第372話 F級の僕は、アパートに戻って来る


6月16日 火曜日3



ティーナさんとの会話を終えた僕は、宿直室を出て、N市均衡調整課の所長室に向かった。



―――コンコン



「すみません、中村です」

いていますよ~。どうぞお入り下さい」


部屋の中から四方木さんの声が返ってきた。

扉を開け、中に入ると、大きな机の向こう側の椅子に座っていた四方木さんが、ニコニコしながら立ち上がって僕を出迎えてくれた。


「中村さん、おはようございます。昨夜はゆっくり休めましたか?」

「おはようございます。おかげさまでのんびりさせて頂きました」


まあ本当は夜中2時3時まで、色々忙しかったけれど。


「それでどうします? もう出られますか?」

「はい。実は関谷さんに車で迎えに来てもらえるよう、お願いしてあるんですよ」

「関谷さん? ああ、あのC級のヒーラーの女性ですな。もしかして仲良いのですか?」

「仲良いといいますか、友達です」


関谷さんの事を、少なくとも僕は友達と呼べるくらいには信頼している。


「分かりました。それでは、今が……」


四方木さんが、部屋の時計にチラッと視線を向けながら言葉を続けた。


「……8時25分なので、どうしましょう? 9時から斎原様の帰還まで1時間おきに電話で連絡頂くって事で宜しいですかね?」

「はい。それでお願いします」



均衡調整課を出た僕は、8時40分頃、予定通り迎えに来てくれた関谷さんの車の助手席に乗り込んだ。


「おはよう関谷さん」

「中村君おはよう。アパートに帰る前にコンビニとか寄らなくても大丈夫?」

「うん、大丈夫だよ。それよりごめんね、わざわざ送ってもらって」

「全然気にしないで。むしろ中村君と一緒に居られて、私の方が嬉しいというか……」

「えっ?」

「あ、あの、そ、そうだ、早く行かないと、9時には最初の電話をしないといけないんだよね?」


慌てた感じで関谷さんが車を出発させた。

走り出してすぐ、関谷さんが問いかけてきた。


「エマさんって、中村君と同じ大学で同じ学科の留学生、なんだよね?」


確かそういう設定だったはず。


「そうだよ」

「アメリカの人?」

「そうみたいだね」

「もしかして彼女、結構凄い能力者だったりする?」


あれ?

関谷さん、妙にティーナさんの話を振って来るな。

これ、どこまで説明していいんだろうか?

確かこの前、ティーナさんは、いずれ自分の口から説明するって話していた第339話けれど。


なので、僕は無難な言葉で返事した。


「どうなんだろ? 彼女、あんまり自分の事話さないからさ」

「そうなんだ……」

「それより関谷さんは、どうしてエマさんの事、凄い能力者かもって思ったの?」

「中村君と普通に富士第一のゲートキーパー、一緒に斃しに行く話をしていたし、それにほら……」


彼女が後部座席にチラッと視線を向ける素振りを見せた。

そこには、ティーナさんから提供してもらったあの“特殊なボイスチェンジャー?”に繋がれた僕のスマホが置いてある。


「あんな凄い道具持っているし」

「そうだね」

「彼女、実はどこかの特殊機関の人だったりして」


関谷さん、半分茶化し気味に口にしているけれど、それ、正解です。

とは言えない僕は、苦笑いしながら言葉を返した。


「どうだろう? 僕も関心あるから、関谷さんから聞いてみたら」

「中村君の方が聞きやすいじゃない。同じ大学だし、その……仲いいんでしょ?」


茶化した雰囲気の中、探りを入れてきているようにも感じられる関谷さんの言葉。

理由不明に、“仲がいい”と肯定し過ぎない方がいい……気がする。


「そんなに滅茶苦茶仲いいわけじゃないよ。ほら、彼女、なんか謎めいた感じだし」

「ふふふ、確かに謎めいた感じよね」


うん。

少なくとも関谷さんの雰囲気に変化は感じられない。

今後はティーナさんの話題が出ても、“謎めいているから良くわからない”で押し通すのがいい気がする。


話している内に、車は僕のアパートの前に到着した。

時刻は8時56分。


「そうだ、関谷さん、そろそろ電話してみたら?」

「そうね……」


関谷さんは少し考える素振りを見せた後、後部座席に置いてあった僕のスマホを手に取った。


「それじゃあ掛けてみるね」

「うん。頑張って」


やや緊張気味の関谷さんは、僕のスマホを手に取ると、均衡調整課の電話番号をタップした。

少しの間を置いて、関谷さんが電話に向けて話し始めた。



「中村です。定時連絡の電話を掛けさせて頂きました。四方木さんはお手すきでしょうか?」

……

「はい。今帰り着きました。今日は大学の図書館で調べ物をして過ごすつもりです」

……

「はい。そうです」

……



孫浩然スンハオランやティーナさんのような特殊能力を持っていない僕の耳には、当然、電話口の向こうの四方木さんの声は届いてこない。

しかし関谷さんの話しぶりから推測して、思った以上にうまく“誤魔化せている”気がする。


僕は視線を窓の外に向けてみた。

と、アパートの駐輪場の方から、こちらにじっと視線を向けてきている一人の人物に……って、えっ?


意外な、そしてよく考えたら全然意外じゃ無かった人物と視線が合って、僕は一瞬固まってしまった。

そんな僕に、いつのまにか電話を切っていたらしい関谷さんが、声を掛けてきた。


「中村君、終わったよ。ちょっとドキドキしちゃったけど、四方木さん、全然疑って……って、どうしたの?」


僕の雰囲気に不信感を抱いたらしい関谷さんが、僕の視線の先を目で追って、同じく一瞬固まった。

そんな僕等に、満面の笑みを浮かべたあの女――ストーカーにして、D級のヤンキー少女、鈴木――が近付いてきた。

鈴木はいつも通り、野球帽をかぶり、よれよれのTシャツとジーンズを身に付けている。


関谷さんが囁いた。


「彼女、確か鈴木さん、よね? どうして彼女がここにいるのかしら?」

「それ、僕が聞きたいのと同じ質問だよ」


話している内に車に近付いてきた鈴木が、助手席側、つまり僕の側の窓を軽くコンコンと叩いた。

諦めた僕は、窓を開けた。


「……何やってんだ?」

「何って、昨日えらく慌てていたみたいだから、あれから大丈夫だったのか、様子を見に来てやったんだよ」


そうだった。

昨日、僕はこいつが貸してくれたスクーターで、均衡調整課まで魔導電磁投射銃を借りに行った第350話のだ。


関谷さんが意外そうな顔になった。


「中村君、昨日って?」


僕は溜息をついてから説明した。


「実は昨日、急ぎで均衡調整課に行かなきゃいけない用事があってね。その時になって、自分のスクーターがガス欠していたのを思い出したんだ。そしたら、“偶然”居合わせたこいつが、自分のスクーターを貸してくれたんだよ」


関谷さんには“偶然”って言ったけれど、偶然も何も、単にこいつが僕を四六時中ストーキングしていたからこそ、あの場に居合わせたはず。

今だって、僕の様子を云々って言うのは、今日のストーキング開始の口実に過ぎないだろうとは思うけれど、とにかくこいつのお陰で昨日助かったのは事実だ。


鈴木が少し下卑た笑顔になった。


「なあ、今日は朝帰りか?」

「あ、朝……」

「違うよ!」


関谷さんが何かつぶやこうとしていたたけれど、僕は全力で否定した。

いやまあ、関谷さんの名誉にも関わるし……って、なんで関谷さん、赤面してうつむいているの!?


「照れんなよ。それよりほら、カギ、貸せよ」

「カギ? 何の話だ?」


鈴木の言葉の意味が分からず、僕は首を傾げてしまった。


「スクーターのカギだよ。どうせまだ空っぽなんだろ? ガソリン、入れて来てやるからよ」

「そんなの自分でやるから、お前は早く帰れ」

「心配すんなって。ガソリン入れてきたら、カギはお前んちのポストに放り込んで、大人しく帰ってやるからよ」


ん?

どういうつもりだ?

まあ今日も忙しいし、ガソリン勝手に入れて来てくれて、そのまま帰ってくれるのなら、助かると言えば助かるけれど……


関谷さんがおずおずといった雰囲気で言葉を挟んできた。


「せっかくだし、お願いしたら?」


鈴木が嬉しそうな顔になった。


「さすがは中村のカノジョだな。話が分かるじゃ無いか」

「関谷さんは彼女じゃ……」

「な、中村君!」


関谷さんが、僕の言葉をさえぎった。

あ、そう言えば……

僕はこの前の押熊第一での会話第310話を思い出した。

確かあの時、こいつの前で、関谷さんは僕の彼女だ! とか啖呵たんか切ったんだっけ?


とりあえず、ここで揉めても一円の得にもならないのは確かだ。

諦めた僕はポケットからスクーターのカギを取り出し、1,000円札と一緒に彼女に手渡した。


「これで入れられるだけ入れておいてくれ。僕はまた留守にすると思うから、今日、ここで待ち伏せしても得は無いぞ?」

「分かっているって!」


鈴木はなぜか上機嫌な雰囲気で、駐輪場に向かっていく。

相変わらず、何を考えているのかさっぱり分からない。

心の中で溜息をついてから僕は関谷さんに声を掛けた。


「それじゃあそろそろ僕も行くからさ。昨日ティー……エマさんから貰ったあの無線機、一応、耳に付けて置いて。何かあったら、エマさん経由で連絡取れると思うから」

「分かったわ。それじゃあまた後で」


車を降りた僕は、アパートの自分の部屋へと小走りで戻って行った。


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