてくれそうだ。


障壁シールドの展開を頼もうとティーナさんに視線を向けるのとほとんど同じタイミングで、彼女から声を掛けられた。


「中村サン、【影】を1体召喚して下サイ」

「【影】を?」


ティーナさんの意図が読めず、僕は一瞬首をひねってしまった。


「“精霊”は、障壁シールドを展開しタマまブエルに体当たリスればブエルの動きが止マル、と話しテイタのでスヨネ?」


そう。

だから障壁シールドで護られた僕が……

そう考えて、ティーナさんの意図に気が付いた。


「もしかして、僕の代わりに障壁シールドで護られた【影】に体当たりを任せる?」


ティーナさんは自分自身だけではなく、例え対象が無生物でも、大きささえ許せば、障壁シールド包み込んで第255話しまう事が出来る。

はたしてティーナさんが微笑んだ。


「その通りデス。“精霊”の話しぶリカラすれば、“ブエルが障壁シールドに護らレタ何か”に衝突スル事が、ブエルの動きを止めるポイントになっテイルように聞こエマス。ならば、障壁シールドの“中身”は何でモイイはずです。そレニ……」


ティーナさんは話しながら、関谷さんに悪戯っぽい視線を向けた。


「……正体不明の“精霊”の言葉を全部真に受ケテ、万一中村さんが大怪我でモシタら、悲しむ人がココに居るでショ?」

「そ、そうですよ! もちろん中村君の怪我は私が全力で癒すけど、怪我しないのが一番だし……」


……関谷さん、ティーナさんがからかい半分で口にした言葉を、そんなに真剣に受け止めなくてもいいと思うよ。


とは言えない僕は苦笑しながら二人に言葉を返した。


「了解。ブエル(?)の動きを止める事が出来たら、【置換】で【影】と入れ替わって、『精霊の鏡』を【スリ】盗って……」


ところが、ティーナさんは僕の言葉を手で制してきた。


「? どうしたの?」

「ブエルの動きを首尾よく止める事が出来タラ、『精霊の鏡』をスリ盗る前に試シテ欲しい事が有りマス……」

…………

……



1分後、僕はティーナさんとの事前の打ち合わせ通り、緑の魔弓フェイルノートに死の矢をつがえていた。

視線の先で、ブエル(?)が凄まじい速度のまま障壁シールドで護られた【影】に激突するのが見えた。

次の瞬間、“精霊”の言葉通り、ブエル(?)の動きが完全に停止した。

同時に、僕の右手が弦から離れた。

解き放たれた死の矢がくるくる回転しながら、ブエル(?)へと吸い込まれて行く。

それは正確に半透明の炎の球を貫き、その中心に浮かぶ獣の顔に命中した。

HPを9割削られたはずのブエル(?)の絶叫が響き渡るかと思いきや、なぜか無音。

若干の違和感を抱きつつ、僕は事前の打ち合わせ通り、スキルを発動した。


「【置換】……」


もちろん、目標はブエル(?)のすぐ傍でティーナさんが展開した障壁シールドに護られた僕の【影】だ。

その間、ブエル(?)が動きを止めて3秒も経っていないはず。


【影】と入れ替わる形でブエル(?)のすぐ傍に瞬間移動した僕は、素早くブエル(?)を観察した。

ブエル(?)はまるで硬直したかのように、その動きを止めていた。

それはいつか見たティーナさんによる時間停止第140話を思わせた。

それはともかく『精霊の鏡』だ。

残りは6秒強のはず。

ぐずぐずしていると、ブエル(?)が再び動き出してしまうかもしれない。


“精霊”は、ブエルが『精霊の鏡』を所持――無数に生えている獣の脚で掴んでいるのか、身体のどこかに身に付けているのかは不明だけど――している、と話していた。

それらしき物品が無いかどうか目で探そうとした矢先、何かがキラリと光った。

光の方に視線を向けると、そこには手で持てる位の大きさの、何の変哲も無さそうな灰褐色の手鏡が一枚存在していた。

ただし、それは獣の顔のすぐ脇、つまり半透明の球体の内部だ。


あれが『精霊の鏡』だろうか?

しかしあれに手を伸ばすには、少なくとも周囲を取り囲む半透明の球体を破壊しないといけないのでは?


一瞬躊躇したけれど、時間は残り少ない。

意を決した僕は手鏡に手を伸ばした。

次の瞬間、【スリ】のスキルが自動発動第76話したのであろう。

手鏡は、僕の手の中に移動していた。

直後、ブエル(?)が猛烈な勢いで移動を開始した。

僕はティーナさんと関谷さんの傍に待機している【影】を標的にして、【置換】のスキルを発動した。



「これが『精霊の鏡』……ですか?」


ティーナさんが、興味深げに僕の手の中の手鏡を覗き込んできた。

灰褐色の、言い方悪いけれど、100均に売っていてもおかしくなさそうな、若干安っぽい感じの取っ手のついた丸い手鏡。


「多分……」


そう答えはしたけれど、確証は無い。

僕はいわゆる【鑑定】系のスキルを持ってはいない。

【スリ】盗りに成功した時にポップアップでも立ち上がってくれれば良かったんだけど……

そうだ!


僕は二人に声を掛けた。


「ちょっとこれ、インベントリに収納してみるよ」

「収納? そこに閉じ込められている精霊を解放して、味方にするって言ってなかったっけ? 収納しちゃったら……」


首を傾げる関谷さんに説明を試みた。


「インベントリに収納してしまえば、アイテムの正確な名前とか簡単な説明とか確認出来るからさ」


そう。

インベントリの機能を利用すれば、少なくともコレが『精霊の鏡』かどうか判明するはず。


僕はインベントリを呼び出した。

ウインドウが展開し、そこに収納された様々なアイテムが表示されていく。

関谷さんとティーナさんには見えていないそのインベントリのウインドウに、僕は今しがた手に入れたばかりの手鏡を収納しようと試みた。

しかし手鏡は軽い抵抗と共に押し返された。

不快な効果音が鳴り響き、赤枠赤字のポップアップが立ち上がる。



《!》逾槭↓螻槭☆繧アイテムは、インベントリに収納できません。



インベントリに?

収納出来ない??


今までほぼ全てのアイテム――大き過ぎる物品や生物は無理だったけれど――はインベントリに収納出来て来た。

待てよ。

確か前にも一度、こんな風に収納出来なかった事、あったよな……


その時の事を思い返そうとしていると、ふいに声が聞こえた。


―――なんじゃ? 今、不快な干渉を感じたが……


“精霊”の声だ!


―――ん? おぬし、『精霊の鏡』を手にしておるではないか。という事は、ブエルから首尾よく奪い取れた、という事じゃな?


どうやら“精霊”の休憩時間が終了したらしい。


―――ほうほう。どうやら本当におぬし以外の地球人が、この場所に入り込んでおるようじゃのう。


しかも先程と違い、周囲の状況を鮮明に認識出来るようになっている?


僕より先に、ティーナさんが口を開いた。


「こんにちは、“精霊”さん。“地球人”のエマです」


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る