第374話 F級の僕は、富士第一97層に向かう


6月16日 火曜日5



『とりあえず、Sekiya-sanと連絡取って、富士第一97層に向かいましょうか。のんびり構えていたら、Ms. Saibara達が、Gatekeeperの間に突入してこないとも限らないし』


ティーナさんからの囁きを聞いて、僕は以前、斎原さん達と一緒に富士第一93層のゲートキーパーの間に向かった時の事を思い返してみた。

あの時第267話、斎原さんと僕達が93層のゲートキーパーの間に到着したのは、午後1時半だった。

それから昼食を食べて、ゲートキーパーの間に突入して、ゲートキーパー謎の消失――って、僕が既に斃していたんだけど――に気付いたのが、午後2時半位だったはず。


『じゃあ私も“Ema-mode”でSekiya-sanに呼びかけるから、Takashiもそのつもりで』

『了解』


数秒後、関谷さんの囁きが僕の耳にも届いて来た。


『中村君、エマさん、お疲れ様』

「関谷さんお疲れ。今どこにいるの?」

『ちょうど学食に向かって歩いている所よ。中村君とエマさんは?』

「僕は自分のアパートだよ」

『私は国際交流会館にイマス』

『二人ともお昼まだだったら、一緒に食べませんか?』

『そうシタイところデスが、実は今から富士第一97層に行ってコヨウカと、中村サンと相談してイマシた』

『あ、そうでしたね。今、12時……20分だから……あと40分以内に戻って来られるでしょうか?』

『多分大丈夫だと思いマスヨ。もし戦いが長引くヨウナら、関谷サンだけワームホールくぐってN市に戻れバイイと思いマス。それで中村サン』

「はい」

『ワームホールを使って、今カラ私を迎えに来て下サイ。それから関谷サンは……そうデスネ、近くのトイレ……出来れば多目的トイレがいいんデスガ、とにかくトイレの個室に入れたらスグニ連絡下サイ。中村サンにその場所との間にワームホールを設置して貰いマスカラ。そこカラ一旦、中村サンのアパートに移動して、それカラ三人で富士第一97層に向かイマショウ』

『分かりました。それじゃあエマさん、中村君、また後で』

「うん、また後で」


3人でのグループトークが終わった直後、僕の右耳に装着した『ティーナの無線機』を通じて、ティーナさんからの囁きが届いた。


『すぐにそっちに行っても大丈夫?』

「どうぞ」


直後、部屋の隅の空間が渦を巻き歪み始めた。

そしてすっかり見慣れてしまったワームホールが出現した。

ワームホールの向こう側に、恐らく彼女の宿泊している北京のホテルの客室だろう。

広くて豪華な部屋が、魚眼レンズを通すように見えている。

そして数秒後、謎の留学生エマに変装したティーナさんが、ワームホールを潜り抜けて僕のアパートへとやってきた。


「お待たせ」


彼女はいつものように光学迷彩が施されている銀色の戦闘服を身に付けていた。

そして、以前のゲートキーパー戦の時と同様、1辺50cm程の白い立方体――新型のDID次元干渉装置――も持ち込んできていた。

彼女は僕の格好――上は英語のロゴが入った黒い長袖Tシャツと下は茶色の綿パン――をチラッと見てから声を掛けてきた。


「Takashiも先に着替えておいたら?」


以前、彼女と一緒にゲートキーパーと戦った時、僕はエレンの衣を身に纏っていた。

だけど……


「実はいつもの装備と、ついでに自動防御を発動してくれる腕輪、今手元にないんだ」


彼女が怪訝そうな表情を浮かべた。


「どういう事? もしかして、inventory使えなくなった?」

「違うよ。ネルガルに転移させられた時に、ルーメルに置いて来てしまったんだ」

「そうなの……」


ティーナさんが、少し渋い表情になった。


「なら、いつもとは作戦を……」


言葉の途中で、彼女が突然、自身の右耳に手をやった。

そこにはイヤホン型の“無線機”が装着されている。

彼女が囁いた。


「関谷さんよ」


彼女がチャンネルを切り替えたのだろう。

僕の耳にも関谷さんの囁きが届いた。


『今、学食の多目的トイレにいます』

「それデハ中村サンにワームホール開いてもらうノデ、ちょっと待っていて下サイ」

『分かりました』


ティーナさんが虚空を見つめて、何かをじっと考え込む素振りを見せた。

十数秒後、彼女は僕の部屋の隅のワームホールに右手を向けた。


「多分これで大丈夫なはず」


いつも自信満々なティーナさんにしては弱気な発言だけど、とにかく、ワームホールの向こう側の情景が渦を巻きながら切り替わった。

魚眼レンズを通してみるような情景の向こう側で、関谷さんがこちらを覗き込んでいるのが見えた。


「よし、Bingo!」


彼女の喜びように少し違和感を抱いた僕は、そっと聞いてみた。


「どうしたの?」

「大したことじゃないんだけどね。こっちから目的地の座標を指定する時、初見の場所だと、1m位誤差が生じちゃう時あるのよ。多目的toiletって狭いでしょ? 隣の壁を貫通させちゃったら、ちょっとした騒ぎになりかねないかなって内心ドキドキしていただけよ」


なるほど。


話していると、関谷さんの少し戸惑った感じの囁き声が届いて来た。


『え~と、コレ、くぐり抜ければいいのかな?』

「安心して。こっちは僕のアパートの部屋に繋がっているから」


僕の声が届いたのだろう。

関谷さんが、おずおずといった感じで、ワームホールを潜り抜けて来た。

僕の部屋に降り立った彼女は、慌てて靴を脱いだ。


「ごめんね! 中村君。雑巾、貸してもらってもいい?」

「気にしないで。それよりほら、時間も無いし、行こうか?」


ティーナさんが、僕等に声を掛けて来た。


「関谷サンは、戦闘可能な装備、持って来ていマスカ?」

「あ、はい。もちろんです」


彼女はカバンの中から、メイスとあの『ゼパルのマント』を取り出した。

それを確認したティーナさんが、再び口を開いた。


「それデハ中村サン、富士第一97層の……ゲートキーパーの間から少し離レタ場所に、ワームホールを繋ぎ直して下サイ」


繋ぎ直して……?

一瞬戸惑ったけれど、そう言えばこのワームホール、僕が『ティーナの重力波発生装置』で作り出しているという設定になっていた事を思い出した。


「それじゃあ……」


僕はインベントリから取り出した『ティーナの重力波発生装置』を握り締め、MP10を込めてみた。

『ティーナの重力波発生装置』が輝きを放ち、それに呼応するかの如く、ワームホールの向こう側の情景が切り替わった。

緑が重なり、木々が生い茂っているのが見える。

どうやら向こう側は、ジャングルみたいな場所のようだ。


「チョット向こうを確認してキマスね」


ティーナさんは僕等にそう告げると、ワームホールの向こう側に消えて行った。


数秒後、僕等二人に彼女から囁き声が届いた。


『少し面倒な事になっテイルみたいデスから、5分程待って下サイ』


それっきり、ティーナさんからの囁き声が途絶えてしまった。

関谷さんが心配そうな雰囲気で話しかけてきた。


「エマさん、大丈夫でしょうか?」

「多分、大丈夫なんじゃないかな」


“彼女が設置した”ワームホールもこうして健在だし。

それから数分後、ティーナさんから囁き声が戻ってきた。


『お待たせシマシた。中村サン、ワームホール、今私が居る場所ニ繋ぎ直して下サイ』

「了解」


僕は再度、『ティーナの重力波発生装置』にMP10を込めた。

次の瞬間、ワームホールの向こう側の情景が切り替わった。

魚眼レンズを通したような向こう側に、見慣れた白いドーム――ゲートキーパーの間――が見えている。


時刻は既に12時40分。

急がないと、次の定時連絡が待っている。


「行こうか」


関谷さんを促して、僕等はワームホールを潜り抜けた。

ワームホールの向こう側は、97層のゲートキーパーの間に通ずる巨大な扉の真ん前であった。

そびえ立つ巨大な扉には、精緻な文様が刻み込まれている。

それに少し目を奪われていると、関谷さんが軽く悲鳴を上げた。


「きゃっ!?」

「どうしたの?」


慌てて隣に立つ関谷さんに視線を向けると、僕も一瞬固まってしまった。

なんと、僕等の周囲には、数人の人々の姿があった。


まさか、斎原さん達と鉢合わせした!?


緊張が走ったけれど、すぐに別の違和感が襲ってきた。


斎原さんの本隊だとしたら、人数も少な過ぎるし、肝心の斎原さんの姿も見当たらない。

それに……周囲の人々は、いずれも身じろぎ一つせず、不自然な姿勢のまま固まっていた。

まるでストップモーションの映像の如く……って、あ!


僕の推測を肯定するように、関谷さんとは反対側からティーナさんの声が聞こえてきた。


「彼等の時間は止めてアリマス。今の内ニ、中に入っチャイマしょう」


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