第373話 F級の僕は、“エレシュキガル”が先読みの力を持つ可能性を聞かされる


6月16日 火曜日4



僕のアパートの部屋の中、机の上の時計の針は、午前9時10分を指していた。

つまりトゥマの街は今、午前5時10分のはず。

向こうネルガルに戻れば、二度寝出来そうだな……

そんな事を考えながら、僕は【異世界転移】のスキルを発動した。



シードルさんの屋敷の3階、僕等の客室に戻って来た時、ターリ・ナハ、ララノア、そしてアルラトゥの三人は、床に敷いた布団の中で寝息を立てていた。

僕は彼女達を起こさないように、そっと自分のベッドに潜り込むと目を閉じた。


とりあえず、起床予定の朝7時までひと眠りして、朝食済ませたら急いであっちN市に帰って、富士第一97層のゲートキーパー、ベレトとの戦いだ。

ベレトに関して、全く事前情報が無いけれど、情報を知っていそうなエレンは、そもそも僕が地球の富士第一でゲートキーパー達と戦う事自体に反対しているし……って、エレンは今、どうしているのだろうか?

彼女もまた、僕がクリスさんやアリア達と連絡取れなくなっている事を心配してくれていた。

ひと眠りする前に少しだけ彼女に今の状況を伝えておこう。


『エレン……』

『タカシ!』


僕の念話による呼びかけに、すぐに反応があった。


『アリアやクリス達と合流出来たの?』

『それがまだなんだ。それで今日、一緒に行動しているユーリヤさんが捜索隊を組織してくれる事になっていてね……』


僕はボリスさんが率いる予定の捜索隊について、簡単に説明した。

話を聞き終えたエレンが、念話を返してきた。


『ちょっと待っていて。光の巫女と少し相談してみるから』


エレンは、アリアやクリスさん達と僕の合流が遅延するなら、自ら僕を迎えに行くと話してくれていた。

恐らくその事について、ノエミちゃんと相談する、という事だろうか?

そのまましばらく待ったけれど、念話が返ってこない。

ノエミちゃんとの話が長くなっているのかもしれない……

…………

……

『……カシ、タカシ!』


うつらうつらし始めたところを、エレンの念話で起こされた。


『エレン?』

『大丈夫? 意識レベルが低下していたけれど』


僕は心の中で苦笑した。


『いやちょっと寝そうになっていただけだよ』

『ヒューマンは私達魔族と違って、1日1回、長時間の睡眠を取る必要があると聞いた。あなたはちゃんと十分な睡眠時間は確保出来ている?』

『心配してくれてありがとう。でも大丈夫、もう目が覚めたから。それで、ノエミちゃんと相談は出来たの?』


エレンとの念話が中断する前、そんな話をしていたはず。


『相談した。彼女が言うには、今は動けない。少なくともあと3日は待って欲しい、と』


ノエミちゃんは、自分が長期間神樹の間を留守にした事で増大してしまったエレシュキガルの影響力を削ぐために、神樹の間にこもり続けている。

そしてエレンもまた、ノエミちゃんを護るため、神樹の間に留まり続けている。


『じゃあ会えるとしたら3日後だね』


それまでにアリアやクリスさん達と合流出来ていればいいんだけど。


エレンから念話が返ってきた。


『ごめんなさい。本当なら今すぐにでもあなたを迎えに行ってあげたいのだけど』

『無理しないで。ノエミちゃんがそこで祈り続けてくれているからこそ、この世界も、そして僕等の世界も救われているかもしれないからね』


実際、僕等の世界に今の所、あのフェニックスに相当する強力なモンスターが出現していないのは、ノエミちゃんの力によるものだと僕は信じている。


『それとあなたも気を付けて』

『気を付ける?』

『そう。あなたをネルガルにいざない、その地に縛り続けている何者かは、相当厄介な能力を持っている可能性がある』


エレンは、僕がネルガルに来る事になったきっかけから今までに起こった出来事全て、何者かに仕組まれた可能性について話していた。


『それはどんな能力?』

『その何者かは、先読みの能力を持っているかも』

『先読み?』

『そう。アールヴの女王が起こり得る未来を幻視第249話したように、その何者かもまた、何かを幻視して、それに基づいてあなたに対して干渉している可能性がある』


起こり得る未来を幻視!?


『エレンはどうしてそう思ったの?』

『光の巫女との会話を通して、その可能性に思い当たった。そして光の巫女もまた、同じ可能性を感じていた』


もしその推測が正しければ、非常に厄介だ。

僕等の側からは、“何者か”としか認識出来ていない相手が、僕等の手の内全てを知っているという事になるのだから。


エレンが念話を続けた。


『私も光の巫女も、その何者かと、モエシアを滅ぼし、ネルガルに滅びを告げた“エレシュキガル”とが、同一の存在であるという意見で一致した』

『“エレシュキガル”が?』

『そう。わざわざ“エレシュキガル”を名乗る以上、その何者かの目的は、本物のエレシュキガルの影響力を高め、あわよくば封印を解いて本物のエレシュキガル自身を再臨させる事である可能性が高い』

『エレシュキガルを復活?』

『光の巫女がイシュタルより受けた啓示、あなたは覚えている?』


光の巫女が創世神イシュタルより受けた啓示第46話

確か……


『闇が再び世界を覆わんとしている。そして、異世界より再び勇者がこの地に降臨した……』


エレンの声音こわねで、かつて僕も聞かされたノエミちゃんが受けたという啓示が語られた。


『つまり、イシュタルから勇者と指名されたあなたこそ、エレシュキガルの復活を阻止するカギ。エレシュキガルの再臨を願う何者かにとって、あなたこそ排除すべき最大の敵と言える。そしてその何者かは、あらかじめ今から起こり得る出来事を幻視している可能性がある。だからこそ気を付けて』

『分かった。気を付けるよ』

『それと決して無理はしないで。あなたが何か無理をしようという決断に至った時、それが実は相手の思惑通りだったという可能性もあるから。もしかすると“エレシュキガル”を名乗る何者かは、今すぐあなたと直接戦っても勝ち目は無いと判断しているのかもしれない。だからこそ、あなたをネルガル大陸に“隔離”、アリアやクリスとの合流を妨害して、少しずつあなたの心を攻めようとしているのかもしれない。今後ももしかすると、不自然な形で、あなたはあなたの仲間達と切り離されて行くかもしれない。もしくは信じていた仲間が実は敵だったという状況に追い込まれるかもしれない。それでも心折れずに自分を信じて。あなたは500年前のあの時、私を救ってくれた。あなたの強さは私が一番知っているから』


エレンと繋がるパスを通じて、彼女の真摯な情愛の念が直接僕に伝わって来た。


『ありがとう』


僕はエレンとの念話を終えると、今度こそまどろみの中に身をゆだねていった。



午前7時。

予定通りの時間に起床した僕達は、それぞれ準備を済ませてから朝食の場に向かった。

昨夕と同じダイニングで、僕等はユーリヤさん達と一緒に朝食を楽しんだ。

改めて今日一日の予定を確認し合ってから自分の客室に戻って来た僕は、ターリ・ナハ、ララノア、アルラトゥの三人に留守を託してから、【異世界転移】のスキルを発動した。



アパートの自分の部屋に戻って来た時、机の上の時計は、お昼の12時15分を指していた。

窓の外は、叩きつけるような雨が降っていた。


そういや朝、鈴木はガソリン入れたらスクーターのカギ、1階の集合ポストに入れておいてくれるって話していたな……


ぼんやりそんな事を思い出したけれど、窓を打つ雨音に、僕は外に出るのが億劫おっくうになってしまった。


また今度、晴れている時にでも回収しとけばいいかな。


そう考えた僕は、インベントリから『ティーナの無線機』を取り出して右耳に装着した。


「ティーナ……」


すぐに彼女の囁きが戻って来た。


『Takashi、お帰り。遅かったのね』


そういや、午前11時過ぎに戻って来る予定だった。


「ごめんね。向こうで起きた後、朝食の時間が少し前倒しになってね」

『そうなんだ。あっちの世界の朝食もcoffee出たりするのかしら?』

「コーヒーは見た事無いけれど、紅茶そっくりな飲み物ならあるよ」

『それは残念なお知らせね。私、coffee派だから、もし向こうの世界を訪れる機会があるなら、豆を持って行ってみようかしら』


なんだかその会話がとても長閑のどかに聞こえて、僕は思わず苦笑した。

その微かな笑い声にティーナさんが耳聡みみざとく反応した。


『どうしたの?』

「ごめんごめん。何でもないよ。それでどうしようか?」

『そうね……』


少しの間をおいて、ティーナさんが囁きを返してきた。


『とりあえず、Sekiya-sanと連絡取って、富士第一97層に向かいましょうか。のんびり構えていたら、Ms. Saibara達が、Gatekeeperの間に突入してこないとも限らないし』


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