第396話 F級の僕は、ワームホールを潜り抜けて来た相手に驚かされる


6月17日 水曜日10



関谷さんを見送った僕は部屋に戻る事にした。


そう言えばティーナさん、わりとすんなり帰って行ったけれど、元々は彼女が紹介してくれる人物に会うのが今朝の主目的だったはず。

それが“時間つぶし”のはずのゲートキーパー戦で意外に手間取って、結局、僕は一旦向こうトゥマに戻らないといけなくなっている。

さっき関谷さんを抱きしめてしまった事含めて、彼女とは少し話をしておいた方がいいだろう。

そう考えた僕は、2階に向かう階段を上りながら、右耳の『ティーナの無線機』を通じて、ティーナさんに囁きかけた。


「ティーナ、今時間大丈夫?」


しかし彼女からの囁きは戻って来ない。


着替えているか何かで、『無線機』外しているのかもしれないな……


そんな事を考えながら自分の部屋の前に帰り着いた僕は、扉を開けて……一瞬、固まった。


「おかえり」


部屋の中、帰ったはずのティーナさんが、“謎の留学生エマ”の格好のまま、椅子に腰掛けていた。


「え~と……何でいるの?」


僕の問い掛けに、ティーナさんが少し拗ねたような表情になった。


「何で……って、Takashiは私に色々説明しないといけない事があるんじゃないかな~って思うんだけど?」


僕は苦笑した。

腹に溜め込まれるより、こんな風に分かり易く口にしてもらった方が、僕の方もやりやすい。


「関谷さんの事だよね? あれは幻惑の中で関谷さんが殺される情景見せられたから……まあ、思わずって事で……別に他に何か特別な感情とかそういうのは……」


前言撤回。

やりやすくない。

ちょっと考えれば分かる話だけど、こういう場面に慣れていない僕としては、なんと答えればいいのか、さっぱり分からない。


僕は語尾を濁しつつ、ティーナさんの反応をうかがってみた。

ティーナさんは拗ねた感じの表情のまま、口を開いた。


「60点」

「60点?」


何の点数?


「そ」


ティーナさんは短く相槌を打ってから言葉を続けた。


「とりあえず言い訳してくれるって事は、悪かったって思ってくれていると受け止めておくけれど、肝心なのはTakashiの本当の気持ちでしょ? そういうのも口にしてくれないと……」


本当の気持ち……

幻惑の中で関谷さんとティーナさんが殺されたと思い込まされ、絶望して自暴自棄になって『即死呪法のスクロール(Lv.100)』を使用してしまった。

そして後から二人が生きている事を知り、猛烈に恥ずかしくなったけれど、同時に二人が僕にとって……


「……かけがえのない存在だって事に、改めて気付かされたよ」


ティーナさんがなぜかキョトンとした。


「何の話?」

「え? いやだから、僕の本当の気持ちだよ」


僕の言葉を聞いたティーナさんの顔が、見る見るうちに赤くなっていく……って、あれ?


「かけがえのない存在って……つまり、Takashiにとってspecialな存在って事よね?」

「え? まあそう……なるのかな?」


関谷さんもティーナさんも、僕にとってはかけがえのない仲間達だ。

例え幻惑の檻の中であっても、彼女達が死ぬ情景は二度と見たくない。


「Takashi……」

「えっ!?」


ふいにティーナさんが僕に抱き付いて来た。

上半身に押し付けられる形になった、彼女の女性らしい柔らかい身体の感触に、心拍数が一気に跳ね上がったけれど、とりあえず僕も彼女の背中にそっと両手を回してみた。

僕の胸に顔をうずめる形になったティーナさんが囁いてきた。


ねたりしてごめんね」

「いや、僕の方こそ、色々ごめん」


簡単に幻惑に引っかかって、動揺して【看破】のスキルを使用する心の余裕も無くなっていたし。

おまけに勘違いで関谷さんを思いっきり抱きしめてしまったし。


「ううんいいの。Takashiの本当の気持ちが聞けたから」


どうやらティーナさんの機嫌はすっかり直ったらしい。

やはり正直な気持ちを口にしたのが功を奏したのだろう。


「私の事、かけがえのない存在だって言ってくれたから」

「幻惑に引っ掛かったからこそ、ティーナも関谷さんも僕にとって……」

「関谷さん“も”?」


ティーナさんの目が細くなった。

心なしか表情も険しくなっている。


あれ?

何かおかしい事言ったっけ?

……って、あっ!

確か行き違いで、ティーナさん、自分の事を僕の彼女だと認識してしまっているはず。

だからこそ、僕が関谷さんを抱きしめていたのを見てへそを曲げていたわけで……


「あ、いや、“ティーナが”僕にとってかけがえのない存在で、関谷さんは大事な仲間だって言おうとしたんだよ」


慌てて言い直しながら、ティーナさんの反応を確認してみた。

彼女の表情は再び柔らかさを取り戻していた。


うん。

やはり正直な気持ちそのものではなく、多少粉飾してから口にした方が功を奏する事もあるようだ。

それはともかく、本当にもうそろそろ向こうトゥマに戻らないと。


僕は腕の中のティーナさんの肩をそっと押しながら体を離した。


「それじゃあ、一度あっちに行って来るよ。こっちに帰ってきたら連絡するから、ティーナが僕に紹介したい人、それから一緒に会いに行こうか」

「そうね……」


ティーナさんが少し考える素振りを見せながら、机の上の目覚まし時計に視線を向けた。


「こっちに帰って来るのって、2時間後位?」


僕もおなじ目覚まし時計に視線を向けた。

時刻は午前10時23分だ。


「うん。多分、12時半までには連絡出来ると思う」

「OK! それじゃあまた後でね」



【異世界転移】でシードルさんの屋敷の中、割り当てられた客室に戻って来た僕は、そっと状況を確認してみた。

ターリ・ナハ、ララノア、そしてアルラトゥが、床に敷かれた布団の中で寝息を立てている他は、特に変わった様子は感じられない。

トゥマの街はちょうど夜明けの時間帯らしく、窓の外は大分明るくなってきていた。

僕は皆を起こさないよう静かにベッドまで移動して寝転がって今日の予定を再度確認してみた。


こっちの世界では昨日に引き続き、アリアとクリスさんの捜索が実施される。

昨日の捜索では、トゥマの街から北上、つまり州都リディア方面に向かう街道付近の魔法的痕跡が完全に消え去っているという奇妙な現象が報告された。

今日の捜索隊には昨日に引き続きターリ・ナハ、アルラトゥ、そして昨日はトゥマの街に留まっていたララノアも参加予定だ。

ララノアは魔法の才に長けている。

“魔法的痕跡の完全消滅”に関しても、彼女なら、何か手掛かりみたいなのを見付けて来てくれるかもしれない。

あとアルラトゥ。

経緯はどうあれ、今は“仲間”の彼女を無闇に疑うべきではないかもしれないけれど、とにかく今日はターリ・ナハが彼女をそれとなく監視する事になっている。


そして僕等の世界では、ティーナさんが紹介してくれるという人物に会うため、インドに出向く予定だ。

出向くと言っても、九分九厘、ティーナさんが設置するワームホールを潜り抜けて会いに行くだけ、だとは思うけれど。

それはともかく、ティーナさんが紹介してくれる人ってどんな人かな……


そんな事を考えている内に、いつの間にかうとうとしていたようだ。

僕は7時きっかりに、ターリ・ナハの囁きで改めて目を覚ます事になった。



ユーリヤさん達との朝食を終えた僕は、皆に“倉庫”に出向く旨を告げた後、再び【異世界転移】で自分のボロアパートの部屋の中に戻って来た。

時刻はお昼の12時20分。

ほぼ予定通り。

僕は早速右耳に装着した『ティーナの無線機』を使用して、ティーナさんに呼びかけた。


「ティーナ……」


程なくして、彼女の囁きが戻って来た。


『Takashi、おかえり。今からそっちに行ってもいい?』

「大丈夫だよ」


1分後、ティーナさんが、ワームホールを潜り抜けてやって来た……って、あれ?


僕は部屋に降り立った彼女の姿に驚いた。

色白の彼女の肌はこんがり日焼けしたような小麦色に変わっていた。

髪の色も黒に染められている。

そして眼鏡をかけ、赤系統の柄が入ったインドの民族衣装、サリーと思われる衣類を身に付けていた。

つまりぱっと見、ティーナさんに見えない。

もちろん、謎の留学生エマとも違う。

新しい変装だろうか?


僕は一応、彼女にたずねてみた。


「え~と、ティーナ……だよね?」


彼女ははにかむような笑顔を見せて、口を開いた。


「Vaṇakkam」

「え? 何?」


とりあえず、意味が理解できなかったけれど……ティーナさんって、こんな声だったっけ?

戸惑っていると、ティーナさん?が僕にずいっと顔を近付けて来た。


「Eṉṉa naṭantatu?」

「ごめん、なんて言っているか分からないよ?」


ティーナさん?が困ったような顔に……って、もしかして、ティーナさんじゃない!?

焦っていると、ティーナさん?が吹き出した。

彼女はひとしきり笑った後、今度は日本語で話しかけてきた。


「ねえ、びっくりした?」

「ティーナさん……だよね?」

「あら? 自分の“special”な相手の事、忘れちゃったの? “さん”付けになっているし」


彼女の悪戯っぽい笑顔を見ている内に、ようやくからかわれていた事に気が付いた。

僕は彼女を軽く睨んだ。


「別人がワームホール潜り抜けて来たかと思って焦ったよ!」

「ふふふ、ごめんなさい」


絶対悪いと思って無さそうな彼女が、おどけた雰囲気のまま、インド舞踊のようなポーズを取った。


「どう? どっから見ても、インド美人でしょ?」


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