第365話 F級の僕は、ユーリヤさんと月下に語り合う


6月15日 月曜日23



シードルさん、ユーリヤさん、それにボリスさんやスサンナさん達含めて10名程で、和やかな雰囲気のもと、僕等は夕食を楽しんだ。

意外な事に、ターリ・ナハやララノア、それにアルラトゥも、僕等とは別テーブルではあったものの、同室で同じ食事を摂る事が出来た。

後で聞いた話によれば、ユーリヤさんの計らいだったらしい。


夕食の席では、今後の“予定”についても話題が出た。

明日の午後、今回のトゥマ防衛に関して多大な貢献があった人々を顕彰する式典が開かれる事。

ユーリヤさん達は、州総督モノマフ卿からの返書が届くまで、この街に滞在を続ける事。


料理を楽しんでいると、ユーリヤさんが半分茶化したように声を掛けてきた。


「明日の主役は、トゥマの英雄であるタカシ殿ですからね。顕彰の場で皆に掛ける言葉、今から考えておいて下さい」

「え? 何か話さないといけないですか? 正直、あんまり目立ちたくないというか……」


これはある意味本音だ。

僕自身、周りから手放しの賞賛を浴びる事には慣れていないし、今後も慣れる事は無いだろう。

本当だったら目立たず普通の生活を送りたい。

まあ今となっては、向こう地球でもこっちイスディフイでも、普通の生活、全然送る事が出来てはいないわけだけど。


シードルさんが僕等の会話に加わってきた。


「明日、タカシ様には是非お言葉を頂ければ、と。街の住民達も、今夜はモンスターの大群が殲滅され、新しい英雄が誕生した事を祝っているところですし」


どうやら夕方、街の通りに屋台が出たりしていたのは、そういう事だったらしい。



食事が終わり、客室に戻ろうとしたタイミングで、ユーリヤさんに呼び止められた。


「少し夜風に当たりませんか?」


ユーリヤさんは、僕を3階のバルコニーに連れ出した。

冬の冷気をはらんだ夜風が頬を撫ぜ、空から二つの月が僕等を照らし出している。

少し高台にあるこの場所からは、お祝いムードの街の喧騒が、遠くから潮騒しおさいのように聞こえてくる。


ユーリヤさんが短く問いかけてきた。


「ご友人とは、まだ?」


僕は首を横に振った。


「アリアとクリスさんとは、まだ連絡が取れていません。何か不測の事態に巻き込まれていないといいのですが……」


本当に二人は今、どこにいるのだろうか?

僕は今更ながら、僕から彼女達を能動的に探すすべを持っていない事に、焦りを感じた。


「なんでしたら、シードル殿と相談して、捜索隊を出しましょうか?」

「そうですね……」


ここはユーリヤさんの好意をありがたく受け取っておくべきだろう。


「お願いしても宜しいでしょうか?」

「任せて下さい。ちょうど先程、第一大隊がトゥマの駐屯地に帰着した、と報告があったばかりです。アガフォン中尉からは、道中、特に不審な出来事も発生しなかったと報告を受けています。大隊には索敵能力にけた者も所属しています。彼等を捜索隊に加えれば、ご友人に万一があったとしても、その痕跡を探り出せるかもしれません」

「ありがとうございます」


ユーリヤさんのお陰で、少なくとも、ただじっと待つだけの状態からは大きく前進出来そうだ。

僕は心の底から感謝を込めて、彼女に頭を下げた。


「ところで今後の計画について、ですが……」


ユーリヤさんが、話題を変えてきた。


「計画とは、先程食事中に話していた、明日の顕彰会とかモノマフ卿からの返書待ちとか、そういうお話でしょうか?」


ユーリヤさんが少し声を潜めた。


「それは表向きの“行事予定”です。私達の本来の目的は、帝都に潜行して叔父と継母から実権を取り戻す事、そして可能ならば父に謁見して“エレシュキガル”討滅の軍を起こす事です」


そうだった。

父である皇帝陛下の病があつい事を密かに知ったユーリヤさんは、自身も凄まじい呪いに冒されながら、なお帝都目指して潜行中、属州モエシアの森の中で『解放者リベルタティス』達の襲撃を受けていた。

それを僕が助けた事がきっかけで、僕とユーリヤさんは出会ったのだ。


「帝都に“潜行”するという計画は、既に意味を成さない物になっています。少なくとも今日の時点で私が中部辺境軍事管区では無く、属州リディアの街トゥマに居る事は、周知の事実となってしまいました。もちろん帝都にその情報が届くには、なお1週間以上かかるでしょう。ですが、同時にもし私達が帝都に転移で移動出来ないとなれば、私達がその情報に先んじて帝都に乗り込む事は不可能になったという事です」


ユーリヤさんは、一旦言葉を切って、バルコニーの手すりに寄りかかった。


「あ、一応断っておきますが、私はこの街で自らの素性を明かした事を後悔はしていません。目先の自分の利にとらわれて、街を見捨てるような人間では、帝国をべる事等不可能なはずですから。それに、結果的に私にとってはむしろ好ましい状況になりました」

「好ましい状況? ですか?」


状況的には、ユーリヤさんの当初の計画は、大いに狂ってしまっているように見えるけれど。

ユーリヤさんが微笑んだ。


「キリルが街を棄てて逃走してくれたお陰で、窮地の街に留まり、敢然とモンスターの大群に立ち向かった私の権威はいやおうでも高まっています。少なくともこの街の住民は、今後私の事を“モドキ姫”、等とかろんじる事は無いでしょう。そして……」


ユーリヤさんが、つつっと僕に近付いてきた。


「あなたの存在です」


青白い月光に照らし出された彼女は、美しく整った顔立ちともあいまって、どこか幻想的にさえ見えた。


「あなた無しでは、街は護り切れなかったかもしれません。あなたが召喚門を破壊して、モンスターの同士討ちを誘発してくれました。あなたが居てくれたからこそ、モンスター数千を殲滅する事が出来たと言っても過言ではありません」

「それは褒め過ぎですよ。最後第355話だって、ユーリヤさんの大魔法が無ければ、あのブラックサラタンは斃せなかったかもしれませんし」

「ふふふ、英雄殿は少々謙遜が過ぎるようですね」


ユーリヤさんが、そっと手を伸ばして僕に触れて来た。

反射的に身を引こうとして、後ろのバルコニーの柵にはばまれてしまった。


「街の住民達は、あなたの事を神がつかわしてくれた、と歓声を上げていましたが、あながち間違ってはいないのかも……」

「そ、それは、考え過ぎですよ」

「そうでしょうか?」


ユーリヤさんが妖しく微笑んだ。


「数週間前、アールヴ神樹王国にて、光の巫女がある啓示を受け取った第46話そうです」


僕の心が少しざわついた。


「闇が再び世界を覆わんとしている。そして、異世界より再び勇者がこの地に降臨した、と」


なぜ彼女が、ノエミちゃんがかつて語った“啓示”の内容を知っているのだろうか?

もしかして彼女は……?

内心の動揺を抑えながら、僕は言葉を返した。


「……すみません、よく分からないです」


ユーリヤさんは、僕の反応を確かめるかのような視線を向けてきた後、表情を緩めた。


「そうですか? 伝え聞くところによれば、異世界の勇者は、世界の壁を越えて行き来できる存在だそうですよ。実は私のよく知っている方も、別の世界を訪れるかの如く、ふらりと姿を消し、明らかに私達の世界のことわりから逸脱しているように見える“兵器”を使用していましたよ」


もしかしてユーリヤさんは、僕がこの世界に持ち込んだ魔導電磁投射銃に触れたのであろうか?

彼女は触れる事で、その物の来歴を“視る”能力を持っている。


どうする?

この際だから、自分がその“伝説の勇者”扱いされている異世界人その人だ、と説明してしまおうか?

しかし同時に、クリスさんがかつて僕に忠告してくれた言葉第323話も思い出した。


自分が“勇者”だ、とはっきり表明してユーリヤさんに力を貸す事は、ユーリヤさんの敵対者とアールヴ神樹王国との間にいさかいの種をく事になるかも知れない。

“勇者”という肩書は、僕が考えている以上に、この世界にとって大きな意味を持っているかもしれないのだ。


知らない間に僕の表情が強張っていたのだろう。

ユーリヤさんが微笑みながら言葉を掛けてきた。


「そんな顔しないで下さい。とにかく私にとっては、あなたの素性がどうあれ、こうしてあなたが力を貸してくれているという事実が重要なのです。ないがしろにされてきた皇太女が敢然と立ち上がり、それを稀代の英雄が手助けして大敵を殲滅した。素敵な物語だと思いませんか?」



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