第371話 F級の僕は、三人で話をする


6月16日 火曜日2



『ティーナの無線機』を右耳に装着した僕は、早速呼びかけた。


「ティーナ……」


少しの間を置いて囁きが返ってきた。


『おはようTakashi。戻って来たのね?』

「うん、宿直室に居るけど、ティーナは?」

『私は北京市内のホテルの部屋よ。それでSekiya-sanは?』

「今から連絡するところ」

『それじゃあ、ちょうど良い機会だから、ちょと試してみようかな』

「試す?」

『Sekiya-sanに電話して、昨日あげた無線機、装着してって伝えてみて』

「もしかして僕と関谷さんは電話で、ティーナは僕等と無線機介して、三人で話そうって事?」

『残念! 惜しいけど違うわ』

「どうするの?」

『いいからこのままSekiya-sanに電話して』


僕は充電器に繋いであったスマホを手に取り、立ち上げた。

そして関谷さんの電話番号をタップした。

呼び出し音が鳴るか鳴らないかのタイミングで、関谷さんが電話に出た。


『中村君?』

「おはよう、関谷さん」

『おはよう。今は宿直室?』

「そうだよ。それで今、ティー……エマさんと連絡取っているんだけど、彼女が関谷さんに昨日の無線機、装着してって言っているんだ」

『昨日の……ああ、あのイヤホンみたいなのね? ちょっと待っていて』


電話の向こうから、少しガサゴソ音がした後、再び関谷さんの声が返ってきた。


『お待たせ。それで後はどうするの?』

「ちょっと待ってね……」


僕はティーナさんに囁いた。


「関谷さん、装着したって」

『OK! Just a minute……』


数秒後、再びティーナさんから囁き声が届いた。


『お二人トモ、電話を切っテモ大丈夫デスよ』


ん?

なんでその話し方?


首を捻る間も無く、右耳の『ティーナの無線機』から関谷さんの声が聞こえてきた。


『おはようございます。聞こえますか?』


もしかして?


「関谷さん、一回電話切るね」


一声かけて電話を切った僕は、『ティーナの無線機』に向かってささやきかけた。


「関谷さん、聞こえる?」

『あれ? 中村君?』

『私も居マスヨ』

『エマさん?』

『3人でグループトークが出来ルヨウに設定しマシタ。といっても、お二人が持っテイルのは子機なので、私の持っテイル親機を介さナイト、この機能は使えナインですが』


なるほど。

これなら“盗聴”を気にする事無く、情報交換可能だ。


『それデハ今日の予定の再確認デス』


ティーナさんが、僕等に囁きかけて来た。


『中村サンは、宿直室までは均衡調整課の車で来たんデスヨね?』

「そうだよ」

『では関谷サンが中村サンを迎えに行く事にシテ、合流出来たら、まず関谷サンは、中村サンのスマホを受け取って下サイ。中村サン、そこに昨日のボイスチェンジャー、置いてありマスヨね?』


ボイスチェンジャー。

昨日、ティーナさんが持ち込んできた黒い直方体だ。

これをスマホに繋いで通話をすると、相手には僕の声で言葉が届く事になる。


「置いてあるよ」

『スマホとボイスチェンジャー、ケーブルで繋いでありマスカ?』

「今は外してる」

『では関谷サンに渡す時は、ケーブル、繋いでおいて下サイ』

「了解」

『関谷サン』

『はい』

『均衡調整課には、朝の9時から1時間おきに電話して下サイ。その際、ボイスチェンジャーとスマホがケーブルで繋がれテイル事、必ず確認してクダサい。通話は短めで。“今、図書室で自習中デス”とかそんな感じで。不測の事態が発生スレバ速やかに電話を切って、今使用中のこの無線機を使って、私に連絡して下サイ』

『分かりました』

『あと中村サン、富士第一97層のゲートキーパー、ベレト戦の話デスが』


そう。

今日、斎原さん達は、富士第一97層のゲートキーパー、ベレトの討伐戦を計画している。

そして僕とティーナさんは、彼女とクラン『蜃気楼ミラージュ』の面々より先にベレトを斃そうと計画しているのだ。

これは、僕が行動監視されていたにも関わらず、ベレトが“見かけ上”謎の消失を遂げれば、斎原さんが僕に掛けている疑惑――僕がゲートキーパー達を斃して回っているのでは?――をある程度、強く否定できるからといのも動機の一つになっている。


「エマさんは、午前11時頃から少しヒマになるんだったっけ?」


昨夜は確か、そんな話になっていたはず。


『そうデス。では、午前11時過ぎを目途に、二人で富士第一97層に向かいマショウ』

『あの……』


関谷さんが、僕等の会話に入って来た。


『私も富士第一……あ、無理ですよね。1時間に1回、定時連絡入れなきゃいけないですし』

『関谷サンも一緒に来タイデスか?』

『せっかく中村君に色々魔法書もらったりしたので、中村君の手助けをしたいとか……あ、忘れて下さい』

『魔法書?』


ティーナさんが訝し気な声音になった。

そう言えば、彼女には関谷さんを強化した事、まだ説明していなかった。


『ちょっとTakashi、魔法書って何の話?』

「エマさん、急にどうしたの?」


それと口調。

ティーナに戻っているよ!


『魔法書って、もしかしてisdifuiのitem?』

「まあそうだけど」


何かまずかったのだろうか?


「実は関谷さんの魔法の才能、伸ばしてあげようと思って、魔法書っていう才能次第で新しい魔法を取得出来るアイテム、彼女に使ってもらったんだ」

『ふ~ん……Takashiって、優しいのね』

「優しいっていうか、関谷さんが無理して近接武器のメイス買ったり第271話していたから……って関谷さん、ごめんね。話、置いてけぼりになっているよね?」


しかし関谷さんからは何の反応も無い。


「関谷さん?」


代わりにティーナさんの言葉が返ってきた。


『安心して。今こっちでchannel切り替えたから、今は私とTakashiだけの会話になっているわ』


なるほど。

道理で“素”に戻っているわけだ。


『後でその話は詳しく聞かせてもらうわ。とりあえずchannel戻すわよ』


途端に、関谷さんの声が届いて来た。


『……か村君? エマさん?』

『ごめんナサイ。ちょっと機械の不調で音声が途切れてシマイマした』


機械の不調って……


『そうだったんですね。突然何も聞こえなくなったから、ちょっと焦っちゃいました』


そしてそれを素直に信じる関谷さん……


『それで話を戻しマスガ、関谷サンも富士第一97層のゲートキーパー戦、一緒に来タイデスか?』

『あ、無理言ってごめんなさい。忘れて下さい。私がN市を留守にしちゃって、せっかくの計画が台無しになったら、元も子も無いですもんね』

『別に計画に支障は生じナイカモ。要は、午前11時の定時連絡を済マセテ、次の正午までに戻って来ればいいワケデスし。スマホは中村さんのアパートに置いてオケバ、位置情報から疑惑を持たレル事も無いはずデスヨ』

『……ゲートキーパーって、強いんですよね? 1時間で斃して戻って来られるものですか?』

『安心して下サイ。中村サンはとても強いデス。それに私もそこそこ戦えマスカラ』


そこそこって……

ティーナさんで“そこそこ”だったら、他の人達はどうなるのだろうか?


『それデハ午前11時以降、改めて3人で連絡を取りマショウ』

『連絡待っています』

「それじゃあ僕は、関谷さんに迎えに来てもらうって、そろそろ四方木さんに声掛けてきますね」

『20分位で行けると思うわ』

「ありがとう。では宜しく」


3人でのグループトークが終わった直後、ティーナさんから改めて囁きが届いた。


『さっきのTakashiの話から類推すると、isdifuiの魔法書、普通の地球人にも効果が有ったって事よね?』


“普通の”地球人って言い方に若干の引っ掛かりを感じるけれど。


「まあそう言う事になるよね」

『だとすると、奇妙ね……』

「どうして?」

『gatekeeper達との会話、或いはTakashiから聞いている話では、isudifui人と地球人との間には明確に大きな違いがありそうだけど』

「違い?」


そういやティーナさん、ゲートキーパー達からイスディフイの人間扱いされた僕を、解剖して調べたいとか口にしていた第263話っけ?


『私達地球人と違って、isdifui人はmonsterを斃せば、魔石以外にitem取得の可能性と、必ず何らかのenergyを経験値と言う形で蓄積、statusを成長させる事が出来る。これは例えるなら、WindowsとmacOSよりも大きな違いよ。なのに、少なくとも魔法書なるitemは、地球人でもisdifui人でも同じように使用出来て、同じような効果を発揮する……』


言われてみれば、確かにそうだけど。


「まあいいんじゃない。結果的に関谷さんの使える魔法を増やす事が出来たわけだし」

『そうね。今日彼女を富士第一に連れて行って、実際に魔法を使用してもらえれば、色々確認出来るわね……』

「とにかく、午前11時過ぎにまた一回こっちに戻って来たら連絡するからさ」

『OK! じゃあまた後で』


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