第370話 F級の僕は、皆に予定の変更について説明する


6月15日 月曜日28



僕はティーナさんと一緒に、ワームホールを潜り抜けて均衡調整課の宿直室へと戻って来た。


「ふぅ……」


思わず大きく息を吐いてしまった。

明らかに関谷さんの部屋で過ごした30分程の間に、肉体的ではない疲労が色々蓄積した自覚がある。

そんな僕に、ティーナさんが声を掛けてきた。


「あら? 今になって昼間の疲労が出て来ちゃった?」

「確かに今日は朝から色々あって疲れていたけれど……」


僕はティーナさんにジト目を向けてみた。


「ああいうのはちょっと勘弁して欲しいかな」

「ああいうのって?」


ティーナさんが、すっとぼけたような顔をしている。

……まあ、彼女らしいと言えば彼女らしいけれど。

半分諦めた僕は、話題を変える事にした。


「まあとにかく、今日は助かったよ。それで、富士第一97層のゲートキーパーの件だけど」


斃しに行こうって話にはなっていたけれど、今から出向くのは、さすがにキツい。


「明日、ティーナの中国での仕事が終わったら一緒に行こうか?」

「OK!」


彼女がワームホールをくぐり、北京のホテルへと戻って行くのを見届けた後、僕は【異世界転移】のスキルを発動した。



「おかえりなさい」

「おかえり……なさい……ませ……」

「おかえりなさいませ」


シードルさんの屋敷の3階、割り当てられた客室内に戻って来た僕を、皆の元気な声が出迎えてくれた。

時差の関係で、日付が変わってしまっているN市と異なり、ここはまだ午後10時半頃のはず。


「特に変わった事、無かったかな?」


僕の問い掛けに、アルラトゥが答えてくれた。


「1時間ほど前にボリス様がお見えになられましたので、ご主人様は“倉庫”にお出掛け中であるとお伝えしておきました」

「ありがとう。ボリスさん、何の用事だったんだろ?」

「戻られたら、ボリス様の部屋までお越し頂きたいとおっしゃっておられました」

「分かった。じゃあちょっと行ってくるよ」

「はい。いってらっしゃいませ」


廊下に出た僕は、あらかじめ教えてもらっていたボリスさんの客室、僕の部屋の斜め向かいの扉をノックした。



―――コンコン



扉が開けられ、ボリスさんの部下、ミロンさんが顔を覗かせた。


「タカシ様。ようこそいらっしゃいました。ボリス様がお待ちです」


ミロンさんに促されて僕は部屋の中に足を踏み入れた。

部屋の中の造りは、僕の部屋と大差無かった。

部屋の中にはボリスさんとルカさんの姿もあった。

椅子に掛けていたボリスさんが、僕の姿を見て腰を上げた。


「タカシ殿! 待っていたよ。ユーリヤ様から話が有ったと思うのだが、ご友人達の捜索の件で相談したい事があってな」


そう言えば夕食後、ユーリヤさんが、到着が大幅に遅れているアリアとクリスさんの捜索隊を出す事を提案してくれていた。


「どういったご用件でしょうか?」

「最初に確認しておきたいのだが、ご友人達とはまだ連絡は取れていないのか?」


僕は頷いた。


「今の所まだ……」


もう夜の10時半だ。

本来ならとっくにトゥマに到着していてしかるべきはずなんだけど。


「そうか……では改めてご友人達の特徴、もう少し色々聞かせてもらえるだろうか?」


と言う事は……?


「もしかしてボリスさんが?」

「ああ。俺が明日の早朝出発予定の捜索隊を率いる事になっている」


僕は心の中で改めてユーリヤさんに感謝した。

彼女にとって、ボリスさんは腹心の一人。

その彼に捜索隊を率いさせるという事は、ユーリヤさんの僕に対する誠意の現れであろう。


僕は問われるがままに、二人の特徴について詳細に説明した。


「……これでよし、と。また明朝、実際に捜索隊に加わる者達から追加の情報求められたら、その時は宜しく頼む」

「こちらこそ、お手数お掛けします」


ボリスさんが笑顔になった。


「なあに。タカシ殿は、今やトゥマの英雄にしてユーリヤ様の盟友だからな。ご友人達の捜索、全力で当たらせてもらうよ」



割りあてられている客室に戻って来た僕は、現在行方不明状態のアリアやクリスさんの捜索を、ボリスさん率いる捜索隊が行ってくれる事になったと皆に説明した。

僕の話を聞いたターリ・ナハが口を開いた。


「私もその捜索隊に加わりましょうか?」

「君が?」


ターリ・ナハが頷いた。


「この場に居る人々の中で、二人と直接面識があるのは、私とタカシさんだけです。タカシさんは明日、色々行事予定があるでしょうから、代わりに私が捜索隊に加われば、より効率的に捜索出来ると思います」


確かにそれは助かる話だ。

彼女の優れた視覚と聴覚を生かせば、他の人には気付けない痕跡を見つけ出してくれるかもしれない。


「じゃあお願いしようかな」


僕等の話を聞いていたアルラトゥが口を開いた。


「私もお手伝いさせて頂けないでしょうか? 支援系の魔法を心得ておりますので、皆様のお役に立てるかと」


彼女は強力な防御結界を張る事が出来る。

それに他者のMPをクールタイムが必要とは言え、+2000する事も可能だ。


「そうだね。じゃあ二人には明日、捜索隊に加わってもらおうか」



僕は二人を連れてボリスさんの客室を再度訪問した。

ボリスさんは、僕からの申し出――ターリ・ナハとアルラトゥを捜索隊に加えて欲しい――を喜んで受け入れてくれた。

改めて明日の打ち合わせを終えた後、僕等は客室に戻って来た。



アルラトゥがれてくれた紅茶のような飲み物で一息つきながら、僕は皆に話しかけた。


「夕方、皆には僕が明朝から昼過ぎまで1時間に1度、“倉庫”を見に行くって話していたと思うけど、あれ、変更になったんだ」


僕は改めて明日の予定を説明した。

明日は朝4時に起きて、一度“倉庫”を見に行ってくる。

そして朝5時までにはまた戻って来る。

その後7時起床、8時朝食。

朝食が終われば、また“倉庫”を見に行ってくる。

そして午前10時頃までにはまた一度戻って来る。

その後は、午後1時からのユーリヤさんが話していた式典に参加。

午後3時か4時にまた“倉庫”を見に行ってくる。


「そんなわけで、明日僕はバタバタしていると思うから、皆にも色々迷惑を掛けるかもしれない。あらかじめ謝っておくよ」

「そこは謝る所では無いですよ」

「め、迷惑……なんて……とんでも……」

「ご主人様の為に尽くす事こそ、私の喜びにございます。迷惑をかける等と悲しい言い方、どうかなさらないで下さい」



ようやく長かった一日が終わろうとしていた。

明日の朝4時前に起こしてくれるようターリ・ナハに頼んだ僕は、今夜は早目に寝る事にした。

とはいえ、ベッドに横たわった時、既に時刻は午後11時を過ぎていた。

目をつぶると、やはり相当疲れが溜まっていたのであろう。

またたく間に僕の意識は落ちて行った……




6月16日火曜日1



「……タカシさん、おはようございます」


耳当たりの良い囁き声で、僕の意識は急速に覚醒した。

薄暗い中、僕をのぞき込むような位置にターリ・ナハの顔が見えた。


「う~~ん、おはよう」


僕は伸びをしながら上半身を起こした。


部屋の隅に視線を向けると、床に敷かれた布団の中で眠るララノアとアルラトゥの姿があった。

僕は彼女達を起こさないよう、そっと起き上がると、ターリ・ナハに囁いた。


「それじゃあ行ってくるよ。昨日も話した通り、1時間位で帰って来るよ」

「分かりました。お気を付けて」


ターリ・ナハの笑顔に見送られながら、僕は【異世界転移】のスキルを発動した。



窓も何もついていない均衡調整課の宿直室は、真っ暗だった。

灯りを点けて壁の時計を確認すると、時刻は午前7時50分。

インベントリに収納していた半袖Tシャツと茶色の綿パンを取り出した僕は、手早く着替えを済ませてから、やはりインベントリに収納していた『ティーナの無線機』を手に取った。


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