第381話 F級の僕は、ユーリヤさんから囁かれる


6月16日 火曜日12



ユーリヤさんが、テーブルの上に置かれた書類のいくつかを、僕に手渡してきた。


「こちらには昨日の戦いの後、冒険者達から提出を受けた戦果記録票を集計した結果が記されています。そしてこちらは、戦場で回収された魔石とドロップアイテムの一覧です」


戦果記録票の集計結果によると、昨日僕を含めてトゥマの冒険者達が撃破したモンスターの総数は、1,012体。

その内僕が斃したのが、前哨戦の時のコボルト達20体を含めて693体と記載されていた。

魔石の方は、Aランクが3,120個、Bランクが4,008個。

ドロップアイテムは、総計726個。


ユーリヤさんが補足で説明してくれた。


「そこに記載された総数1,012体は、あくまでも戦果記録票をたずさえて戦いに臨んだ冒険者達により斃されたモンスターの合計数です。アガフォン中尉以下、トゥマに留まり戦いに参加した帝国軍兵士と戦闘奴隷達により斃された分は、カウントされていません。彼等の分も含めれば、推計ですが、恐らく1,200に迫る数のモンスター達を直接斃した計算になります」


魔石はA、B両ランク合わせて7,128個回収されたようだ。

という事は、少なくとも昨日、最終的に同士討ちで消えて行ったモンスター達含めて、7,128体を越えるモンスターの大群――途中で召喚門を越えてやってきたであろう増援も含めて――がトゥマに押し寄せて来た計算になる。

改めて昨日の激戦が思い起こされた。


と、ユーリヤさんが少し声をひそめた。


「ところで少し奇妙な事が有るのです」

「奇妙? ですか?」


ユーリヤさんがうなずきながら、その場にいた冒険者ギルドのマスター、マカールさんに視線を向けた。

マカールさんが口を開いた。


「実は、戦場で回収出来たドロップアイテムの数がおかしいのだ」


数が?

……あ!

もしかして、僕がブラックサラタン達と戦う前に、ターリ・ナハに手伝ってもらってMP回復ポーション――神樹の雫6個と月の雫10個――を拾い集めた第355話から、計算が合わなくなっている?


「あの……」


僕はおずおずと口を開いた。


「すみません、ドロップアイテム、勝手に拾って……」


マカールさんが、少し怪訝そうな顔になった。


「何の話だ?」

「ですからブラックサラタンと戦うために、その……神樹の雫と月の雫をいくつか拾って、使っちゃったと言いますか……すみません」


よく考えれば、一種のネコババ行為と見なされても仕方ない?

拾い集めた神樹の雫も月の雫も、僕が斃したモンスターのドロップアイテムだ、とは言い切れない訳だし……

仕方ない。

今度、神樹か富士第一でアイテム入手してきて、弁償しよう。

そう考えていると、マカールさんが弾けたように笑いだした。


「わっはっはっは! 英雄殿は意外と気が小さいと見える」


あれ?

ここは笑われるんじゃ無くて、怒られるところなんじゃ?


首をひねっていると、ようやく笑い終えたマカールさんが言葉を続けた。


「英雄殿、あのような乱戦の中、敵を殲滅するのに戦場で拾得したアイテムを使用するのはむしろ当然の行為だ。そんな事を気にしていたら、命がいくつあっても足りなくなるぞ?」

「そうなんですね」

「英雄殿以外の冒険者達も当然、HPやMP回復ポーション、戦場で使用可能なアイテム類は、拾得したらその場で使用していたはずだ。英雄殿が気に病むようなことではない」


特段、僕の行為が責められるものでは無かったと聞いて、僕は少し安心した。

しかし、それなら……


「回収出来たドロップアイテムの数がおかしいというのは?」


僕の質問に、マカールさんが答えてくれた。


「先程ユーリヤ様がおっしゃられたように、同士討ちを除いて、我らで総計1,200近くのモンスターを斃しはした。しかし、結果的に回収されたドロップアイテムの総数が726個というのは、異常な数字なのだ」

「異常?」

「種類にもよるが、モンスターがアイテムをドロップする確率は、平均して1割程度だ。つまり、1,200体斃したのなら、冒険者達が拾得して消費しなかったとしても、最大120個程度しかドロップアイテムは回収されないはずなのだ」


なるほど……って、それ、多分絶対僕のせいだ。

僕が斃したモンスターは、元々アイテムをドロップしないスライム第6話のような弱いモンスターを除いて、なぜか100%の確率でアイテムをドロップする。

だから僕が斃したモンスター693体は当然、693個のドロップアイテムを戦場に残したはず。

それなら、僕以外の人々が斃して得られたドロップアイテムが、726 - 693 = 33個という事になって、僕以外の人々が斃したであろうモンスターの総数1,200 - 693 = 507体と比較して、そんなにおかしな数字ではなくなる。


そんな事を考えていると、シードルさんが口を開いた。


「マカール殿、ドロップアイテムが大量に回収出来た事に何か問題でもあるのだろうか?」


マカールさんが首をすくめた。


「奇妙に感じるという事を除けば、別に問題は無いな。むしろラッキーだ」


シードルさんが、ユーリヤさんの方に顔を向けた。


「では宜しいのでは無いでしょうか。回収したドロップアイテムも、戦功を挙げた者達に下賜すれば、彼等の士気も高まりましょう」


ユーリヤさんは、なぜか僕をチラッと見てからにっこり微笑んだ。


「それもそうですね。それでは早速ドロップアイテムをどのように分配するか決めて行きましょう。まずは……」


ユーリヤさんが改めて僕に話しかけてきた。


「やはり最大の功労者、一人で693体ものモンスターを屠ったタカシ殿の希望から聞かせて下さい」


僕は再び昨日回収されたドロップアイテムの一覧表に目を通して見た。


「……それではここにある神樹の雫と月の雫、あと、センチピードの外殻をいくつか頂けないでしょうか?」


一覧表には、神樹の雫が2個、月の雫が5個、それとセンチピードの外殻は14個記載されていた。

神樹の雫と月の雫はMPを回復してくれる貴重なポーションだ。

そしてセンチピードの外殻は、ティーナさんが欲しがっていたアイテムの一つだ。

確か富士第一で入手した同名のアイテムと比較すれば、富士第一とイスディフイとの間に時間的ズレがあるかどうか分かるとかなんとか説明第255話してくれていた。

ユーリヤさんが言葉を返してきた。


「あと他に欲しいアイテムはありませんか?」

「他に……」


あ、ガーゴイルの彫像も15個あるな。

使い捨てだけど、レベル81のガーゴイルを10分間召喚して味方として戦わせる事が出来る。


「じゃあ、これもいくつか頂けましたら……」

「他は?」

「他……」


後は素材系、武器防具系と思われるアイテムが並んでいるけれど、【鑑定】スキルを持っていない僕には、正直、どれが有用か判別する手立てが無い。

まあよく考えれば、すべて最大でもレベル80前後のモンスター達がドロップしたアイテムだ。

という事は、神樹や富士第一の80層辺りのモンスターがドロップするアイテムとも言えるわけで、別段今の段階で無理矢理入手する必要性も感じられない。


「他は結構です。昨日頑張って下さった皆さんで分けてもらって下さい」


マカールさんが苦笑しながら口を挟んできた。


「我等が英雄殿は、欲が無いと見える」

「いえ、そういうわけでもないんですが……」


そんな僕に、ユーリヤさんが笑顔で言葉を掛けてきた。


「それではタカシ殿には神樹の雫2個、月の雫5個、センチピードの外殻14個、それにガーゴイルの彫像も15個全て差し上げましょう。それから……」


ユーリヤさんが、ずいっと僕に身を寄せて来た。


「タカシ殿を帝国の騎士エクィテスに推挙したいのです。残念ながら騎士エクィテスへの正式な叙任は、皇帝陛下の裁可が必要になるので、それまでは名誉騎士エクィテスという肩書で、これからも私を支えて頂きたいのです」

「名誉騎士エクィテス……ですか?」


ゴルジェイさんが僕に与えてくれた“名誉士官”みたいなものだろうか?


「名誉騎士エクィテスを受けて頂いたからと言って、私や帝国の指揮系統下に入るというわけでは無いのでご安心を。あくまでも“箔付け”です。トゥマを救った英雄ならば、名誉士官よりも名誉騎士の方がよりふさわしいですし、それに……」


ユーリヤさんが僕の耳元でささやいた。


「騎士階級以上の者ならば、皇族との通婚も可能になるんですよ?」

「へっ!?」


思わず変な声が出てしまった僕を尻目に、ユーリヤさんは悪戯っぽく微笑んだ。



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