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第390話 F級の僕は、鈴木に頼み事をされる
第390話 F級の僕は、鈴木に頼み事をされる
6月17日 水曜日4
ワームホールを潜り抜けて、僕とティーナさんが僕の部屋に戻って来た時、時刻はまだ9時前だった。
富士第一98層のゲートキーパーの間に向かったのが大体8時45分位だったから、都合10分程で撤退に追い込まれてしまった事になる。
ただ撤退と言っても、死力を尽くした結果というより、単に攻撃手段が見付からなかったから、という点が、なんとも悔しい所だ。
ティーナさんが自問するように口を開いた。
「シトリーと再戦するなら、あのplasmaをなんとかしないといけないわね……」
そう、シトリーの攻撃で一番厄介だったのはあのプラズマだ。
ティーナさんのシールドで護ってもらえたから威力のほどはよく分からなかったけれど、視界が
視界さえ確保出来れば、例えシトリーが飛行中であったとしても、【影】をあらかじめ僕の傍に召喚、待機させておいて、【置換】でシトリーと僕の位置を入れ替えて、待機させておいた【影】で攻撃、なんて手法も使えそうだけど。
ティーナさんが小さくため息をついた。
「Sekiya-sanを誘ってみる?」
「関谷さんを?」
ティーナさんが頷いた。
「彼女、水属性と風属性の魔法が使用可能でしょ? 彼女の魔法だったら、あのplasma、なんとか出来るんじゃないかしら」
そう言えば関谷さん、魔法書読んで新しい魔法を獲得した後、水属性と風属性の魔法を
「そうだね……」
僕は相槌を返しながら、再び机の上の目覚まし時計に視線を向けた。
時刻は9時3分。
今日は平日だし、今の時間、彼女は多分……
「だけど関谷さん、今は大学で講義受けている最中じゃないかな?」
ティーナさんも机の上の目覚まし時計に視線を向けた後、首を
「あら? 言われてみればそうね。現役大学生のはずの誰かさんが、こうして自分の部屋でのんびりしているから、すっかり忘れていたわ」
いや別に、のんびり
そんな僕の心の声をもちろん知る由も無いであろうティーナさんが、自分の右耳に装着している無線機に手をやった。
「ま、一応、聞いてみるわ」
聞いてみるって……関谷さんが無線機を装着していなかったら、ティーナさんの囁きは届かないと思うけど。
「関谷サン。今、大学でスカ?」
しかし意外な事に、ティーナさんの声掛けから数秒程の間をおいて、関谷さんの囁きが、僕の右耳に装着されている『ティーナの無線機』を通して聞こえて来た。
『エマさん? 今大学ですけど、何かありました?』
ティーナさんが関谷さんに呼びかけて、その返事が僕にも届いているって事は、ティーナさんが無線機をグループトークモードに切り替えたのだろう。
「実はチョット相談したい事がありマシテ、今、話、大丈夫デスカ?」
『今授業中なんですよ。抜け出すのでちょっとだけ待っていて下さい』
十数秒後、関谷さんの囁きが聞こえてきた。
『お待たせ。もう大丈夫ですよ』
僕は関谷さんに聞いてみた。
「関谷さんおはよう」
『あ、中村君? おはよう。今どこにいるの?』
「今、エマさんと一緒に僕の部屋に居るんだけどね。それにしても関谷さん、無線機、大学でも付けているんだね」
『うん。エマさんから可能な限り、常に身に付けて置いてって頼まれていたから……』
ティーナさんが僕の顔に悪戯っぽい視線を向けながら口を開いた。
「さすがは関谷サンです。誰かサンなんか、自分から連絡シタイ時以外、inventoryに仕舞い込んじゃってイルンですよ」
確かに緊急連絡用のツールだから常に身に付けておくよう
関谷さんからの囁きが返って来た。
『ところで話って何ですか?』
「実は……」
ティーナさんが、つい先程の富士第一98層のゲートキーパー、シトリー戦について説明した。
「……それで関谷サンに手伝ってもらエレバ、シトリーを斃せるんじゃナイカと思ったノデ、連絡サセテもらいまシタ」
『そうだったんですね……』
少しの間をおいて、再び関谷さんからの囁きが届いた。
『部屋って、中村君の部屋、ですよね? なんでしたら今から行きましょうか?』
ティーナさんの表情が明るくなった。
「ありがとうゴザイマス。助かりマス」
『いえ、私なんかがお役に立てるかどうかは分かりませんが』
「そんな事無いデスヨ。それではお待ちシテイマスので、お気を付けてお越し下サイ」
無線機での会話を終えたティーナさんが、僕に声を掛けて来た。
「それじゃあ私も準備があるから、一旦帰るね。Sekiya-sanがここに来るまで、20分はかかるはずだから、それまでには戻って来るわ」
準備とは当然、“謎の留学生エマ”への変装の事だろう。
ティーナさんは手を振りながらワームホールを抜け、ハワイの自室へと帰って行った。
部屋の中、一人になった僕は、集合ポストに郵便物が届いていないか確認して来る事にした。
改めて窓の外に視線を向けると、どんより
もしかすると、今日は雨が降るかもしれないな……
そんな事を考えながら、外に出る為扉を開けた僕は、そこで一瞬固まってしまった。
「よ! 今から大学か?」
扉の外、2階の廊下部分の柵にもたれるようにして、僕を一瞬硬直させる原因になった奴が、座り込んだまま声を掛けてきた。
野球帽の端からあふれ出している傷んだ金髪、英語のロゴが入った黒い半袖Tシャツ、それによれよれのジーンズ。
D級のヤンキー少女、鈴木だ。
鈴木はよっこらしょといった感じで立ち上がった。
僕は鈴木を睨みつけながらとりあえず聞いてみた。
「……何しているんだ?」
「何って、お前が出て来るの待っていたんだよ」
「待っていたって……僕にはお前に待っていてもらいたいなんて気持ち、これっぽっちも無いんだけどな」
「だからって、居留守使うのはどうかと思うぜ?」
「居留守?」
「ああ。1時間程前、お前んちの呼び鈴押したけど、出てこなかったじゃねぇか」
今朝、呼び鈴の音を聞いた記憶は無い。
というか、1時間程前――日本時間の午前8時10分頃?――は、ここ地球にはいなかった。
まあそんな事情をこいつに話す必要性は無いわけで。
「居留守も何も、呼び鈴の音なんて聞いてないぞ。ま、1時間程前ならまだ寝ていたから気付かなかったのかもしれないけどな」
それはともかく、朝から嫌な奴の顔を見てしまった。
僕はあえて鈴木を無視してそのまま集合ポストに向かおうとした。
鈴木は、僕の後ろから付いて来ながら話しかけて来た。
「ちょっと頼みがあってさ。ほら、この前お前のスクーターの件で、色々手伝っただろ? 話位は聞いてくれるよな?」
こいつ……
僕は歩きながら後ろをチラッと振り返った。
鈴木がにやにやしているのが見えた。
僕はそのまま視線を前に戻し、階段を下りながら背後に声を掛けた。
「確かにあの時は助かった。だからまあ、話位は聞いてやってもいいぞ。ただし手短にな。僕も暇じゃ無いんだ」
この言葉に嘘は無い。
あと20分程で関谷さんが僕のアパートにやって来る。
その時までには“謎の留学生エマ”に変装したティーナさんも戻って来ているだろうし、そうしたらまた富士第一98層に向かう事になるはずだ。
階段下、集合ポストの僕のボックスにはいくつかの郵便物が届いていた。
それを手に取ってから、僕は鈴木の方に顔を向けた。
鈴木が笑顔で口を開いた。
「なあ、今週もどこかダンジョン潜るだろ? この前みたいに、あたしも連れて行って欲しいんだ。荷物持ちでもなんでもやるからさ」
「断る!」
鈴木が少し嫌そうな顔になった。
「即答かよ!?」
「さ、話は聞いてやったぞ? だからもう帰れ」
僕はそのまま回れ右して2階に続く階段に向かった。
その僕に、鈴木が追い縋って来た。
「待てよ! なんで連れて行ってくれないのか、理由を教えろ!」
僕は足を止めた。
「理由は言わなくても分かりそうなもんだけどな。お前がやっている事は、基本、ストーカーなんだよ。どこの世界にそんな奴と一緒にダンジョン潜りたいってやつがいるんだ? それにお前、どうせ僕と一緒にダンジョンに潜って、僕がいきなり強くなった理由を探ってやる! とかなんとか考えているだけなんだろ?」
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