第368話 F級の僕は、関谷さんの部屋にワームホールを使って移動する


6月15日 月曜日26



関谷さんとの電話を切った僕は、改めてティーナさんにたずねてみた。


「それで、どうやって関谷さんに身代わりやってもらうの?」

「その前にちょっと準備があるから、一度“California”に戻るわ」

「カリフォルニア? 北京じゃ無くて?」


確かティーナさんは今、北京市内のホテルに滞在中と話していたはず。


「いくつか必要な道具を取って来るだけよ。それじゃあ時間が勿体ないからまた後でね」


ティーナさんは、宿直室の隅に設置されたままになっていたワームホールを潜り抜け、カリフォルニアの自室へと去って行った。

一人になった僕は、宿直室に置かれたベッドの上に横たわった。

壁に掛けられた時計に視線を向けると、時刻は午前1時20分。

今日は朝から目まぐるしい一日だった。

ティーナさんを待つ間、僕は目を閉じて、改めて今日一日の出来事を思い返してみた。

早朝からトゥマに押し寄せて来たモンスター達と戦って、午後にはキリル……中佐…………

…………

……


「……Takashi!」


どうやらいつの間にか眠っていたらしい。

誰かが呼ぶ声で急速に目を覚ました僕が、目をしばたかせながら声の主を確認してみようとすると……ん?

赤毛で黒ぶち眼鏡を掛けた知らない女性が僕を上から見下ろしていた。


「うわっ!?」


僕は思わずベッドの上で飛び起きた。

その赤毛の女性は、小首を傾げてキョトンとしているように見える……って、あ!

もしかして?


「ティーナ?」


赤毛の女性がニヤリと笑った。


「Ding ding ding! Correct! なんだか今夜のTakashiは冴えているわね」

「その格好、もしかして留学生のエマってコに変装している……とか?」


確かティーナさんの記憶の中で見た“謎の留学生エマ第319話”がこんな感じだったはず。


「そうよ。だってSekiya-sanに会いに行くのはTakashiとEmaって事になっているでしょ?」


しかし見事な“変装”だ。

いつものブロンドヘアは赤毛に変わっていた。

頬にはそばかすがまぶされ、黒ぶち眼鏡と相まって、パッと見、いやよく見ても、これがティーナさんだとはとても思えない。


「それってスキルかアイテム使用している?」


ティーナさんが首を振った。


「普通に化粧して、髪やそばかすはEREN特製の特殊な染料を使用しているだけよ。洗えばすぐにあなたのcuteでcharmingなTinaが復活するわ」


当たり前だけど、変装しても中身はティーナさんのままだった。


「それにしても疲れていたみたいね。Sekiya-sanとの電話で、今日は向こうisdifuiで色々有ったって話していたけど」

「まあね。ティーナに僕が体験した内容、“視せる”事が出来れば、話が早かったんだけど」


僕とエレンとの間に繋がるパスの影響で、僕がイスディフイで体験して来た出来事をティーナさんは覗く事が出来ない。


「つまり、It's a long story、話せば長くなるってやつね?」

「まあそういう事」

「それじゃあ明日にでもゆっくり聞かせて頂戴。私の方も、中国側からいくつか有益な情報を入手出来ているから、Takashiと共有しておきたいし」

「僕の方は明日は多分、もう少し時間取れると思うけど、ティーナは?」

「明日は朝9時から中国側ともう一度会って、午後には帰国予定よ」

「と言う事は、ティーナの方が明日は忙しそうだね」

「そうでも無いわ。多分、中国側との折衝は1時間もあれば終わると思うし、その後は午後の帰国便まで、時間の融通利くと思う」

「と言う事は……」


僕は頭の中で計算してみた。

中国の朝9時は、日本の朝10時……


僕が結果を出すより前に、ティーナさんが口を開いた。


「北京時間の午前10時過ぎから、つまりNergal時間の午前7時過ぎから3時間位、私の方は時間が取れる計算よ」


さすがはティーナさん。

頭の回転が速い。

それはともかく、それなら、ユーリヤさんが話していた午後の式典に影響は出ないかな。


「そろそろ時間じゃない?」


言われて壁の時計に視線を向けた。

時刻は午前1時50分。

あれからちょうど30分が経過している。

僕はスマホを手に取って、関谷さんの電話番号をタップした。


『もしもし?』

「関谷さん、今からそっちに行ってもいいかな?」

『うん。大丈夫よ』


関谷さんとの短い電話を終えた後、ティーナさんが宿直室の隅のワームホールに右の手の平を向けた。

ワームホールの向こう側、魚眼レンズで覗いたように見えていたティーナさんのカリフォルニアの自室の情景が、別の誰かの部屋の情景へと切り替わった。

向こうから恐る恐るといった感じでこちらを覗き込む関谷さんの顔が見えた。

僕が手を振ると、彼女も安心したような雰囲気で手を振り返してきてくれた。


「じゃあ行きましょ」


ティーナさんは、カリフォルニアから持ってきたらしい大きなボストンバッグを片手に僕に声を掛けてきた。

うなずいた僕は、ティーナさんと一緒にワームホールを向こう側へとくぐり抜けた。



ワームホールの向こう側は、僕の記憶しているまままの関谷さんの部屋の中だった。

パステル調の家具やベッドが置かれ、若い女性らしい小物が、自己主張少なめに配されている。


「中村君、それにエマさん、いらっしゃい。適当に座って。今ジュース持ってくるから」

「関谷さんごめんね。こんな真夜中に突然」

「ううん。いいの。どうせ明日は大した講義入ってないし」

「関谷サン、コンばんは」

「こんばんは。この前第318話、中村君の代わりに曹悠然さんに会いに行った時以来ですね」


関谷さんが手際よく3人分のオレンジジュースをテーブルの上に並べてくれた。

それに口をつけていると、関谷さんが僕とティーナさんに若干探るような視線を向けて来た。


「中村君とエマさんって、仲いいんだね」


いきなり振られた話題に、一瞬、心臓の鼓動が跳ね上がった。

僕は内心の動揺を押し隠したまま言葉を返した。


「え? どうしてそう思うの?」

「だってこんな真夜中なのにお互い連絡取り合っているし、その……エマさんは、私よりも先に、中村君の事情、知っていたんだよねって、ごめんなさい! 別にヘンな意味で聞いたわけじゃ無いというか……」


慌てる素振りを見せる関谷さんに、僕の隣に座るティーナさんが、優しい口調で話しかけた。


「中村サンの事情を知っタノハ、たまたまデスよ。それに私ニハ既にボーイフレンド……日本語ダト彼氏? でしたっけ? とにかくステディな存在が居ルノデ安心して下サイ」

「そうだったんですね」


関谷さんがとても分かりやすくホッとしたような表情になった。

それはつまり、やっぱり彼女が僕に好意を向けてくれているっていう証拠にもなるわけで……

僕の心がざわつき出した所で、ティーナさんが口を開いた。


「中村サンは、イスディフイで少し厄介な出来事に巻き込マレテイル最中らしインデスよ。だけど関谷サんもご存知の通り、中村サン、明日は朝から1時間おきに均衡調整課に連絡入レルッテ話にもなっテイマスよね。彼の負担を軽くしてアゲラレル方法があるトシタら、協力お願い出来まスカ?」

「もちろんです」


関谷さんは即答してくれた。


「私がその1時間おきの定時連絡変わってあげられればいいんですが……四方木さん、やっぱり、チャットアプリのメッセージやメールだけだと納得、してくれないですよね」

「そウデスね。恐らく後から斎原サン達に追及サレタ時の為に、形の上ダケデモ電話で本人の声を直接確認したって記録に残してオキタイでしょうね」

「だったら……」


ティーナさんが、関谷さんの言葉を手で制した。

そして彼女は、持ち込んだボストンバッグの中から、スマホの充電器のような黒い直方体を取り出した。


「コレ、高性能なボイスチェンジャーの一種です。中村サン、スマホ、貸してモラッテモいいデスか?」

「どうぞ」


僕が差し出したスマホを受け取ったティーナさんが、その直方体の機械を僕のスマホにセットして、何やら操作をし始めた。

数秒後、彼女は機械に繋がれたままのスマホを僕に返してきた。


「中村サン、なんでもイイノデ、この状態のまま、スマホに向かって何か喋って下さい。ソウデすね……せっかくデスカラ、イスディフイの話なんかドウデスか?」


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