第375話 F級の僕は、ベレトを斃す


6月16日 火曜日6



「ティ……エマさん、この人達は?」


僕は周囲で不自然な姿勢のまま時を止められている人々を指差した。

ティーナさんが簡単に推論を述べた。


「恐ラク昨日の偵察戦の後、ここに残留したクラン『蜃気楼ミラージュ』のA級達だと思いマス。斎原サン率いる攻略隊が到着するマデ、誰もこの中に入らナイヨウ、見張っていたのデショウ」

「なるほど」


均衡調整課を通して、僕の行動確認を求めて来た斎原さんだ。

これ位の事はして当然のように感じられた。


ティーナさんが言葉を続けた。


「さ、中に入りマショウ。入ってしマエば、中の音は外には聞こえマセン。彼等の時間停止を解除シテ、私達はゲートキーパー討伐に専念出来マス」

「了解」

「そうそう、関谷サンは私の傍に居てヒタスラ魔法を使用して下サイ。中村サンはいつもの通り、ゲートキーパー攻撃の主力デス。私はお二人を障壁シールドで護る事に専念シマス。途中で13時になってシマエば、一旦ワームホールを開いて、関谷サンだけ中村サンのアパートに戻って、均衡調整課に電話をして下サイ」


関谷さんが、ティーナさんに探るような視線を向けた。


「時間停止に障壁シールドまで……もしかしてエマさん、S級……とかですか?」

「ふふふ、秘密デス。さ、行きマショウ。時間がもったいないデスヨ」



巨大な扉を押し開け中に入ると、見慣れた大広間が広がっていた。

奥に何者かの姿があった。

背後で扉がゆっくりと閉まり、その何者かが僕等の方に近付いてきた。

その何者かは、青白く輝く凶馬にまたがり、マントを羽織った骸骨のような姿をしていた。

何者かが名乗りを上げた。


「我が名はベレト。ニンゲン、我に挑むか? その傲慢、おのが血肉を以ってあがなうが良い」


僕はチラっとティーナさんの方を見た。

意外にも、今回、彼女はベレトに対し、何も語り掛けようとしない。

代わりに、右耳の『ティーナの無線機』を通して、彼女の囁きが届いた。


『ベレトは85体の眷属を召喚してキマスが、無視シテひたすらベレト本体を攻撃して下サイ』


途端に、僕の周囲に何かの力場が発生するのが感じられた。


『これで中村サンには敵の攻撃は一切届きマセン。でスガ、中村サンを護る事に専念しナイトイけないので、ベレト本体を縛る余裕はありマセン。後はお任せしマス。大丈夫、ベレトの攻撃で気を付けルベキは、広範囲に及ぶ毒と麻痺の霧デスガ、それらは全て私が張った障壁シールドで完全に遮断可能デス』


ティーナさんの言葉を聞いていた僕は違和感を抱いた。

どうして彼女はこんなにもベレトについて詳しいのだろうか?


と、突然、ファンファーレが響き渡った。

同時に、ベレトの周囲に無数のモンスター達が湧きだして来た。



―――オオオオオォォォ!



モンスターの群れが咆哮を上げ、殺到してくる中、僕は、あらかじめ左手に嵌めていた『アルクスの指輪』を使用してフェイルノートを召喚した。

緑色に輝くフェイルノートを引きしぼりながら、さらに念ずる。


「死の矢……」


MP100と引き換えに、禍々しい黒いオーラを纏った1本の矢が、つがえられた状態で出現した。

僕が弦を離すと同時に、死の矢は一直線にベレトに吸い込まれて行った。



―――ギアアアアアアア!



ベレトの絶叫が響き渡る中、僕は猛然とベレトに向かって走り出した。

眷属達が、HPの9割を失ったあるじを護ろうと襲い掛かって来たけれど、それらは全て、ティーナさんが僕を包み込むように張ってくれた障壁シールドに阻まれて、僕まで届かない。

そのままベレトに肉薄した僕は、腰に差したヴェノムの小剣(風)を抜いた。

ベレトの周囲に紫色の霧が広がった。

恐らくティーナさんが事前に教えてくれていた毒と麻痺の霧だろう。

しかし、それも当然ながら僕には何の影響も与えない。

ティーナさんの張ってくれた障壁シールドは、『エレンの腕輪』で展開する障壁シールドと異なり、内部からでも相手に近接攻撃を行う事が可能であった。



―――ズシャシャシャ!



ベレトを一方的に切り刻み続ける事数分。

ついにベレトがゆっくりと光の粒子へと姿を変えていく中、聞き慣れた効果音が鳴り響き、見慣れたポップアップが立ち上がった。



―――ピロン♪



ベレトを倒しました。

経験値107,077,840,996,929,000を獲得しました。

Sランクの魔石が1個ドロップしました。

ベレトの怒りが1個ドロップしました。



「中村君!」


魔石とネックレス――ベレトの怒り――を拾い上げる僕のところに、関谷さんが駆け寄って来た。

彼女にしては珍しく興奮した雰囲気であった。


「お疲れ様。凄いね! ゲートキーパーをあんなにあっさり斃しちゃうなんて」

「たまたまだよ。最初の“死の矢”が上手く命中してくれて、あれでHP9割削れたのがラッキーだったかな」


話しながら、僕はゲートキーパーの間の奥、次の階層へのゲートが生じるであろう場所に視線を向けた。

ティーナさんが、持ち込んでいた白い立方体――DID次元干渉装置――を操作しているのが見えた。


「あっちに行ってみよう」


関谷さんを促して歩き出した僕等の視線の先で、次の階層、恐らく98層に通じているのであろう銀色に輝く新しいゲートが揺らめきながら出現するのが見えた。


近付いて来た僕等に気付いたらしいティーナさんが顔を上げた。


「オ疲れ様デス」

「ティーナもお疲れ」

「ahem!」


ティーナさんが、わざとらしく咳払いをした。

って、あっ!

僕があわてて言い直す間も無く、関谷さんが首を傾げた。


「ティーナ?」

「あ、いや、エマさんだった」

「もしかして、エマさんの下の名前、とか?」


ティーナさんが声を上げた。


「中村サン、関谷サン、もうすぐ13時デスヨ」



僕等がワームホールを潜り抜け、僕のアパートの部屋に戻って来た時、時計の針は、ちょうど午後1時を指していた。

僕とティーナさんが見守る中、関谷さんが、均衡調整課に電話を掛けた。



「こんにちは。中村です」

……

「はい。そうです」

……

「はい」

……



朝の9時から数えれば、これが5回目の電話連絡だからだろうか。

関谷さんの話しぶりも、手慣れた雰囲気に感じられた。

電話を切った関谷さんが笑顔になった。


「なんとか間に合って良かった~」

「中村サンの活躍のお陰デスヨ」

「本当にそうですよね。ゲートキーパーを斃すのにかかった時間って、ほんの数分位でしたよね? あ、エマさんも凄かったですけど。障壁シールドで私達を護ってくれて。私なんか、何もしない内に終わってしまって……」

「きっと関谷サンがいたカラ、中村サンも実力以上の力を出せタノカも?」

「え? それはどういう……?」


ちょ、ちょっと!?

ティーナさん、黙って聞いていたら、絶対妙な方向に話を持って行こうとしているでしょ?


僕は慌てて口を挟んだ。


「とにかくお疲れ様。そうだ! お昼まだだったよね? 何か食べに行かない?」


とは言ったものの、向こうで午前8時、こっちの時間換算でほんの1時間程前に食事をしたばかりだから、正直お腹は空いていないんだけど、とにかくこれで話はらせたはず。


と思ったら、ティーナさんがにやにやしながら僕に言葉を返してきた。


「中村サン、もしかして関谷サンの前だから張り切っちゃってイマスか?」


いやだから、もうそっち方向に話引っ張るのは止めようよ。

ってこれ、絶対、僕と関谷さんの反応見て面白がっているな。


「なんでそうなるの!?」

「あ、でも、ご飯は食べに行きませんか?」


関谷さんが改めて提案してきた。

ティーナさんは少し考える素振りを見せた後、口を開いた。


「そうデスネ。せっかくダカラ、皆で一緒に食事を楽しみマショウカ」


関谷さんが笑顔になった。


「良かった。ではどうしましょうか? 車は、中村さんの大学の駐車場ですし……」

「それナラ、さっきの多目的トイレにワームホールで移動シテ、車に乗ってここへ戻って来るっテイウノはどうデスカ?」

「分かりました」


関谷さんが僕の方を向いた。


「中村君、お願いしてもいいかな?」


まあワームホール、実際設置するのはティーナさんなんだけど。

僕は手の中の『ティーナの重力波発生装置』にMP10を込めた。

それと同期するように、部屋の隅のワームホールの景色が切り替わった。

向こう側には多目的トイレらしき情景が見える。

幸い、誰の姿も見当たらない。

もしかしたらティーナさん、目的地付近に他の誰かが存在するかどうか、事前に知る事が出来るのかもしれない。


「それじゃあまた後で」


僕等に見送られながら、関谷さんはワームホールをくぐって行った。


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