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第397話 F級の僕は、インドを初訪問する
第397話 F級の僕は、インドを初訪問する
6月17日 水曜日11
「どう? どっから見ても、インド美人でしょ?」
そう口にしながらインド舞踊のようなポーズを決めるおどけた雰囲気のティーナさん。
確かにエキゾチックな感じで凄く似合ってはいるけれど。
ティーナさんにからかわれた事もあって、ちょっと意地悪を言ってみたくなった。
「美人かどうかは、自分で口にするんじゃ無くて他人からの評価だよ?」
ティーナさんが、頬を膨らませた。
「はいそこ、0点!」
「0点は言い過ぎでしょ?」
「こういう時は、例え似合っていなくても褒めとくの」
まあ実際、凄く似合ってはいるんだけど。
むくれているティーナさんも、意外と可愛い……じゃなくて!
急にドキドキしてきた僕は、話題の軌道修正を図った。
「ところでどうしてその格好?」
僕の当然すぎる疑問に、ティーナさんが少し真面目な顔になった。
「実は今から会いに行く人、ちょっと
「訳あり?」
ティーナさんが頷いた。
「その人と会う時はいつもこの格好なの。で、彼女に会う時は
「理由聞いてもいい?」
「理由って、もしかして私がわざわざこんな格好をして偽名で会いに行く理由?」
「そうそう」
ティーナさんは少しの間考える素振りを見せた後、言葉を返してきた。
「さっき話した“
“彼女”と話している所を見ると、相手は女性のようだけど。
「分かったよ……って、その人、日本語話せるの?」
ティーナさんが首を振った。
「彼女が話せるのは
「それだと会話が……あ、ティーナが通訳してくれるって事?」
「まあそれでもいいんだけど……」
話しながらティーナさんが、持参していた袋の中から、黒い小型ラジオのような装置を取り出した。
「これ使うから、直接彼女の話している内容、理解出来ると思うわよ」
「これは?」
「これ、Tamil語と日本語の双方向音声通訳装置よ。例えば……」
彼女がその両手に乗る位の大きさの装置を床に置いて、何ヶ所かのボタンを押した。
そして、その場で僕に向かって話しかけて来た。
「Ippōtu intiyāvukku celvōm」
ティーナさんの発した言葉、僕には全く耳慣れないものだった。
しかし戸惑う間も無く、床に置かれた先程の“双方向音声通訳装置”から若い女性の声で日本語が聞こえてきた。
『今からインドに行くわよ』
なるほど、いわゆる同時通訳的な事をしてくれる装置って事らしい。
感心していると、ティーナさんが再び口を開いた。
「Takashiも何か話してみて」
その言葉に床の装置が反応した。
『Takāṣiyum ētāvatu pēcukiṟār』
なるほど。
なかなか便利な装置だ。
「インドは今まで行った事が無いから、ちょっと楽しみだよ」
すかさず装置が反応した。
『Nāṉ intiyāviṟku ceṉṟatillai, ataṉāl nāṉ iṉṟu kāttirukkiṟēṉ.』
僕の日本語をタミル語に翻訳してくれたのだとは思うけれど、なぜか今度は若い男性の声だ。
もしかして……?
ティーナさんが、僕の推測を肯定してくれた。
「話者の声質その他をAIが分析して、数パターンの声音で応答してくれるの。翻訳精度も日本語とTamil語双方向なら99%を越えているから、基本的にはこれ使えば、Takashiと彼女との間での会話に支障は無いはず。あ、もし万一誤訳に気付いたら、私がその場で訂正してあげるから安心して」
「了解」
「それじゃあそろそろ行きましょうか?」
ティーナさんが、部屋の隅に設置してあるワームホールに右手を向けたのを見て、僕は慌てて彼女に呼びかけた。
「ちょっと待って!」
「どうしたの?」
ティーナさんが不思議そうな顔になった。
「僕はどうすればいいのかな?」
「どうすればって?」
「いや、だからこのままの格好でいいのかとか、名前そのまま名乗ってもいいのかとか」
今僕は、上は茶色の長袖Tシャツ、下は紺の綿パンというラフな格好だ。
インドでサリーを身に纏うティーナさんと並ぶと、場違い感が半端ない気がするんだけど。
ティーナさんがなぜか複雑な表情になった。
「大丈夫よ。そういうの気にする必要のない場所だから。どう自己紹介するかもTakashiに任せるわ。本名を名乗ったからと言って、後々、困る事態は発生しないから」
だとすれば、ティーナさんはなぜ変装して偽名を使っているんだ、という最初の疑問に行き着いてしまうけれど。
そんな僕の疑問を察したのか、ティーナさんが言葉を続けた。
「さっきも話した通り、後で全部説明するわ。もっとも、会えばTakashiの今の疑問、半分は解決すると思うけれど」
百聞は一見にしかずって事だろうか?
首を傾げながらも、とにかく僕はティーナさんと一緒にワームホールを潜り抜けた。
ワームホールを潜り抜けた先は、人気の無い路地裏のような場所だった。
廃材や粗大ごみみたいなのが、乱雑に置かれている。
そして日本とは明らかに異なる熱気とむせ返るような湿気が、強い不快感を伴って身体に
「ここは?」
僕の問い掛けに、ティーナさんはぽつんと言葉を返してきた。
「病院、という事になっているわ」
ティーナさんの物言いに軽く違和感を抱いたけれど、ともかくインドのどこかの病院の裏路地に居るのだろうという事だけは推測出来た。
「とりあえず行きましょ」
ティーナさんは僕を先導するように、白い
1分もかからない内に、その建物の正面入り口と思われる場所に辿り着いた。
太陽は
恐らく気温と湿度が高過ぎる。
ティーナさんの方にチラッと視線を向けると、彼女の額にも玉のような汗が浮かんでいた。
彼女は懐から取り出したハンカチで汗を
「ここから先は、私に任せて」
任せるも何も、状況の把握が殆ど出来ていない僕は、ティーナさんにただ付いていくだけだ。
ティーナさんが正面入り口のガラス扉を押し開けると、中から強烈な冷気が吹き出してきた。
そのまま彼女と一緒に強すぎる位に冷房の効いた建物の中に入った僕は、ようやく
入ってすぐの場所には、僕等以外の訪問者の姿は無く、警備員のような初老の男性が所在無げに椅子に腰掛けているだけだった。
その男性は、ティーナさんの姿を見ると笑顔になって立ち上がった。
ティーナさんはその男性と僕の知らない言語――多分タミル語?――で二言三言会話を交わした後、僕の方を振り返った。
「行きましょ」
ティーナさんと男性との間でどんなやりとりが交わされたのか分からなかったけれど、その男性は、僕にはなんら声を掛けて来る事無く、再び椅子に腰掛けた。
そしてティーナさんは勝手知ったる場所であるかの如く、廊下をどんどん奥に向かって歩き始めた。
僕も慌てて後を追った。
廊下の突き当りを右に曲がってすぐ、僕等の行く手を遮るかの如く、鉄製の頑丈な扉に行き当たった。
ティーナさんが扉の脇に備え付けられたインターホンを手に取った。
再び彼女の口から僕には理解出来ない言語が紡ぎ出されて行く。
短い会話の後、インターホンを切った彼女が、僕に囁いてきた。
「あともう少しよ」
鉄の扉が開き、若い屈強な男性が二人、僕等を出迎えてくれた。
彼等はティーナさんと二言三言、何か言葉を交わした後、愛想笑いのようなものを浮かべながら僕等を先導し始めた。
廊下の左右には、これまた頑丈そうな鉄製の扉が等間隔で並んでいた。
時々その扉の向こうから奇声が聞こえて来るけれど、僕以外の三人は全く気にする素振りを見せない。
やがて僕の前を歩く三人が、扉の一つの前で足を止めた。
男の一人が腰に下げたカギ束の中からカギを一つ取り出して、その扉に設けられた鍵穴に差し込んだ。
―――ガチャリ
無機的な冷たい音と一緒にカギが回るのが見えた。
男が扉を引いた。
―――ギイイイイィィィ……
軋みながら開かれた扉の向こう、狭い個室の隅に、誰かがこちらに背中を向けたまま
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